Act.28 新緑世界のサンタクロース(3)
作戦区域付近でのラルヴァの奇妙な行動。
知能をもつ可能性のある敵。
それらに早期に対処するための第四部隊の派遣。
「―――と、いう事なんだが」
「聞いてないぞ、それー!!」
悲痛な叫びが転界の赤い大地に吸い込まれていく。
辺りに蔓延る雑草とまばらに生えた木々が、その声に呼応するかのように風に揺れる。
「やられましたねぇ」
「クレイってたまにポンコツになるんだよなあ……」
「まあまあ。……あっ、サプライズとしてはリアクションが薄かったですかね」
この期に及んでなお予想外のイベントを楽しんでいるかのような口振りの杭田。
「クエ吉ってなんかいつも楽しそうだなあ」と響斗は自分のことは棚にあげてしみじみと呟く。かく言う響斗も響斗で、「まあ忘れたものは仕方ないか」と肩を竦めるに留まっていた。なんだかんだで二人とも切り替えが早いことに違いはないのだ。
「……現状は理解してもらえた、ということでいいか?」
二人が落ち着くのを待っていたゼノが、ゆったりとした調子で尋ねる。
「ああ、うん。悪いな、説明までさせて」
「いや、情報共有も仕事のうちだからな。気にしなくていい」
当然だとばかりに答えるゼノ。気を遣って言っているのではなく、本気でそう思っている口振りだった。
悠然という言葉を絵に描いたような落ち着いた佇まいは、もはやどちらが年上だかわからない。
天宮城ゼノ。
特務部討伐課第四部隊の隊長であり、響斗の後輩にあたるこの男は、特務部いおいては希少とも言えるほどの常識人である。
MSSの人間やラルヴァが持つ異能の力は、自らの意思によって周囲の何らかの情報を歪めることで実現しているとされる。
詳しい原理などはあまりわかっていないし、そんな小難しいことは現場の人間にとっては割とどうでもいいことではあるが、『だから一定以上の知能をもつラルヴァしか能力をもたないのだ』という話だけは知られていた。
自我が強いほど能力も強力になりやすいこの理論故に、特務部はその特性上、上にいくほど変な奴だという不名誉な噂があるのだが、ゼノは数少ない例外としてカウントされていた。
もっとも、平社員なら普通ということでもないのだが。
「とにもかくにも、そういうことなら仕方がないね! とりあえず機材を確認してもらうとして、ボクらはどうします? 任務完了ヤッターお疲れ! ということにして帰ります?」
後半は響斗に尋ねながら、機材を並べていく杭田。
「いや、ここまで来たんだし手伝うよ。パーツ持ちかもしれないなら人手は多いほうがいいだろ?」
"パーツ持ち"とは、人間の部品を持つラルヴァの通称である。
ラルヴァの体を構成する部品の元となるのは、基本的にその個体が多く摂取した生物のものだ。近年の研究で、どうやら体積や重量ではなく回数で決まるらしいということがわかっている。
小型のラルヴァに虫や爬虫類などの特徴が多くりられるのもそのためだ。小さなゲートでも通れる上に、一度に捕食できる数が多い。
そして、その部品が、鳥類、哺乳類と進むにつれ、より強い力をもつ。
中でも別格とされる人間の特徴を備えた個体を、特務部では"パーツ持ち"と呼んで区別している。
もし今回の相手がそれなら、自分だけ帰るわけにはいかない。
「ですよねー。賛成です。そう言うだろうなぁとは思ってました☆」
サンタ服の青年はその言葉に大きく頷くと、一応現場の責任者のほうに向き直る。
「隊長殿もそれでOK?」
「助かる」
「ではまずはお届け物の確認から! 受け取りのサインはコチラにどーぞ!」
杭田はどこからか出したペンとメモ帳をゼノに差し出した。
一体どこの土産物屋で買ってきたのか、ノックすると軸がピカピカ光るタイプの無駄に派手なボールペンだ。
「……」
自らの手の中で鮮やかに発光するペンを見ながら、ゼノは何とコメントしたらいいかわからないという顔をしていたが、結局は何も言わずにサインだけ書いて返した。
