Act.25 増殖世界はごり押しで(2)
第五部隊の作戦エリアまで戻ってきた、龍座、クレイ、メアリー、千奈の四人。
技術者と龍座以外の第五部隊の隊員には、一旦撤退するように命じてある。
周囲には今のところ敵影は見られず、ほとんど瓦礫しか残っていない荒野を、不気味なまでの沈黙が支配している。
「あれか?」
「多分な」
クレイの指差す先には、崩れかけた地下への階段があった。
それは元々、車通りの多いこの道を歩行者が安全に渡るために作られた地下道だった。クレイも現世のこの場所に来たことがあるから知っている。確か不審者が出たとかで通学路からも外され、遺跡のように寂れた道があったはずだ。
もっとも、今目の前にある階段の先にいるのは、不審者よりも余程危険な存在なのだが。
「で、どうすんだ? 入るのは無謀だぞ」
「そりゃ、つついて本体を出すしかねえだろうよ」
龍座はポケットから出した拳大の球体をジャグリングしながら答えた。
そして一行は龍座に促されるまま、地下道の入口から距離をとる。
両手の間を行き来していた球の一つを右手で掴んだ龍座が、その手に僅かに力を込めた。
数秒後―――
「そろそろかね。―――よっ、と」
龍座はピッチャーのような姿勢で振り被ると、手にもっていた球体を階段目掛けて放り投げた。
放物線を描いて勢い良く飛んでいった球は、ゴトンと音を立てて地面に着弾し―――
―――地面の傾斜に任せてどこかに転がっていった。
「………」
「あー、駄目だな。あんだけ穴が大きけりゃ入るかと思ったが、やっぱ無理だったわ」
ハハハと軽く笑って済ませる龍座。
「いや、外しすぎだろ! 最初の着弾地点からして2メートルくらいずれてんじゃねえか!」
「昔っからノーコンなんだよなあ」
「誰だよこいつに飛び道具持たせたの!?」
クレイの叫び声に合わせて、少し離れたところから爆発音が上がった。
何事かと身構える千奈に、龍座が申し訳程度の説明をする。
「ああ気にすんな、どうせさっき投げたやつだ」
そう言いながら、懐からさっき投げたのと同じ球体を出して見せる。
「俺の異能は自分の皮膚を発熱させるって能力でよ、こいつはその熱を利用した……あー、要するに時限爆弾だな」
本当は、独自の特殊機構により一定時間熱を溜め込み、それを利用して内部に充填された水を一気に蒸発させて水蒸気爆発を起こす―――という技術部の自信作なのだが、面倒になった龍座は"時限爆弾"の4文字で流すことにした。
龍座は新たな球体に熱を充填し、リトライするべく振り被ったのだが、入る予感がしなかったのか、投げる直前で動きを止めた。
「やっぱ無理そうだから、頼むわ」
そう言って、ポーンと爆弾を放り投げる。
真上よりもややずれた位置に上がった球体が、そのまま重力によって落下してくる。
「うおっ!? いきなり投げるなって、の!」
素早く意図を察したクレイが、持っていたハンマーで爆弾を打つ。
カキンッ! と心地よい音と共に、爆弾は吸い込まれるように地下通路の入口へと飛んでいった。
「オラ、駄目押しでいっとけ」
続けて3つの爆弾が放られる。
「ああもう、一気にやるな!」
降り注ぐ爆発物を慌てて打ち上げるクレイ。
小気味良く飛ばされた球体は、3つとも見事に入口に吸い込まれた。
ズンッ! と地面が振動し、地下道の入口から蒸気が上がる。少し遅れてさらに三回、振動が続く。
ほんの僅かな沈黙の後、例の小型ラルヴァがわらわらと巣穴から湧き出した。
―――だが、それらは何かを待っているかのように、入口付近から動こうとしない。
一同が見守る中、巣穴の奥の闇がひときわ大きく蠢いた。
水の入った袋を提げて歩いているような、湿った足音が巣穴から響く。
やがて、蒸気を吐き出す穴から現れたのは―――
「なんつーか……これは予想外だったわ」
クレイがひきつった声で感想を漏らす。
巨大な、"口"だった。
その異形を正面から見て見えるものは、肉の色を全面に押し出した、赤黒い口中だけだ。
胴体と呼べるものは無く、カバのような頭部から直接足が生えていた。
怪物はよたよたとふらつきながら少しずつ前進してくる。
下顎と地面との隙間から僅かに覗く足だけは、分裂体と同じで鳥のように細いものだった。
『あ…ぁ……アア―――』
怪物がひび割れた声で呻く。
口の端から唾液とも吐瀉物ともつかない何かがぼたりと落ちた。
「うえー。ちょっと今回のは触りたくないですー」
メアリーが嫌悪感も露に呟いたが、誰もそれを聞いてはいない。彼らの目は地面に落ちた何かに釘付けだった。
半固形のドロリとした物体がボコボコと蠢き、徐々に形を成していく。
肉が。
足が。
嘴が。
生物を模したパーツが見る間に出来上がっていく。
成形が終わった後にあったのは、今日散々見てきた、『鳥の形の粘土を押し潰したような』姿の分裂体だった。
「あれ、ああやって増えるのかよ……」
クレイの表情にもまた嫌悪感がありありと浮かんでいる。
考えることは皆同じなようで、全員『早く倒して手を洗いたい』と思っていた。
思う余裕があった。
―――この時までは。
ぼこっ と、大きな泡が弾けるような音がした。
――何だ?
