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Act.27 新緑世界のサンタクロース(2)

ゲート前


 ものものしい大型の機材が所狭しと並べられた、屋内と屋外の中間のような空間。

 無骨なコンクリートの壁に空を塞がれた灰色の景色の中心には、水に浮かぶオイルのような奇妙な色彩を纏った、厚みのない空間の"穴"が浮かんでいる。

 この世の物理法則を越えた異常の具現。

 この世であってこの世でない場所、その入口。

 MSSが保有する国内最大級のゲートである。

 その存在を知った上で配属されている社員達すら、少し気を抜けば脳が理解を拒んでいるかのような錯覚に陥るほどの威圧感に満ちた空間には、現在場違いこの上ない声が響き続けていた。

「しかしまあアレですね。このゲートのひび割れた感じ、周りの冷蔵庫じみた機材と相まってなんか薄氷っぽいというか、南極風味でワカサギが釣れそうですよね! まあ実際に釣糸垂らしても、釣れるのはラルヴァでしょうが」

『流石にそれで釣れたら同じラルヴァとして悲しくなるわね……』

「南極かあ……行ったことないけどそんな感じなんだ……」

適当にも程がある杭田(くえだ)の発言に、微妙にずれた感想を述べる響斗(ひびと)。側で聞いていたライリーが呆れ混じりに言う。

『ヒビト、絶対違うと思うわよ』

「そうなのか? そっかー、ちょっと残念なような……。あれ? 今さらだけど……風味? 南極の味って何だ?」

『他にも気にする所はありそうだけど……』

「それはもう、その土地にはその土地の独自の味付けがありますから、南極といえば、そう! 氷でしょう!」

「氷かあ……なんか不味そう……」

 そんな頭の悪い会話は、まだしばらく続きそうに思われたが、

「はいはい、無駄話はそろそろお仕舞いですよ」

 扉から入ってきた第三者の登場によって遮られることになった。

「よいせっと、これで全部です。お待たせしました」

 軍手をはめた手で額の汗を拭いながら、第一部隊の隊員であり、ゲートの警備係である洞木(うつろぎ)が機材の乗った台車を押してくる。

「やっと出発できるな」

「結構沢山あるね」

「なんかどんどん追加されてたしなー。これを全部かー……」

 彼らの視線の先には、台車の上のものも含めて十数台程の機材が積まれていた。それらは全て、今回の任務で杭田達が運搬するべき"お届け物"である。大きさは様々で、片手で持てるサイズのものから、大人と変わらない背のものまであった。

「これ……多分持って帰るときも呼ばれるよなあ……面倒だなあ……」

「不満が思いっきり口に出てますよ。いっそガムテープでも貼ってみてはどうです?」

 呆れ顔の洞木にそう言われ、とりあえず両手で口を塞ぐ響斗。

「…………あ、そうだ! これって何の機械なんだ?」

 だがすぐに沈黙に堪えかねて、話を逸らすべく別の話題をふることにした。

「技術部作の試作品ですよ。あまり詳しくは知りませんが―――これがAIで対象の脅威度を測定する機械で、こっちが結界を応用して対象の動きを止める機械、こっちは―――」