「はーい、ご利用ありがとうございました! ―――とかいって実は特に意味とかないんだけども! じゃあ早速元の大きさに戻すとしますか。……この辺、広げて大丈夫?」
地面に点々と小さくなった機材を並べていく杭田を一同が遠巻きに眺めるなか、最後の一つを置き終わったサンタ服の青年は、パチンッ と指を鳴らして言った。
「解除!」
能力が解除されたことにより、元の大きさに戻った機材がズラリと地面を埋めていく。一定の間隔を空けて並べられた機材の群は、小さなビル街のようにも見えた。
その隙間に第四部隊の隊員達が次々と入っていき、機材の状態や用途等を資料と照合する作業を始める。
「まずは……これを使ってみるか」
礼服のような黒いジャケットの袖をくるくると捲ったゼノが、並べられた機材の一つを手にとった。
炊飯器くらいの大きさの比較的小さな円柱状の機体に、時代錯誤とも言えるような古風なパラボラアンテナがいくつも取り付けられている。これでも一応ドローンの部類なのか、飛行用のプロペラと、手のひらサイズのリモコンが付属していた。
「それは?」
「ああ、これは―――」
「あっ!」
「どうした?」
質問に答える前に響斗が急に声を上げたことを疑問に思い、ゼノはプロペラを取り付けていた手を止めて、緑メッシュの少年のほうを振り返った。
「あー、えっと、説明は短めで!」
「?」
どうやら洞木に長々と説明されたことがまだ印象に残っていたらしい。(肝心の内容のほうは忘れたようだが)
経緯を知らない黒スーツの青年は、「何故わざわざそんな注文をつけるのだろう」と不思議そうな顔をしたが、それ以上追及することなく再び口を開いた。
「簡単に言えば、これは周囲のラルヴァを検知するソナーのようなものらしい」
「試作品らしいがな」と付け加えつつ、スイッチを入れる。
控えめなモーター音とともに機体がゆっくりと浮上し―――
そのままゆっくりと空中で折り返して地上に戻ってきた。
「……」
「へえ、早いな、何かわかったのか?」
「……」
「どうした?」
黙ったままリモコンのスイッチを長押ししたり、耳に当てたりしているゼノに、響斗と杭田だけでなく周りにいた第四のメンバーも首を捻る。
「……動かないな」
ゼノが感情のこもらない声で言う。
――やっぱりなあ……。
――さすが『試作品』。
――まあ、よくあることよね。
――技術の連中もせめて動くのをよこせよな。
第四部隊の面々はまだリモコンを見つめている隊長にそんな視線を向けた後、特に慌てた様子もなく各自の作業に戻っていった。
「すまない。どうやら不良品だったらしい」
「気にすんなって」
「とりあえず、これは使えないから持ち帰ろう。汐崎、これは別にしてよけておいてくれ。他にも使えないものがあったらそれも一緒に頼む」
そんなゼノの呼び掛けに応じて、どこからともなく現れた黒い人影が機材を受けとった。
黒い人影―――黒い外套を着てフードを目深に被った人間は、受け取った機材をくるくると回してチェックすると、コクリと無言で頷いた。
周囲の人間は、その光景に特に違和感はないようで、黙々と作業を続けている。
だが何も知らない人間が見れば、まず目を疑うような異常が二つあった。
一つは、人影が何もないところから現れたということ。
もう一つは、現れたその人物の顔が、祭りで見かけるような安っぽい戦隊もののお面で覆われているということだ。
体格から、かろうじて男性であることはわかるが、それ以外は何もわからない。歳はおろか、喋らないので声すら不明だ。
「うおっ!? シオザキ!? どっからわいたんだ!?」
「……! (喜)」
唯一まともに驚いた響斗の声に振り向くお面フード。心なしか嬉しそうにも見える。
「シオザキ君は最初からいましたよ?」
「マジで!? ……あー、でも、そういえば、『隊長副隊長揃って』って言ってたっけ。じゃあ最初からいた…のか……?」
よくよく思い返してみれば、なんか杭田がそんなことを言っていたような気がするが、あまり覚えていない。しかも発言の主が杭田であるから、今一つ信用度が低い。
