Act.29 新緑世界のサンタクロース(4)
南西 600メートル地点
一方その頃、第四部隊もまた、敵のすぐ近くまでやって来ていた。
付近には小型ラルヴァの群がいるが、今のところ目立った動きはない。とりたてて変わった個体も見当たらず、いるのは虫と爬虫類とせいぜい鳥類くらいを混ぜ合わせたような、よく見かけるタイプのものばかりだった。
小型ラルヴァ達はいずれも隠れている第四部隊の人間に気付くことなく、牧場の牛を思わせる緩慢な動作で徘徊を続けている。
――やはりこちらはハズレか。
この程度ならばすぐに終わらせて向こうの援護に行けるかもしれない。
そう考えたゼノは、指示を出すタイミングを見計らっていたのだが、
「ん?」
トントンと軽く肩を叩かれて振り向くと、背後に汐崎が立っていた。なにやら親指で来た道を指している。
「何だ?」
お面フードの怪人は、面の奥の目を真っ直ぐに隊長へと向け、今度は拳で自分の胸を叩いて大きく頷いて見せた。
『ここは自分達に任せろ』
おそらくはそんな意味合いだろう。
「……わかった」
ゼノも頷くと、汐崎とすれ違うようにして元来た道を走り出した。
「そちらは任せる」
◇◇◇
こちらに気付いたラルヴァが杭田の方へ突進してくる。
「ちっ……おとなしく俺を狙えよな!」
響斗もまた前方に向けて駆け出していた。
「おっと?」
目の前に迫るラルヴァが攻撃のために前足を振り上げたのを見て、杭田は思わず建物の影に身を隠した。
だが悪手だ。敵は壁などお構いなしに、鎌のような足で廃墟ごと薙ぎ払おうとしている。風雨に晒され風化した壁では、ひとたまりもないだろう。
急いで移動しようとした杭田の足が、何かに気付いて止まる。
いつの間にか、周囲に霧のようなものが漂っている。
と同時に、ラルヴァと杭田との間に響斗が割り込んだ。周囲の粒子が一斉に収束し、幅の広い剣の形をとる。
ガキィッ! と金属のぶつかるような甲高い音が響き、盾代わりの剣と敵の足が弾かれた。
衝撃でバランスを崩したラルヴァの足を、大剣の影から飛び出した響斗が切り払う。切断には至らなかったものの、足払いをかけられた形となったラルヴァが地面に倒れ込む。
更に追撃を仕掛けようとした響斗の頭上に、急に影が差した。
「ん? えっ? うわっ!?」
見上げた先にいたのは、黄色い空に浮かぶ赤いサンタ服。
たった今隣のビルから飛び降りたらしき杭田の姿。
その手には、全長5メートルを超すような、余りにも巨大な剣が握られていた。
響斗の異能である光剣とは真逆の、無駄に伝説の剣感のある装飾の多い剣は、土産物屋で売っているどこの名物でもなさそうなキーホルダーにそっくりだった。
というか実際そうなのだろう。『物の大きさを変化させる』という彼の能力なら、キーホルダーであろうと武器に成り得る。
この『大きさを変える』能力には、実はもう少し特殊なルールが存在する。
拡大や縮小に限界があるのはもちろんのこと、何より厄介なのは変化させた物体の"重さ"についてだ。
基本的には、杭田が大きさを変えた物体は見た目通りの重さになる。
が、杭田本人に関してはその限りではない。
能力の影響下にある物体に限り、杭田はその重量を無視できる。
つまり、巨大化させたこの剣すら、杭田にとってはハリボテよりも軽いものとなる。
「そーれっ!」
ふざけた掛け声とともに、想像を絶する質量が、倒れたラルヴァの上に振り下ろされ―――
ズンッ!! と凄まじい衝撃が地面を揺らし、砂ぼこりと瓦礫が一斉に舞った。
「ゲホッ、ゴホッ……っ…やりやがったな、クエ吉め……」
視界を埋め尽くす大量の砂塵に咳き込みながら、危うく巻き込まれかけた響斗が恨みがましそうに呟く。
「いやー、ヒビトさんなら大丈夫かと思いまして」
ひょっこり現れた杭田が悪びれもせず言う。
「うー……褒められてんだか軽くみられてんだか……」
サンタ服の青年にジト目を向けた後、響斗は改めて杭田の破壊の跡に目を向ける。
ゆっくりと薄れていく砂ぼこりの向こうには、巨大な剣と、衝撃で陥没した地面が見え隠れしている。
「にしても不思議だよなー。何をどうやったらあれを軽々振れるんだろう」
『本人だけには軽いなんて確かに不思議よね』
「人のこと言えないでしょう? ヒビトさんの剣も不思議材質な訳ですし」
「それもそうか」
世の理やら物理法則の外にあるからこその異能である。そもそもラルヴァに関する技術のほとんどは、未だに専門家ですら感覚で扱っている節のあるファンタジーの領域なのだし。
「で、クエ吉」
「何です?」
「多分あれ仕留めきれてないぞ」
「え?」
