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Act.30 誤認世界は密やかに(1)

 帰宅前にちょっと寄り道して、目についた店に立ち寄る。

 ハンバーガー屋に惣菜屋、パン屋やコンビニのレジ前スナックも捨て難い。

 わざわざ食べに行くには少し量が物足りないくらいの店で一食、というのもアリだ。

 作ってもらっている手前悪いとは言えないが、毎日食べる実家の料理では満たされないものがある。やっぱり店で買った料理はなんとなく良いものな気がしてしまうのだ。

 夕食前というのもあり、背徳感で美味しさ2割増し(当社比)である。

 実際のところ、悪いことはしていない。

 費用は自分で稼いだ金で払っているのだし、親にバレたところで無駄遣いにちょっと呆れられるくらいのものだろう。

 なら何故内緒にするか。

 それはやはり、『内緒で』というプレミア感を求めてに違いない。


 ―――なんて、そんな適当な理屈を頭の中で唱えているかは別として、八谷会音(やたがいえのん)はカウンター席の隅でラーメンを(すす)っていた。

 今年の3月にOPENしたばかりだというそのラーメン屋は、会音が入った時こそ客が少なかったものの、今はもう店の外にすら客が並んでいるという繁盛振りだ。この間テレビ番組で紹介されていたせいもあるかもしれない。

 来たのは初めてだが、なるほど確かに感じの良い店だ。味ももちろん良い。

 しばらく通ってみたい気分になるが、そうもいかないであろうことはわかっている。

 高校までの小遣いが少なかった反動か、就職して自由になる金が手に入ってからというもの、割と頻繁に寄り道する癖がつきつつある会音だが、浪費癖がつく前に止めねばと思うだけの理性は残っている。

 では何故現在進行形で寄り道しているかというと―――

「今日はラッキーだったなー。たまたま空いてるときに入れるなんてさ」

『そうね。夕食には早い時間なのにもう満席だもの』

「あとからどんどん来るんだもんな、びっくりしたよ」

 セットで付いてきた餃子を摘まみながら、虚空に向かって笑いかける響斗(ひびと)

 隣に座るこの先輩こそ、今回会音をこの店に誘った張本人である。


 ◇◇◇


 30分前


「よう、エノン、今帰りかー?」

 終業時刻を過ぎ、おそらくは今日も残業であろうクレイを横目にそそくさと部屋を出てきた会音は、階段を降りようとしたところでタイミング良く階下からやって来た先輩に捕まった。

