Act.26 新緑世界のサンタクロース(1)
MSS 特務部本館 第一会議室
5月。青々と茂る若葉の緑や、だんだんと夏めいてくる空が目を引く、一年で最も鮮やかな季節―――と思いきや、五月病やらゴールデンウィーク明けの憂鬱やら、中間テストやらを引き連れてくる、良くも悪くもコントラストがはっきりした混沌の季節である。
そんな時分に、連休特有のまったりした時空から戻ってこられていない社会人がここにも一人。
――あー……仕事たるいわー……。
特務部の隊長以上の人間が集まる、週の頭のミーティングの席にて。
メンバーが先週の報告と今週の予定をざっくり説明していくのを、討伐課第二部隊隊長、クレイ・ローウェルは机に頬杖をついてぼんやりと聞き流していた。
一応ぱっと見た感じは、金髪碧眼のスポーツマンを思わせる快活そうな青年である。が、今の彼はそんな溌剌とした普段のイメージとはいささか異なっていた。後頭部にはうっすら寝癖の後が残っており、いかにも眠そうな半開きの目は、どこを見ているかも定かではない。
小さな欠伸を繰り返しながら、そろそろ真面目に働かねばと、思い始めて早15分。
やる気はある。昨日の晩には確かにあった。『しっかり休んだし、明日からまた頑張るか!』とか思いながらベッドに入ったはずだ。
とはいえ、朝目覚ましが鳴った瞬間には、『あと5分』とか思ってしまうのを誰が責められようか。
体がだるいとか、気が重いとか、そんな深刻なやつじゃない。ただただ面倒くさくてかったるいのだ。
そんな訳で、始業時間が過ぎてもなんとなく休日モードでポヤンとしていたクレイは、寝惚け頭のまま会議に出席し―――
「あ、そういや来週、杭田吉右衛門が帰ってくるらしい。またお前のとこになるから頑張れよ」
「ふぇ!?」
そこそこ重たい一撃を食らって、朝っぱらから間抜けな声を上げる羽目になった。
「え? こないだオセアニアに行ったばっかですよね!?」
「なんか、向こうじゃ手におえんらしい」
「マジで!?」
「マジで」
議長を務める特務部部長、十六原灯和は世間話のようなトーンで話すが、クレイにとっては大問題だ。
「ほ、他のとこで引き取るとかは……」
助けを求めるような目で辺りを見回すが、皆は苦笑いしか返さない。
大変だねー、同情するよ。
でもうちは要らないから頑張ってね。
―――彼らの目は揃ってそう言っている。
とどのつまりは孤立無援。
まったくもって四面楚歌。
『問題児はクレイのとこに入れとけばいいや』な空気が完璧に出来上がっていた。
「あの……トウカさん……?」
「オセアニア帰りか。今度は夏仕様かもしれんな」
「…………………………………(泣)」
「ドンマイ」
結局、萎びた野菜のように机に突っ伏したクレイを残してそのまま会議は終了した。
――何だよもう、皆して僕に押し付けて~。
空っぽの会議室で独りいじけるクレイ。その背中には中間管理職の哀愁が負のオーラとして漂っている。
まあそうなるのも無理はないだろう。件の杭田吉右衛門という男は、そういうやつだった。
彼は端的に言えばトラブルメーカーだ。それも自発的にトラブルを引き起こすタイプの。
扱いにくさでいくと響斗とどっこい、つーかライリーいない分もうちょいひどいのでは、といった輩である。
ただでさえ第二遊撃部隊は変人の巣窟と呼ばれているのに、これ以上ともなれば、いよいよクレイの胃に穴が空く日も近い。
――なんなんだ。トウカさんは胃薬仲間が欲しいのか?