小声で唸りながら記憶を探る響斗に、ゼノやライリーまでもが、
「ああ、初めからいたな」
『いたわね』
と同意する。
「そっかー……気づいてなかったの俺だけか……ごめんなー」
「……」
肩をすぼめる響斗。
汐崎はブンブンと首を横に振っているが、はたして伝わっているのかどうか。
「ところで、作業の進捗はどうだ? あとどのくらいかかる?」
「……」
ゼノにそう訊かれた汐崎は、辺りで作業を続ける部下達のほうを見やり、
「………」
パッ、とゼノの前で両手の指を開いて見せた。
「そうか。10分くらいか」
コクコクと頷く黒フード。
「毎度思うけど、よくわかるよな」
「信頼があれば言葉はいらないってことだね!」
「そういうものか?」
「喋ったほうが早い気がするけどなー」
「……」
そんな会話を聞きつつも、汐崎は特に何か主張することもなく、はぐらかすように首を傾げるだけだった。
余談だが、この汐崎大晴という怪人は、こう見えてなかなかの『悲劇の人』である。
彼がこんな格好をしているのには、実はこれといった深い意味など無い。
ただなんとなく、「配属されてきた副隊長が変な格好だったら面白いだろうな」と、そんなくだらないことを考えて、家にあったもので適当に仮装して『配属デビュー』した結果、誰からのツッコミも入らなかった―――という自業自得な悲劇に見舞われただけなのだ。
それにも関わらず、謎の粘り強さを発揮して、「誰かが何か言ってくれるのを待とう」とか要らぬ決意を固めた結果がこの有り様である。
正直、二年も経った今となっては、もはや周囲も慣れてしまって違和感などなくなっているのだが、汐崎は未だ諦める気はない。
――こうなったらもはや意地だ。
――絶対あの堅物に何か言わせてやる!
そんな訳で、悪ふざけの止め時を見失った悲しき怪人と、そのことに気付いていないリーダー、そして、「隊長もいい加減つっこんでやればいいのに……」という生暖かい視線を送る部下達―――というのが、現在の特務部討伐課第四部隊の構成である。
閑話休題。
「ソナーが使えないならどうするんだ? 俺が探していいのか?」
「そうですね。頼みま…頼む」
頼みます、と言いかけてやっぱり言い直すゼノ。
響斗はそんな後輩の様子に苦笑すると、
「オッケー!」
目を閉じて、大きく息を吐く。
研ぎ澄まされた意識の中に、周囲に散らばるラルヴァの気配が浮かび上がる。
「……………うん。それっぽいのが二つあるな」
『そうね。他のは雑魚だわ』
「だよな、他のは関係なさそうだ」
ライリーの言葉を受けて、確信も新たにそう付け加える響斗。
「前々から思ってましたが、何でわかるんです? 実は三重能力者だったとか?」
感知能力だけなら他の隊にもいるが、そいつは単に感知に特化した能力者だ。
響斗のように、他の能力を持った上で更に感知が出来るというのは聞いたことがない。
「あー、えっと……何でだったかな……」
杭田の質問に、本気でわからないといった様子で首を捻る響斗。
緑メッシュの少年は、なんとか思い出そうとしばらく唸っていたが、やがて開き直ったように明るい声で一言。
「勘かな!」
「なにやらはぐらかされた感が否めませんが、気にするのもアレですね。 ここは一つ、"経験の差"ということで手を打ちましょう!」
そう言ってそれ以上の追及を止める杭田を見て、ライリーがこっそり溜め息をつく。
――相変わらず危ういわね。
実のところ、響斗がラルヴァを感知出来るのは、周囲にいる他のラルヴァの位置を感知するというラルヴァとしての能力を使っているからだ。
もし彼がこのことを覚えていた場合、(内緒にするべきだということを含めて)うっかり口を滑らせた可能性があるので、忘れてくれていて良かったとも言える。
ラルヴァが互いの位置を把握出来ること自体、マイナーな都市伝説くらいの認知度なので、自分から言わなければまず思い当たらないだろうし。