響斗の指差す先で何かが蠢いていた。視界を覆う砂ぼこりのせいで迂闊に踏み込むことはできないが、まず間違いなく先のパーツ持ちだろう。
「……解除」
杭田が剣の巨大化を解く。風通しが良くなった路地に風が吹き込み、砂ぼこりを吹き飛ばしていく。
核の破壊には至らなかったのだろう。
半分以上を叩き潰され、半ば地面と同化しているにも関わらず、残された半身は再生しようと蠢いている。
骨や筋繊維を模した器官がフィルムの早回しのように見る間に伸びていき、首のないトカゲのような形を取り戻していく。
「さすが……パーツ持ちは早いな」
ものの十数秒で半身を復元してみせた怪物に、響斗が呆れたように呟く。
完全に元の形を取り戻した異形が、首のない体をこちらに向けた。
目玉などどこにもありはしないのに、それは二人を凝視するかのように動きを止めると―――
『KRRRRRERRR―――!』
耳をつんざく咆哮が、尻尾の先の首から発せられた。
ざわり、と首筋の毛が逆立つのを感じる。
「あ、はは……これだけ急激だとボクでもわかりますよ」
杭田が視線を向けた先には、猛然とこちらに向かってくる異形の姿があった。
しかも一つではない。気配は四方八方からまんべんなく迫っている。
「南にいた群れ……じゃないですね、コレ」
「ああ。その辺にいた雑魚だろうな」
とはいえ、雑魚でも集まって来られるのは厄介だ。
そもそも他の個体と合流されないために、第四部隊と別行動することになったのだ。この状況で敵の群れに囲まれての乱闘は何としてでも避けたい。
第四部隊の隊員なら、そう考えて撤退したかもしれないが―――
「面倒だけど、仕方ないな」
「先に片付けときますか!」
だが、今この場にいる二人は違う。
腐っても彼らは第二部隊―――討伐課の中でも直接戦闘を担当する狩人達なのだから。
響斗が右手を掲げると、無数の剣がシャンデリアのように空を彩った。
「まとめて終わりだ!」
振り下ろされた右手をに合わせ、光剣がラルヴァの上に降り注ぐ。
広範囲だったにも関わらず、剣は正確に敵を貫き、その体を地面に縫い止めた。目視による制御だけではない。感知能力との合わせ技だ。
何体か核を壊し損ねた個体が向かってきたが、それも杭田に薙ぎ払われる。
パーツ持ちに呼び寄せられたとおぼしき小型ラルヴァ達は、みるみる数を減らしていった。
それを、首無しラルヴァは黙って観察していた。
小型を相手取る二人の隙をつくでもなく、逃げるでもなく、ただ不気味に沈黙していた。
――何だ?
その違和感に二人が気付いたその時、
『KRRRRREERRR―――!!』
自ら沈黙を破って、尻尾の首が再び叫んだ。
前回よりも声が大きい。
さらに広い範囲からの増援を警戒した響斗だったが、集まってくる小型達の動きを感じとって首をひねる。
「あれ? なんか……違うとこに行ってる?」
緑メッシュの少年の言うように、敵の増援は彼らと離れた位置で結集しつつあった。
そして、その奇妙な行動の意味はすぐに分かった。
「え? 何だあれ!?」
一ヶ所に固まっていた敵の気配が、固まったままこちらに向かってきた。
群れとしてではない。
例えるなら、それは粘土細工の巨人だ。
集めて人型に整形された小型ラルヴァの塊が、全速力で向かってくる。
「ヒビトさん、ヒビトさん、敵が合体しましたよ! 合体! 夢とロマンに満ち溢れた魅惑の響き! 力を結集して敵を討つっていうこの感じ! もしやボク達こそが悪者なのでは!?」
"塊"を視認した杭田が興奮した様子で叫ぶが、そちらに構ってはいられない。
響斗は再び上空に異能の粒子を収束させると、先ほどより大きい剣にして敵の頭上に降らせた。
だが勢いは止まらない。
合体していようとそれらの核はバラバラに存在しているらしく、表面を切った程度では、内部の個体の核は壊せない。
「それなら押し潰しましょう…………ってあれ?」
杭田が巨大化させた剣でまるごと叩き潰そうとしたが、大振りの攻撃はあっさりと避けられた。
「くそっ、意外にすばやいな」
巨人の振り下ろす拳を避けながら、何とかしてパーツ持ちを直接叩こうと隙をうかがう響斗。
しかし攻撃を避けながらではなかなかタイミングが図れない。
「やっぱりこいつを先になんとかするしかないか」
そう思った直後、首筋のあたりにチリチリとした妙な感覚を覚えた。
「……? また新手か? ……いや、この感じって―――」
ギチリ、と唐突に小型ラルヴァの集合体が動きを止めた。
合体している個体のうち、何体かは鈍い動作で蠢いているが、全体としての塊は呆けたように立ちすくんでいる。