「あ、はい。ヒビトさんは今戻ったとこっすか?」

「そうなんだよ。思ったより相手が弱かったからさ、なんとか時間内に終わったんだ。で、報告書とかまだだけど今日は帰ろうかなって」

 クレイがやってくれないかなあ、とさりげなく面倒事を上司に押し付ける算段をしながら、階段を登っていく響斗。

 だが、途中で何かを思い出したように立ち止まると、再び会音を呼び止めて言う。

「そうだエノン、このあとヒマか?」

「はい?」


 と、そんな流れで響斗とラーメン屋に行くことになった会音。

 なんでも、開店記念で配っていたのを貰ったはいいものの、使い忘れていたクーポンがあったのだとか。

 しかし何でまた自分を誘ったのかと尋ねた会音に、響斗はあっけらかんとした様子で、

「だってさー、トウカもクレイも忙しそうだし、誰かいないかなーと思ってたら、ちょうどそこにいたから」

 という身も蓋もない理由を述べた。

 だがそんな細かい理由などどうでもいい。

 クーポン効果で追加された味玉をかじるぶかぶかパーカーの少年にとっては、誰かに食事に誘われるだけで一種のイベントだ。

 放課後に同級生とどこかに寄って帰る、などということはついぞなかった高校時代だったが、こうしていると、ちょっと望みが叶った風でもある。

 端から見れば二人とも高校生だろうし。

 ちなみに響斗はというと、

「どうしようかなあ、替え玉にするか……でも別の味を頼みたい気もするしなあ……」

『どっちでもいいけど、袖が汚れそうよ』

「えっ? あ、ホントだ! あー……ギョウザのタレがちょっと染みてる……」

『もう……気をつけなくては駄目よ?』

「はーい」

 厨房からの喧騒に掻き消されるくらいの声量であるため、ライリーと話していても特に注目を集めていないのが幸いか。

 若干色の変わったジャケットの袖をおしぼりで拭きながら、少しだけ項垂(うなだ)れる緑メッシュの少年は、それはそれとして追加注文をすべく店員を呼んでいる。

「えっと、これを一つ追加で。……エノン、お前もなんか追加するか?」

「えっ!? あ、いや、大丈夫です。(……あんまり食べると夕飯入らないし)」

「? 金なら気にしなくていいぞ? どうせ俺(おご)る気だったし」

「い、いやいや、さすがにそういう訳には……」

 戸惑う会音をよそに、響斗は残りの餃子を食べる方に集中してしまい、有耶無耶のまま食事が続く。

 すっかり混乱させられてしまった会音の味覚が半減したことは言うまでもない。


「さてと、ラーメンも食い終わったし、そろそろ戻るかな。エノンはどうする?」

「えっ!? あ、はい、帰ります」

 会計を済ませ先に店を出た響斗が、後から出てきた会音に言う。

 結局奢ってもらうことになり、嬉しいような申し訳ないようなで上の空だった会音は、ビクッと肩を震わせながら慌てて答えた。

「じゃあもうここらで解散かな。俺は一旦会社戻るから。……クレイが帰り際に、何がなんでも今日中に報告書出せって言っててさー………はあ……」

 どうやら押し付けるのには失敗したらしく、深く深くため息をつく響斗。

 とはいえ、日頃のクレイの苦労を思えば、そうそう同情してもいられない。

 かといって、自業自得だと突き放す訳にもいかず、どう答えるか迷っていると、

『これも日頃の行いよね』

「うう……ライリーが冷たい……」

 響斗の周りにふわふわと浮かぶ緑髪の少女の言葉は会音には伝わらなかったが、表情は見えるので何を言われたかは想像がつく。

 これはやっぱり自分だけでも同情してやるべきではと、項垂れる先輩にかける言葉を探して視線を彷徨わせる会音だったが―――

「……あれ?」

「どうした?」

 何かを見つけて首を傾げる会音を見て、響斗も背後を振り返る。

 するとそこには―――

「……ん? あれセンナか?」

  二人の視線の先には、艶やかな金髪をサイドテールにした十代半ばとおぼしき少女の姿があった。

 会音と同じ第二部隊の新人―――千奈である。

 千奈は通りに並ぶ飲食店の看板を見上げながら、ふらふらとファーストフード店に吸い込まれていった。

 ――なんか、意外だな。

 買い食いとかしないタイプかと思っていた。

 ここ一月ほど見てきた千奈は『優等生』という言葉を絵に描いたような雰囲気だったので、なんとなく寄り道とかせずにまっすぐ帰宅しているイメージがあったのだが。

 夕方といっても街灯も店も多い街中は明るく、知り合いの顔を見間違えるほど離れてもいないはずだ。

 それなら本人には違いないのだろうが―――

「へえ、なんか意外だなー。ハンバーガー好きなのかな?」

 同じ感想を持ったらしい響斗がそう呟く。

 とはいえ特に追いかける理由もないので、その場はそれで解散となった。

「ハンバーガーかー……帰るついでにクレイに何か買っていってやるかな」

 そう言って近くのコンビニに向かう響斗を見送って、会音も駅へと急いだ。


 ◇◇◇


同時刻 転界


 沈みかけた緑色の夕日が背の低いビルやマンションが立ち並ぶ通りに射し込んでいる。

 現実世界で緑の光といえば、沈む寸前の太陽の縁が緑色に見える緑閃光(グリーンフラッシュ)あたりが有名だが、この異界の夕焼けはそんな幻想的なイメージとはかけ離れた、ホラー映画のワンシーンのような不気味さを全面に押し出している。

 宵闇に沈みゆく草木の赤と、それを照らす(くら)い緑で構成される景色は、まさしく"異界"と呼ぶに相応しい様相だ。

 そんな壊れたオフィス街には現在、色んな意味で場違いとしか言い様のない格好の人間の姿があった。

 暖かみのある深い赤色をした上着。

 同じ布で作られた赤い帽子。

 肩に担いだ大きな布袋。

 誰もがイメージするサンタクロースそのものの衣装を身に纏った青年は、通りに落ち葉のように打ち捨てられている風化した看板を踏みしめながら、何かを探すように辺りを見回していた。

