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Act.11 微熱世界の共犯者(1)

夜 施設内、食堂


 食事時間も終盤に差し掛かった室内は、小学校の給食時間のような喧騒に包まれていた。

 部屋では年齢も出身地もバラバラな30人ほどの子供達が夕食をとっており、すでに食べ終わった何人かは好き勝手に立ち歩いている。一日の実験とカリキュラムが終わり気が抜けたのか、食器を持ったままうとうとしている者もいた。

 そんな部屋の一角で―――


 カチャン ぼてっ

 カチャン ぼてっ……


 響斗(ひびと)は心ここに在らずといった様子で、フォークで唐揚げを刺して持ち上げては、口に到達する前に皿に落とすという動作を繰り返している。

 結局あの後、ラルヴァの少女とは、また会う約束をして別れた。響斗としては、もういっそ自分も転界に住むことになっても構わないくらいの気でいたのだが、さすがにそうもいかなかったのだ。

 『じゃあ明日、また今と同じ場所で待ってるわ』

 響斗を現世に送り届けた少女は、そう言ってゲートの向こうに去っていった。

「明日、か………」

 少女の言葉が延々と頭の中で反響する。

「なぁ、響斗」

 夢うつつの少年は隣の友人の困り顔も目に入らない。

「おい……」

 繰り返し呼ばれ、肩を揺すられているのだが、蕩けた頭には何の情報も入らない。

「返事せぇ!」

「痛ッ!?」

 ついに痺れを切らした友人の手刀が後頭部にヒットし、少年の意識を現実に引き戻す。

「あ、トウカか……。ミフユも、どうしたんだ?」

「それはこっちのセリフじゃろ」

 トウカと呼ばれた少年は、ムスッとした表情のまま呆れたように言う。

「響斗くん、ずっとぼーっとしてるから、大丈夫かなって」

 ミフユと呼ばれた少女が心配そうにそう付け足した。傾げた首に合わせて、艶やかな黒髪が揺れる。

 十六原灯和(いさはら とうか)音成美冬(おとなり みふゆ)

 二人は、施設内でも特に響斗と親しい関係にある友人である。

 年は灯和が響斗の一つ上で、美冬が一つ下。施設に来たのは響斗のほうが早かったのだが、相部屋になったのをきっかけに、灯和が何かと世話を焼いてくれるようになり、そこに灯和の幼馴染の美冬が加わった形になる。