沈黙する巨人を見下ろす位置に人影が見えた。
やや灰色がかった黒髪に褐色の肌。礼服のような黒いジャケット。
僅かに上がった息を整えながら、ゼノは眼下の巨人をまっすぐに見据えている。
天宮城ゼノの能力は、奇しくも此度のパーツ持ちに似たものだった。
周囲のラルヴァを操る能力。より正確には、ラルヴァの体の制御を奪う能力だ。
ゼノの異能を受けたラルヴァは、己の意思とは無関係に、与えられた命令通りに動く。比較的簡単な命令しか出せない、かつ、中型以上にはあまり効かないという欠点はあるものの、ラルヴァに直接干渉できるこの能力は研究者達からも多大な期待が寄せられている。
それでなくとも、小型なら群れであろうと一方的に攻撃出来るあたり、戦闘面でも破格であることに違いないのだが。
異変に気付いた首無しトカゲが、制御を取り戻そうと口を開く。
だが遅い。声を媒介にしない分、視界に収めるだけで発動させられるゼノの方が速い。
より支配の力を強めたゼノによって、小型ラルヴァの塊は今度こそ一体残らず静止した。
「今だ! 潰せクエ吉!」
「了解です!」
超重量の一撃が、巨人をまるごと押し潰す。
衝撃がビルを揺らし、再び周囲を土煙に包む。
その中に身を隠しながら、響斗はまっすぐ今回の大ボスの元に走る。
土煙の向こうに突き抜けると、そこには劣勢を察して逃げようとするパーツ持ちの姿が。
「逃がすか!」
逃走する怪物を追う。
相手は思ったより速い。徐々に引き離されている。
「くそっ、ライリー! ゲート……を?」
その時、不意に視界の端から何かが高速で映り込んだ。
「えっ!? クエ吉!?」
その正体に気付いた響斗が目を丸くする。
ほんの数秒前まで、離れた位置にいた杭田がここにいる。
何で、と口に出すよりも先に気が付いた。
先ほどまで杭田がいた辺りに、不自然な程に大きな岩があることに。
杭田は足元にあった小石に能力を発動し、膨張する勢いを利用して自らの体を射出したのだ。
逃げるラルヴァの横に着地した杭田は、担いでいた布袋から、怪物に向けて何かを差し出した。
穏やかに柔らかく微笑んで―――それこそまるで、子供達にプレゼントを配るサンタクロースのように。
その手にあるのは、手のひらサイズにまで小さくなった一つの機械。
第四部隊に全部渡したはずの"お届け物"。
「あれって……」
『技術部作の試作品ですよ。あまり詳しくは知りませんが―――』
出発前に聞いた、洞木の声が甦る。
『これがAIで対象の脅威度を測定する機械で、こっちが結界を応用して対象の動きを止める機械、こっちは―――』
「……あ!」
杭田の意図に気付くと同時、透き通った声が響斗の耳にも届く。
「メリークリスマス☆」
瞬間、カチッ というスイッチの音とともに、杭田が持つ機械から、青白い光が吐き出された。
正面からまともに光を浴びた異形が、金縛りにでもあったかのようにその動きを止める。
さすがはパーツ持ちとでも言うべきか、ラルヴァの動きを完全に止めることは叶わなかった。
ギチギチと、僅かずつだがラルヴァの爪が杭田に向けて伸びていく。
一体どれほどの力が掛けられているのか、その躯全体が錆びたブリキの人形のように軋みを上げている。
それに合わせて、杭田の手の中でもピシリと音が鳴り始めた。
出力に耐えきれなくなったボディーが悲鳴を上げているのだ。
――ふむ……まあ、一分持てば上出来、かな。
隙を作れればそれでいい。
ダメージを与える必要はない。
それにはもっと適任がいる。
「止めはお任せしますね☆」
脇を通り抜ける朱色の影を、杭田は楽しげに見送った。
◇◇◇
「ラルヴァの消滅を確認っと。お疲れ様でした」
「おつかれー。ていうかクエ吉、いつの間にそんなの用意したんだ?」
杭田の手の中の機材を指差して響斗が言う。
「便利そうだったんで、元に戻さずに持っといたんですよ」
「えっ!? 大丈夫なのか、それ!?」
「大丈夫ですって~。ねぇ、シオザキ君?」
「えっ? うわっ、いつの間に!?」
知らぬうちに背後に立っていた汐崎の存在に仰け反る響斗に、お面フードの怪人は手に持っていたタブレット端末を差し出した。
「ん? これって……さっきの、録画してたのか?」
画面に映し出されているのは、杭田がパーツ持ちに向けて例の機械を使っているところの映像だった。
どうやら、ちゃっかり記録は録っていたらしい。
グッと親指を付き出すお面フードはどこか誇らしげだ。
「ご苦労。第四部隊の残りの隊員と合流し次第撤収しよう」
ゼノに続いて他の三人も歩き出す。
太陽はまだまだ高い。
今回は洞木に怒られずに済みそうだ。