 よく知らないと言う割にはスラスラと機能を挙げていく洞木。

 まだまだ続きそうな機能紹介に、響斗は訊いたことを若干後悔しつつ、適当な相槌を打った。

『もう、ちゃんと聞いておかないと駄目よ』

 隣で聞いていたライリーにたしなめられたが、響斗はそっと目を逸らして聞かなかったことにした。

 そんな三人を横目に、サンタ服の青年は自らに与えられた任務を開始するべく、機材の山へと手を伸ばした。

「ではでは、早速参りますかねっと!」

 トン、と軽く指先が触れ、杭田に触れられた機材がその場から消え失せた。

 いや、正確にはなくなった訳ではない。

 それは確かに存在していた。

 杭田の足元、さっきまで機材があった位置に―――手のひらサイズのミニチュアの機材が。

 細部のパーツにいたるまで均等に縮小されたそれは、まるで高めのガチャガチャから出てくる精巧な模型のようだった。

 "物体の大きさを変える"―――それが、杭田吉右衛門(きちえもん)の能力である。

 今のように縮小することはもちろん、逆に巨大化させることも可能だ。

 この能力故に、杭田は遊撃が主たる第二部隊の中にいながら、運搬や清掃などの雑用系の作業に駆り出されることも多かった。

 もっとも、その性格故に、どこの隊も自分の隊に引き抜こうとまではしなかったというだけなのだが。

「ヒビトさん、ちょっとこの袋広げててくれます?」

「オッケー! じゃ、どんどん入れてこうぜ」

 渡された袋の口を広げ、床に置いて待機する響斗。杭田はミニ機材を摘まみ上げ、その布袋の中に放り込む。

 他の機材にも同じように触れていき、次々と袋の中に詰めていく。

「いつ見ても便利だよなあ。あの量がこの袋に入るなんて、四次元ポケットみたいだ」

『そうね。そうなると、いつもの袋の中はどうなってるのかしらね』

 山のようにあった機材が買い物袋ほどの大きさの袋に収まったことに感心する二人。

 全ての機材を入れ終えた杭田が、袋を受け取りながらしみじみと言う。

「21世紀もあと10年ちょっとだというのに、出来てないですよねぇ。やはり四次元の壁は厚かったか……。もしやあと10年で怒涛の進化を!? 火星人とか現れれば……いけるか!?」

「そういう能力のラルヴァなら見つかるかもなー」

「なるほど……ならばやはり一本釣りで……」

『はい、ゲート開けますよー』

 不毛な会話は再び洞木の声に断ち切られた。

 どうやらいつの間にか隣のモニター室に戻っていたらしく、ガラスの向こうから響くおざなりな掛け声とともにゲートが開放される。

 場の空気が凍りつき、漂っていた威圧感がゲートへと収束していく。

「はいはい、じゃあ出発するか」

「ですね」

 厚みのない穴の向こうに向けて、スタスタと歩いていく二人を見送ったあと、洞木は小さく溜め息をつきながらゲートを閉じた。

 ――やれやれ、ちゃんと定時までに戻ってきますかね……。

 全員帰還するまで帰れない門番としては、余計なことはせずにさっさと帰ってきて欲しいものだが、

 ――まあ、無理でしょうね。

 花が咲いた無駄話のせいで残業する未来を割と明確に想像しつつ、洞木はぐったりと椅子に座り込んだ。


 ◇◇◇


十数分後 転界


「さて、このあたりがこの旅の終着点、もとい作戦区域な訳ですが……」

 目的地には既に人だかりができていた。

 その数およそ十数人。偶然迷いこんだにしては数が多く、何より落ち着き過ぎている。

 まず間違いなくMSSの人間だろう。

「なんか人いるなあ……あれ第四か?」

 状況や服装から、同じ討伐課の第四部隊の人間だろうと判断する響斗。

 そんな視線に気付いたのか、集団のリーダーとおぼしき男がこちらに歩み寄ってきた。

 やや灰色がかった黒髪に褐色の肌。年齢は二十歳前後といったところだが、きっちりした服装と落ち着いた雰囲気から、実年齢よりも少し大人びて見える。

「吉右衛門、刀儀(つるぎ)さんも、お疲れ。機材はその袋の中か?」

 杭田の担いでいる布袋を指して言う青年に、響斗が不思議そうな顔で尋ね返す。

「ゼノ、何でここに? 俺らが先に露払いするって話じゃなかったっけ?」

「うんうん。しかも隊長と副隊長揃ってときた。これは事件の匂いがするね!」

 ふざけた調子の杭田の言葉に、ゼノと呼ばれた青年は、「事件……まあそうか」と真顔で頷くと、おおよそ答えを予想した上で確認の言葉を続けた。


「確かに昨日の晩までは俺たちは後から来る予定だったんだが、事情が変わってな。そちらの隊長にも連絡がいっているはずだが……聞いてないか?」


 ◇◇◇


同時刻 第二部隊執務室


「………」

 クレイ・ローウェルはディスプレイを見つめたままフリーズしていた。

 画面に表示されたメールの上を、ぼんやりと定まらぬ視線が何度も何度も滑る。

 ――やらかした……。

 着信日時は午前9時半。丁度クレイが液状化してうなだれていた頃である。

 溜め息を吐き出しながら、再度メール本文に目を通す。

 内容は今杭田と響斗が向かっている機材運搬任務についての追加連絡だ。

 そこには、昨夜から今朝にかけて、作戦区域付近のラルヴァに奇妙な行動が見られたこと、知能をもつ高位の個体が出現している可能性があることなどがずらりと書かれており、それなりに緊迫した状況であることが伝わってくる。

 ――しくったなぁ……大丈夫かな……。

 今からでも二人に連絡しようかと受話器を手に取ったが、途中で止めた。

 ――まあ……いいか。

 幸い響斗を同行させているため、戦力的にはどうにかなるだろう。

 細かい説明は生真面目な第四の隊長がしてくれるだろうし。

 と、言い訳めいたことを考えながら、クレイはそっとメールを閉じた。

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