「それで、どのあたりだ?」
「南西と北西。そこまで遠くないな」
「ちなみに本命は?」
「んー……多分北西だな。南西はただの小型の群れだろ」
ならば二手に分かれたほうがいいだろう、ということは全員わかっていた。
件の個体が知能を持つ高位のラルヴァであるならば、群れと合流されて乱戦になるのはなんとしてでも避けたい。
問題は、誰がその高位のラルヴァの相手をするかだが―――
「なら北西はボクとヒビトさんでどうにかすることにして、第四には南西に向かってもらうのはどうです? そこの試作品、試しながらじゃとても戦えないでしょうし」
「それはそうだが……」
あっさりと分担を決めた杭田に、黒スーツの隊長が思わず食い下がる。
直属の部下ではなく、その上今回は助っ人という立ち位置の人間に危険な方を任せることは気が引けるらしい。
だが、渋ってはいても明確な否定はしてこないことを肯定と受け取ったのか、杭田はさっさと話を進めてしまう。
「じゃあ決まりだね! ヒビトさんもそれでいいですか?」
「もちろん! 俺はいつでもいいぞ」
「いや、その………」
完全に発言のタイミングを失ったゼノが口をパクパクさせているのを他所に、他の者達は早々に準備に取り掛かっていった。
◇◇◇
北西
背の低いビルやマンションが立ち並ぶエリア。元は中小企業の事務所などがあったらしい通りには、元の色がわからなくなるほどに風化した看板が落ち葉のように打ち捨てられている。
建物のほとんどは既に半壊しており、大小様々な瓦礫が転がっているおかげで、身を隠せる場所は比較的多い。
「どうだクエ吉、そっちから見えるか?」
今にも崩れそうな壁に背中を預けながら、少し離れた別の建物の影に潜む杭田に尋ねる。
隠れられるところが多いのは相手にとっても同じであり、響斗のいる場所からでは敵の全体像が掴めない。
「ふむふむ……中型くらいですかね」
杭田は気配を消して物陰を移動すると、背後の響斗にサインを送る。
「中型、か」
とはいえ、それがわかったところで大して変わりはない。
敵が本当に高位の個体なら、大きさはそれほど問題ではなくなるのだから。
――もう少し近くで見たいけど、ここいらが限界かな。
なんとか外見から確証が得られればと思うが、遠目ではよくわからない。
「うーん、どうしよう……あ、そうだ!」
『何?』
「あいつの近くにゲートあけたらそこから覗けるんじゃないか?」
『……まあ、いいけど』
歯切れ悪く了承したライリーの手が空中を指す。
空間に亀裂が走り、響斗の目の前に小さな厚みのない穴が開いた。
そして通りの向こうにも、同じような穴が現れる。
「どれどれ……」
穴の向こうを覗き込み、敵の姿を観察する響斗。
首の無い、トカゲのようなフォルムだ。カマキリの前足のような尖った足が8本、細身の胴体から伸びている。
時折長い尻尾をもたげて空気を掻き回すようにゆっくりと振る姿はサソリのようにも見えた。
その尻尾の先には黒く艶やかな―――
―――長い髪をした、生首が。
その口には歯が生えておらず、ぽっかりと穴が空いていた。目や鼻は凹凸で表現されている。
人の首というにはどうにも造りが荒く歪で、どちらかといえば彩色に失敗したフィギュアのように見える。
それでも"生首"だと感じたのは、あの首のもつ、妙に生々しい存在感のせいだろう。
「あー……やっぱり"パーツ持ち"か……」
響斗が苦々しい顔で呟く。
ある程度予想していたとはいえ、あまり嬉しい相手ではない。
今回の敵の体には、尻尾の先の顔以外に人のものらしき部位はないが、それでも危険であることに変わりはない。
「ライリー、どれくらいヤバいと思う?」
隣で見ているライリーに小声で訊く。
『そうね……私はそこまで強そうには感じないけれど』
「俺もだ。でも油断は出来ないよな」
そんなことを口にした矢先―――
ぐるりと振り向いた生首が、こちらに顔を向けてニタリと笑った。
「っ!? 見つかった! クエ吉! 構えろ!!」