音の発生源はすぐにわかった。
こちらに向けて開かれた本体ラルヴァの口の中―――先ほどまでは何も無かったその場所に、臼歯のようなものが一本生えていた。
――……?
彼らが何か言葉を発するよりも早く―――
バクンッ と勢いよく怪物の口が閉じた。
生卵を握り潰すような、薄く生々しい破砕音が響く。
いや―――実際にそのとおりなのだろう。
再び開かれた怪物の口の中には、臼歯など無かった。
代わりに、白くて薄い殻の破片と―――その中身とおぼしき半固形状の物体が広がっていた。
「……………」
喉の奥に酸っぱい味が広がる。
その場の全員が言葉を失う中、ボタボタと口の端から垂れた液体が、小型ラルヴァへと変わっていく。
そして、怪物の口の中が再び泡立つ。
ぼこり こぽっ
ボコリ ぼこっ ボコボコボコッボコボコボコボコボコボコボコボコボコポコボコボコボコボコボコボコボコボコボコポコポコボコボコボコボコ―――
連続する音に合わせ、臼歯にも似た怪物の"素"が口の中を埋め尽くす。
「やっべッ! お前らさっさと構えろ!」
我にかえった龍座が叫ぶのとほぼ同時に、カバ頭が口中の卵を噛み潰す。
次々に湧き出る小型ラルヴァの奇声を合図に、本日最大の合戦が幕を開けた。
◇◇◇
「ああー、もう! 数が多いですー! ただでさえ嫌悪感MAXなのにたくさんいるともっとキモいですー!!」
「諦めろ」
「倒せば消えんだから言う程汚れねえよ」
手持ちの剣を振り回しながら喚くメアリーを、クレイと龍座が平坦な声で宥める。
「心が! なんか精神的なとこが汚れる気がするんですー!」
メアリーはさらに泣き言を続けるが、迫り来る小型ラルヴァ達の鳴き声にかき消された。
「はぁ……はぁっ………」
乱れた呼吸を整えようと、千奈が一旦後退する。
こちらの想定以上のスピードで生み出され続ける分裂体が邪魔で、一向に本体に辿り着けない。
腰のベルトからボトルを引き抜き、槍に水を補充する。先の光景で抱いた嫌悪感からか、敵の体液が混じった水を制御出来ない。敵を斬る度に操れる水が減っていく。
――水のストックが少ない。どうすれば……。
迷っている暇など与えられるはずもなく、増え続ける分裂体が距離を詰めてくる。
クレイが減る様子のない鳥もどきの軍勢を見て言う。
「先に分裂体を片付けてからって思ったけど、どうも難しそうだな」
「んじゃ、順番変えるしかねえよなあ。本体先に潰しゃあ他も消えるだろ」
「つっても、そう簡単に近づけてくれねえだろ」
「そうだな。だが―――見てみろ」
「ん?」
龍座が示した先には、半ば程から折れ曲がった鉄塔があった。
「お前ならあそこからあのデカブツのとこまで跳べんだろ?」
「……助走をつければ何とかってとこだな」
「十分だ。こいつらは俺らで引き付けておいてやるから、サクッと殺ってこい」
「オッケー。二人とも、しばらく分裂体のほうを頼めるか?」
「何でもいいんでちゃちゃっと終わらせてくださいよー! もうこいつらやーだー!」
「………いけます」
荒い呼吸の合間を縫って返答を絞り出す千奈。
メアリーと比べ、明らかに息が上がっている。
その差は体力の問題というよりは、異能の仕様によるものだ。
能力によって出力も継続時間も当然異なる。熟練度や適性にもよるのだろうが、使い方が高出力であるほど、複雑であるほど、より多くのスタミナを消費する。
戦闘中、常に動き続ける武器に一定以上の水を纏わせ、なおかつそれを高速で動かすなどという繊細な作業を続ければ、気力も体力もすぐに削られてしまうだろう。
そろそろスタミナ切れのはずだ。
「メアリー」
「はーい、わかってまーす!」
クレイの呼び掛けに応じて、メアリーが素早く千奈の横まで移動する。
メアリーは千奈の肩に軽く手を置くと、
「すぐ回復させますねー」
その言葉と同時に、淡い光がその手を包む。
光が千奈の体に吸い込まれ、ひんやりとした感覚が広がる。
――これは……体が、軽く……?