 ――確かこの辺りだったはず。

 頭の中に浮かぶ情景と照らし合わせるように暫し目を瞑ると、サンタ服の青年―――杭田は納得するように一つ頷いてまた歩を進める。

 しばらくしてまた立ち止まり何かを探し、少し考えて再度歩きだす。

 探す。考える。歩く。

 ビルの上を、瓦礫の陰を、手早くチェックして通り過ぎる。

 探す、考える、歩く。

 だんだんと暗くなっていく周囲の景色に急かされるように、徐々にそのペースが上がっていく。

 探す考える歩く。

 そうして――

 廃墟の姿も疎らになったオフィス街の外れまでやって来た杭田は、あるものを見つけて足を止めた。

 ()()がどうやら自分の探し物と合致するということを確かめた杭田は、ほんの一瞬安堵とも落胆ともつかない苦笑を浮かべると、くるりと踵をかえしてその場を後にした。


 ◇◇◇


翌日 第二部隊執務室


 すっかり肌寒さのなくなった早朝の空気の中を、千奈はいつもと変わらぬ調子で進んでいた。

 始業時間にはまだ早いが、それを含めて"いつも通り"である。

 きっかり30分前に部屋にたどり着いた千奈は、軽くノックをしてから扉を開けた。

「おはようございます。……あっ」

 挨拶をして部屋に入ったサイドテールの少女は、思わぬ光景に小さく声を上げた。

「よっ、おはよう! 早いなー、いつもこんなに早く来てるのか?」

 気軽な調子でそう返したのは、アンテナのような寝癖を生やした、黒髪緑メッシュの少年だった。

「はい。響斗さんこそ、今日は随分とお早いですね」

「おう! 俺だってやるときはやるからな!」

 満面の笑みで答える響斗の言葉に、横合いからため息混じりの訂正が入る。

「お前な、威張ってっけど、単に昨日ここで寝落ちしただけじゃねえか。そもそもたいして威張れることでもないし」

「クレイ隊長、おはようございます」

「おはよう千奈。今日も早いな。そこの遅刻常習犯に爪の垢煎じて飲ませてえわマジで」

「えー、最近は遅刻してないだろ」

「遅刻はな。いつもギリギリ」

「それは……。あ、いっそここに泊まるとか………ダメか………だよなあ……」

 名案を思い付いたとばかりに顔を上げ、すぐさま否定する響斗。

 千奈もいい加減そのような光景には慣れたが、特に言うべきことも思い付かなかったのでスルーすることにした。

「はあ……。とりあえずさっさと顔洗ってこいよ」

「え? ああ、うん。わかったー」

 とてとてと部屋を出ていく響斗を見送りながら、クレイは再度ため息をついた。

「おっはようございまーす! いやー、今そこでヒビトさんに会ったよ。珍しいこともあるもんだね! これは何かしらレアなことが起こる予兆というやつかもしれないよ! ドキドキするね! ……で、何故にクレイ君はお疲れモードに?」

「何でだろうな……」

 スパーンと景気よく扉を開けて登場したサンタ服の青年の言葉に、クレイはこめかみを押さえながら答える。

「寝不足だからかなー」

 乾いた笑みを浮かべるクレイに、杭田もカラカラと笑って言葉を返す。

「ダーメだって。寝不足は肌どころか健康全般の敵だよ? これはもう今日は寝るしかないね! 体調管理も仕事の内だよ!」

「んなこと言ったってなあ……」

「大丈夫、この理屈でいけば睡眠も業務に入るから」

「そっかなるほど! そんじゃおやすみー。……ってそんなわけあるか!!」

 きれいにノリ突っ込みを入れるクレイ。

 見ていた千奈はとっていたメモを慌てて消した。

「ふーむ、それならいっそ"寝ない"というのはどうだろう。敵を知り、己を知れば何とやら。健康の敵たる睡眠不足を知るために、敢えて限界まで睡眠不足になれば―――うん、とりあえず自分の限界ってやつはわかる気がするね!」

「今それ知りたくねえから!!」

 ぜぇぜぇと肩で息をするクレイ。

「ていうか、別に今日は寝不足じゃねえし」

「そうなの?」

「強いて言うならストレスだっての。お前のせいでもあるんだからな?」

「あれ? ボク何かやった?」

「昨日の任務の後、一人でどっか行ったって聞いてんだけど? 転界で単独行動とか、何考えてんだよ。帰るに帰れなかったってメアリーが怒ってたぞ」

「先に帰っていいよって言っといたんだけどねえ」

 肩をすくめてみせる杭田に、クレイはさらに畳み掛けるようにお小言を続けようとしたのだが、タイミング悪くそこで内線が鳴った。

「んだよ、こんな時間に……。はい、第二部隊です。……えっ、今からですか? ……はい……了解です」

 受話器を置いた姿勢で考え込むクレイ。

「誰から?」

「トウカさんから」

「へえ、珍しいね。部長さんが一体何の用事かな? 忘年会のお誘いとか?」

「早すぎんだろ、今5月だぞ!? 今さら時差ボケか!?」

「人は忘れることで生きて行けるとか言うからね。節目節目で忘れておくことが重要かもしれないよ?」

 そんな適当なことを言う杭田に聞こえるように、クレイは深く深くため息をつくと、

「とにかく、理由はわからないけどこれから会議だそうだから、僕はちょっと出てくる」

 そう言って足早に部屋を出て行ってしまった。

「何かあったのでしょうか?」

「うーん、何だろうねえ? 何かのイベントかな?」

 クレイの出て行った扉を心配そうな目で見る千奈に、サンタ服の青年はいつも通りの能天気な答えを返す。

 その顔に、やはりいつも通りの実に楽しげな笑みを貼り付けて。

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