やっと慣れてきた新人が辞めたらどうしよう。
去年の新人は変人共についていけずに辞表やら移動願いやらを出していなくなってしまった。
――なんとか……なんとかしねぇと……。
頭を抱え続けるクレイ。
彼は知らない。そんな変人達についていけている時点で、自分もまた変人の部類だということを。
◇◇◇
一週間後 第二部隊執務室
「……どうしたんすか、あれ? クレイさん、なんか見るからにやつれてますけど……」
こっそりとメアリーに尋ねる会音。
クレイは朝から机に突っ伏して、ピクリとも動かない。
始業時間にはもうああなっていたから、少なくとも3時間は同じ体勢だ。
別に業務に支障はないのだが、なんだか放っておくと、このまま液状化して机と同化しそうな気がして怖い。
「ああ、やっぱり気になりますー? 実はですねー……今日、オセアニアに転勤してた杭田っていう人が戻ってくるんですよー」
「それであんな風になるもんなんすか?」
「それはもう、先週いきなり言われたとかですから。(心の)準備とか大変だったんですよー」
うふふー、と含みのある笑みを浮かべるメアリー。
無論会音には()の中は伝わっていない。この不自然な行間に注意を払っていたならば、あるいはこの後の事態を回避出来たかもしれないのだが―――
「………よし! 行くか!!」
バンッ! と机を叩いてクレイが立ち上がる。
そして、
「おっ、エノン暇そうだな! ちょっと人を迎えに行くから、お前も来いよ!」
と道連れを確保する。
ちなみに、さっきまで横で喋っていたメアリーは、ちゃっかり自分の机に戻っている。
ご丁寧に眉間を揉んで、さも『書類と格闘してました』な雰囲気を絶賛捏造中だった。ゆるふわガールな見た目の割には、抜け目のないやつである。
というわけで、まんまと道連れに選ばれた会音は、突然固体に戻った不定形野郎に引きずられて部屋を後にした。
「えっと、俺は何をすればいいんすか? 荷物持ちとか?」
廊下を歩きながら会音が尋ねる。
「いや、特に手伝うことはないんだけどさ、なんつーか、ほら……一人で行きたくなくて」
「……苦手な人なんすか?」
「いや。苦手じゃあねえよ。ただ……まあ、会えばわかる」
クレイはそれ以上の質問はシャットアウトして、黙々と足を進める。
そのまま歩くこと約5分。
建物をでて、さらに歩き、たどり着いた先はMSS東京本部の正門だ。
大学だった頃の面影はそのままに、看板だけ付け替えたとかいう正門は、シャッターと石柱だけなのになにやら伝統や格式のようなものを醸し出していた。
門の正面は長いイチョウ並木に続いており、秋には黄金のトンネルと大量の地雷(銀杏)が訪れる者をもてなす人気のスポットとなっている。
そんな並木通りの向こう―――五月晴れの明るい日差しを受けて輝く、新緑の天井の下を、こちらに歩いてくる人影があった。
初夏の風に帽子の端を揺らしながら―――サンタクロースが、悠々とこちらに歩いて来ていた。
「……ん?」
「おっ、ちょうど来たな。おーい、こっちこっち!」
戸惑う会音を他所に、クレイは普通にその赤い人影に手を振っている。
対するサンタクロース(?)も軽く手を挙げて応じると、駆け足でこちらに寄ってきた。
そして―――
「どうもこんにちは! お久しぶりです! はじめまして! MSSのサンタクロース、杭田吉右衛門ただいま参りましたっ☆」
キラーン☆、と効果音が付きそうな勢いで挨拶してくるサンタクロース―――もといサンタ服の青年。
しかも横ピースでポーズまでとっていた。
言うまでもなく絶句している会音だが、「なるほどだからクレイさんが朝から溶けてたのか」などと考える余裕は残っているようだった。
来たばかりの頃の彼なら思考も停止していただろうから、約一ヶ月で随分慣れたものである。
「ったく、相変わらずだな。ある意味安心したわ」
「何をおっしゃいますことやら。男子三日会わずんば刮目して見よ! 変わり果てた新・吉右衛門をどうぞご覧あれ☆」
「変わり果ててどうするよ。伸び代ゼロか?」
「なるほど。じゃあ、生まれ変わったNEW吉右衛門をどうぞご覧あれ☆」
「ははは、期待してるぜ。来たからには盛り上げてくれよな!」
うだうだ渋っていた割にはノリの良い対応をしているクレイ。
なんだかんだ言っても、一度スイッチが入れば誰とでも楽しく過ごすことができる―――コミュ力オバケの本領発揮である。
今の彼の頭の中にはさっきまでの苦悩など微塵も残っていないようだった。
◇◇◇
「皆様どうもこんにちは! お久しぶりです! はじめまして! MSSのサンタクロース、杭田吉右衛門ただいま参りましたっ☆」(2回目)
執務室に入るや否や、先ほどと全く同じテンション、同じ動作で挨拶してくる杭田。
「本当にいたんですね……サンタクロース」
「いないよ!? よく見て! 紛い物だよ!?」
大真面目に受け取った千奈が妙なことを言い出した。
『サンタクロースはお父さんでした』みたいな経験はないとこの出身なんだろうか。
「あ、クエ吉じゃん。久しぶりー。……あれ? でも異動したの年末じゃなかったっけ?」
「ヒビトさんもご機嫌麗しゅう。そうなんですよ、そうですとも! この杭田が日本を去って幾年月。お節料理を食べ損ね、積み重ねたミートパイで代用したあの日から4ヶ月ちょい。わりかし早く呼び戻されたなぁとはボクも思ってる次第ですとも」