「はい、オッケーです。ふふーん、すごいでしょう。一発回復ですよ」
褒めなさいとでも言わんばかりに胸を張るメアリー。
彼女の能力は一言で言えば回復だ。
自分や周囲にいる者の傷や体力を回復させる。
「助かりました。隊長、今度こそいけます!」
千奈の目に生気が戻ったのを確認したクレイが、手早く作戦を伝える。
「それじゃ、頼んだぞ!
◇◇◇
「そんじゃまあ、派手に暴れるかねっと!」
龍座が手にした大剣を構え直す。
刃も持ち手も全て金属でできた大剣が、手のひらから発する高熱によって瞬く間に赤く染まっていく。
非常に比熱の小さい特殊な合金で作られた剣は、それ自体が一つの熱の塊となり、自身の存在を敵の目に焼き付けるかのように煌々と輝いている。
「来いよ! まとめて焼き肉にしてやらあ!」
龍座が突撃している反対側では、小柄な人影が異形達の間を跳ねていた。
「はいはーい、こっちですよー! (ほんとは来てほしくないけど)来てくださーい!」
叫びながらするすると敵の間をすり抜け、手際よく敵の足などを斬って足止めしていくメアリー。
団子状態で蠢く鳥もどき達を、すかさず千奈が水刃で薙ぎ払っていく。
出来る限り派手に大振りに、少しでも敵の注意を自分達に向けられるように。
群がる異形が徐々に三人の方に集まっていく。
反対に、本体であるカバ頭のラルヴァの周囲が少しずつ手薄になっていく。
その様子を、金髪の青年は鉄塔の上から見ていた。
「頃合いだな」
クレイは鉄塔から一度降り、周囲の敵を薙ぎ払う。
数メートル鉄塔から距離をとると、足の筋肉に意識を集中させた。
姿勢を前方に傾け、ゆっくりと息を吐き―――
――……3……2……1!
勢い良く地面を蹴って走り出す。
傾いだ鉄塔の上を駆け抜け、空中にその身を踊らせる。
踏み切った際の衝撃で、鉄塔が大きくひしゃげた。
その音に気付いた異形達の目が、一斉にクレイの方を見る。
本体の近くにいた分裂体が、クレイを捕らえようと飛び上がった。
――チッ、あとちょっとだってのに……!
ハンマーで叩き落とそうと構えるクレイより先に―――
「はぁぁぁッ!!」
細く伸ばされた水刃が、行く手を阻んでいた分裂体を切り裂いた。
――これは……!?
小型ラルヴァ達の狙いがクレイに向いたことを、千奈はいち早く察知していた。
だが、彼女のいた場所からでは、どう足掻いても間合いの外だ。槍では長さが足りない。
故に千奈は、咄嗟に刃に纏わせていた水を解除し、槍の先端に集中させた。
そして槍を振るうのに合わせて細長く伸ばし、間合いの外までその刃を届かせたのだ。
――ははっ、やれば出来るじゃん!