「あー、だよなー。ちょっと長めの旅行くらいだよな。旅行かあ……俺も行きたいなあ………自然……海とか? でも水着とか………いや、えっと……」
何故だか照れたように虚空から目を逸らす響斗。
その周りをふわふわしているライリーがいやに楽しそうなので、会音はまた何かからかわれているのだろうと思うことにした。
周りの面々も慣れたもので、一人で悩むを響斗置いて、既に話題がさっさと話を進めている。
「おせち料理ですかー。確かに和食はなさそうですよねー」
「それよ。向こうにも米はあるけども、その気で食べてると若干違和感あるっていうか? いやまあ気のせいかもしれないけど別にいいや! とにもかくにも、あの溺れるほどの白米が恋しいのなんの」
「"あの"って何だよ。白米に溺れるような生活は別にしてなかっただろ」
「確かに、実際に白米で溺れたという記憶もなければ、そんな人に会ったこともないような……いやでも、人間その気になれば水深15cmでも溺れられるとか。15cmといえば茶碗でいうとこの中盛りくらい。ザ・普通! ということは、我々は常日頃から溺れる危険と隣り合わせで食事をしている、と……? なるほど、白米で溺れないのは一重に人間の注意力の成せる技な訳だ」
「ずいぶん無駄なとこに注意力割かれてんな……」
「そんなこと言って……一瞬の油断が命取りになるかもよ?」
「なるかよ、ならねえよ、何なんだよその死因!」
「……溺死?」
「普通に嫌だよ!」
「じゃあ、過剰摂取による中毒症状で」
「先に胃が破裂するわ!」
――ああもう、そういやこういうやつだった……。
頭を抱えるクレイ。その横で白米の致死量が幾らかを真面目に考える千奈を見て、さらに深く溜め息を吐く。
そのさらに横では愛桜も珍しく悩ましげな顔をしていた。
「帰還を祝して紅茶でもと思いましたが、白米をご所望とは……。凌牙さん、大変です! 炊飯器が足りませんわ!」
「そんなもん一つありゃ足りるだろ。バスタブにでも注ぐ気か?」
「泳ぎたいのでは?」
「違うだろ」
「そうですか。では2合くらいで十分ですわね。折角ですし、土鍋で用意しましょう」
「おっと、それならコレでどうだい?」
話を聞き付けた杭田が、肩に担いでいたサンタの小道具っぽい布袋を漁る。
中から出てきたのは、なんの変哲もない小さめの土鍋だった。
「さすがです! 伊達に赤くありませんわね!」
「こんなこともあろうかとってやつですね」
ウンウン、と満足気に頷く杭田。
――いや、普通におかしいんじゃ……。
会音がそれを指摘するべきか迷っている間に、愛桜は土鍋を抱えて給湯スペースに引っ込んでしまった。
言いたいことは色々あるのだが、もはや何を言っていいかわからず、天を仰ぐ会音。30秒ほど考えてから、とりあえず今日は黙って様子をみることにしよう、と意を決して意識を現実に戻す。
目線を下げ、前を向く。
そして映り込む赤い服。
「………」
しかしまあ、見れば見るほど違和感が凄い。
外見―――というか面だけ見れば、杭田はかなりの美形だと言えるだろう。
カラスの濡れ羽のような艶やかな黒髪。瞳も黒曜石を思わせる深い黒色をしている。
パーツだけ切り取っても十分にそうとわかる整った顔立ちなのだが、青年の身に纏うクラシックなサンタ服が、そうした印象を全て上書きしている。
――……何であんなものを?
当然の疑問に頭を悩ませる会音だが、今一つ調べる気になれない。前回深追いして厄介事に巻き込まれたのが記憶に新しいからだ。
とりあえず現実から目を逸らすことにした少年は、さっぱり話がわからず首を捻っている響斗に気がついた。何の話をしているか訊かれたが、会音には答えられない。
「クエ吉ー、今何の話してるんだ?」
「ああ、えっとですね、つまり電子レンジの神は年中無休なんですよ」
「……何て?」
「まずですね―――」
頭上に"?"を旋回させる響斗に、杭田が説明しようと口を開く。
だが続きの言葉が吐き出される前に、クレイの声が割って入った。
「悪い、説明は後でにしてくれ。お前宛の任務きてたのすっかり忘れてた」
「任務ねえ、帰ってきて早々とはまた忙しない。貧乏暇なしってやつだね! ボクにも幾らかの蓄えはあるけども、更に上を目指せって訳か!」
「あー……まあ、手当とか出るから稼げはするか」
「で、何をすればいい?」
「平たく言うと『荷物運び』だな。第四部隊が調査に使う機材を転界に運んで、ついでに露払いしとけってさ」
「なるほど。じゃ、行ってきますね」
あっさりと頷いて布袋を担ぐ杭田。
そのままさっさと部屋を出て行こうとする。
「ああ、待て待て! さすがに一人はダメだろ。……ヒビト、お前も行ってくれ」
「ん? ああ、俺? わかった。じゃあ行くか、クエ吉」
「了解です☆」
そうして二人が去った後の室内に、急激な静けさが押し寄せる。
そんな緩急の激しさを、どこか懐かしく思っている自分に苦笑しながら、クレイは自分も仕事を始めるべく、パソコンの電源を入れた。
そして昨日やり残した書類の作成にと取り掛かるクレイ。
彼が未読のまま放置された新着メッセージに気付くまで、あと三十分。
「ん? 何だこれ? ……あ、ヤベッ……どうしよう」