目前に迫るカバ頭の頭上で、大きくハンマーを振り被る。
「うらぁぁぁぁッ!!」
落下の勢いに、異能で強化された腕力が上乗せされた必殺の一撃が、カバ頭に振り下ろされた。
渾身の一撃は大きく開かれていた上顎を吹き飛ばし、残る下顎ごと地面にめり込む。
ピタリ、と糸が切れたように分裂体達の動きが止まった。
そして、本体の体が崩れ始めるのと同時に、分裂体もみるみるうちに形を失っていった。
◇◇◇
「ふぅ……」
「よう、上手くいったみたいだな」
ハンマーに腰掛けていたクレイの横に、龍座が近寄ってくる。
「ああ……なんか、どっと疲れたわー……」
「だよなあ。佐藤も心配してるだろうし、さっさと戻ってやるかね」
地面に刺した大剣にもたれながら、心配性の部下を思い浮かべて苦笑する龍座。
「そうだな。今さら追加の応援とか呼ばれてても困るし、帰るか」
ハンマーから立ち上がると、メアリーと千奈も歩いてきた。
「もうゲートまで歩く気力とかないですー。クレイさーん、何とかしてくださいよー」
「あー、はいはい。じゃあ着地はそっちでなんとかしろよ」
言って、わがままを言ってくる部下の襟首を掴む。
「ちょっ!? なんで投げ飛ばそうとするんですかー! はーなーしーてー!」
「僕も疲れてんだよ。ほら、帰るぞ」
もがくメアリーを地面に下ろし、さっさと踵を返すクレイ。
千奈と龍座もそれに続く。
「あー! もー! また置いてく気ですかー!? 待ってってばー!!」
またもや取り残されかけたメアリーの叫びは、特に気に留められることなく、瓦礫の隙間に吸い込まれていった。
◇◇◇
現世 第二部隊執務室
「にしてもひどい目にあったなあ」
椅子にどっかりと腰を下ろし、天井を仰ぐクレイ。
「ですよねー。わたしも疲れちゃいましたー。もう今日みんなで帰りません?」
「定時きたらな」
「えー」
文句を言いながらもおとなしく席に戻っていくメアリー。
千奈が後に続く。
その背に、思い出したようにクレイが声をかけた。
「そういえばさ、形状変化なんていつの間に覚えたんだ?」
「あれはその……以前副隊長がしているのを拝見しまして……コツをきいて最近練習を……」
「へえ、そっかそっか。なるほどなー」
――ヒビトの奴、ちゃんと先輩してたんだな……。
少しは労ってやるべきかと思ったが、日頃の行い故にそれもなんか癪だなとすぐに考えを打ち消すクレイ。
「隊長? どうかしましたか?」
「え? ああ、いや、何でもない。とにかく助かったよ。その調子で頑張ってくれよな」
「いえそんな、今回はお役にたてたとはあまり……。メアリーさんがいなければ、スタミナ切れになるところでしたし……。その、ご迷惑お掛けしました。以後気を付けます!」
メアリーの方に向き直って頭を下げる千奈。
「いいんですよー、お互いさまです。というか、かしこまらないでって言ってるのにー」
「が、頑張ります」
メアリーの抗議に、確かによそよそしかっただろうかと反省する千奈。
――もっとちゃんとコミュニケーションをとれるようにしなければ。
密かな決意を胸に、少女は背筋を正して先輩を見る。
その決意が、数秒後の自分にどのような災難をもたらすかも知らぬまま。
「あ、言いましたねー? 聞きましたよ?」
待ってましたとばかりにニヤリと笑みを浮かべるメアリー。
それは、新しい玩具を見つけた悪魔の笑み。
楽しそうに愉しそうに吊り上がる口元は、死神の鎌を思わせる。
ほんのり危険信号を感知した千奈の背中を、生温い汗が伝う。
「つーまーりー……からまれても文句言わないよってことですよね?」
「え……あの、もう既に今日結構絡まれたような……」
一歩、二歩と後退る千奈。
だがメアリーは逃がさない。
ずずいっと大股で音も無く距離を詰め、
「まあまあまあ、まずはお近づきの印にこれでもどーぞ」
満面の笑みで何かを差し出す。
その手にあるは一つのティーカップ。
中で揺れるのは、すっかり冷えきった例の液体。
「あ…いえ、それは……やめておきま―――」
「ささ、ぐいっと、いけ」
「ええっ!?」
「おーい、悪ふざけもほどほどに……ん?」
クレイは一応止めようかと思ったのだが、タイミング悪く電話が鳴った。
「ヒビトか? どうした? ……わかった。大丈夫か?」
電話口からの返答に、クレイは2、3度軽く頷くと、
「……そっか。じゃ、お疲れ」
それだけ言って電話を切った。
「ヒビトさん、どうかしたんですかー?」
首を傾げてメアリーが寄ってくる。
「んー、なんか疲れたから直帰するってさ」
「ヒビトさんが疲れたなんて珍しいですねー」
「ま、そういうこともあるだろ」
特に気にした様子もなく、右手をヒラヒラさせるクレイ。
メアリーも「ですねー」と頷いて、小さく欠伸をする。
「ふぁ……。センナちゃん寝ちゃいましたしー、わたしもチャイムまで寝ちゃおっとー」
「おーい、報告書まだだぞー」
「すやすや(棒読み)」
「聞けよ!」
狸寝入りを貫くメアリーが本格的に寝息をたて始めたあたりで、クレイは諦めて自分の仕事に戻ることにした。
席に戻るついでに、机に突っ伏している千奈の様子を伺う。
――寝てるっていうか、これ『放心』じゃね?
やっぱりこの紅茶は凶器だったか、とカップに残っている液体を流しに処分する。
――成仏しろよ。
排水口に落ちていく紅茶に心の中で手を合わせる。
静まり返った部屋の中に、クレイの溜め息だけが緩やかに木霊した。