「まったく……休み時間もおらんかったし、夕飯も食べとらんし……どっか悪いんか?」

「あー、えっと……何ていうか……」

 響斗はどう話すべきか言い淀んだ。

 ラルヴァの少女から口止めはされていないし、むしろ今日の出会いを自慢したいところではあるのだが、色々ありすぎて何から喋っていいか考えがまとまらない。

 そんな響斗の様子から、灯和は長くなりそうだと察したのか、

「わかったわかった。後で聞くから、とりあえず食え」

 冷めていく夕食の皿を顎で示す。

 慌てて食べ始めた響斗を横目に、灯和は小さく溜め息をついた。


 ◇◇◇


「はぁ!? 転界に入った!?」


 思わず上げてしまった大声に、灯和はハッとして顔をしかめる。

 ここの壁はそんなに厚くはない。おそらくこれは余り広めるべき話ではないと判断して、声を潜める。

 ここは施設内にある居住フロアの一室。

 響斗と灯和に割り当てられた部屋の中だ。

 二段ベッドと棚、折り畳みのテーブルくらいしか家具のない質素な部屋だった。床の空いたスペースには、申し訳程度に畳が敷かれている。

 ドアを一枚隔てた廊下に並ぶ扉の中も大体同じで、一部屋当たり2~6人の子供達が寝起きしている。

 響斗や灯和は年長の部類であるので、二人で一部屋を使っていた。

 部屋の3分の1を占める二段ベッドの上から、響斗が楽しそうに話を続ける。


「ラルヴァに襲われた!?」

「人型のラルヴァ!?」

「友達に……って、色々と何してんだよ!!?」


 次々と開示される情報は、どれ一つとってもすぐに理解できるものではなく、灯和はただ響斗の言葉を繰り返すことしかできなかった。

 知るべきでないことまで知ってしまったスパイのように、背筋を伝う妙な汗と激しい心臓の鼓動を感じながら、畳の上にへたりこむ。

 どうしたらいいかまるで見当がつかない。

 迂闊に誰かに相談しようものなら、この能天気な友人に待つのは十中八九破滅だろう。

 灯和はそう直感していた。

 そして、おそらくそれは当たっていた。

 この場所で『ラルヴァが好きだ』とか抜かせば、大人達はもちろん、響斗を慕う仲間達でさえ、彼を裏切り者と見なすだろう。

 そうなれば―――最悪、『処分』だってあり得る。

 おそらくは、それを知っていた自分もだ。

 灯和は黙って頭を抱える。

 考えなければならない。

 たとえ何も思い付かなくても。

 ――まずはこいつを黙らせんと……。

 こうもあっさり話したということは、響斗に内緒にしなければならないという自覚はないはずだ。

 三白眼を細めながら、灯和は慎重に口を開く。

「響斗……この話、他の奴にしたか?」

「いや、トウカが初めてだけど……」

「響斗、よく聞け。この話は他の奴にはすんな。絶対に」

「トウカ? いきなりどうしたんだ?」

「いいから。わかったな?」

「あ、ああ。わかった。でも何で……」

 困惑する響斗に、灯和はどうせ理解できないだろうとは思いつつも自分の考えを述べる。

「あのな、ラルヴァって言や俺らの敵じゃろ。それを好きなんて言うたらどうなると思う?」

「みんなのみる目が変わったらいいなあと思うけど」

 困ったように頬を掻く響斗。

「希望じゃのうて、現実を見ろ。良く思わんに決まっとるじゃろ」

「それは……」

「……お前だって、自分の好きなものにケチつけられたくなかろ?」

 本当は、自分だって文句を言ってやりたいと思っていた。

 『ラルヴァと仲良くするなんて』と。

 それでも、響斗があんまり楽しそうに話すから、あんまり嬉しそうに話すから―――友達として、それを一方的に否定するのは気が引けた。

 だから、灯和は自分の気持ちは飲み込むことにした。

 飲み込んで、目の前の友人にわかるように、言葉を探した。

「そう、だな。わかった。トウカがそう言うなら他のみんなには内緒にするよ」

 響斗が頷くのを確認して、灯和はそっと息を吐く。

 とりあえず、黙っておくべきだと思わせることには成功した。

 ――問題はここからじゃな。

 苦労性の少年は知っていた。

 この友人に秘密を守らせるのがどれほど困難を極めるかを。


 試合開始のゴングが鳴る。

 それは頭痛か耳鳴りか。

 共犯者となってしまった少年の、長い長い戦いが今始まった。


 ◇◇◇


 刀儀(つるぎ)響斗―――のちに思考駄々もれ野郎とか呼ばれる彼の悪癖は、この頃からすでに発現していた。

 今まで幾度となく、秘密を暴露されてきた灯和としては、内緒にすると約束させたくらいではまったく安心できない。

 監視の目は緩めてはいけないのだ。


「あっ、ヒビト! 昨日はどこ行ってたんだよ?」

「ああ……いや、うっかりその辺でうたた寝しちゃってさ……って言っとけば……」

「ま、まったく何やってんだよ! 気を付けろよなー!」

 ほらまた。

 大声で会話に割って入りながら、灯和は内心冷や汗をかく。

 一応響斗には内緒にしようという意思はある。

 だが問題は、その隠そうという意思まで口に出してしまうことだ。

 本人に自覚も悪気もないのがまた始末が悪い。


「響斗、何かいいことあったのか?」

「ああそれが……あ、内緒にするんだっけ……」

「響斗! あれ見ろ、あれ!」


「ヒビト君、またぼーっとしてるけど、どうしたの?」

「何でもないよ。あ、バレないようにちゃんと言わ……」

「あーあーあー!!!」


 灯和は必死だった。

 『響斗より灯和のほうが様子おかしくね?』―――そんな会話が聞こえてくるが仕方がない。

 たとえ仲間達に奇行と見なされようとも、ここで手を緩める訳にはいかないのだ!


 ◇◇◇


「大丈夫? 灯くん、すっごく疲れた顔してるよ?」

「あー……美冬か……。大丈夫。うん、まだ俺は大丈夫……」

 半ば自分に言い聞かせるように答える灯和。

 なんだかんだで人気者な響斗の周りには、四六時中誰かが寄ってくる。

 無視させる訳にはいかないし、かといって話せばいつボロが出るかわからない。

 今回ばかりは灯和も響斗の人望を恨んだ。

 ――まだ半日……半日でこれか……。

 現在響斗は実験に呼ばれて別行動中だ。

 これには灯和がついていく訳にいかないし、仕事中の研究者相手ならそう話は弾まないだろうと、束の間の休息をとっていた次第である。

「あ、そういえば、昨日響斗くん何て言ってたの? 部屋で話したんでしょ?」

「あー……あれな………」

 昨日の話は美冬にも当然伝えていない。

 少女を厄介事に巻き込まないようにと、灯和は適当なことを言って誤魔化す。

「大した理由じゃなさそうなよ。うだうだ言っとったけど、要するに考えごとらしい」

「そっかー。珍しいね」

「響斗のくせにな」

 何の疑いもなく自分の言葉を信じる幼馴染に、灯和は少しだけ罪悪感を感じながら、そのまましばらく他愛ない話を続けていた。


 そしてその夜―――

「えっと……何か、ごめんな?」

 二段ベッドの上から、響斗の機嫌をうかがうような声が降ってくる。

 対する灯和は、下段のベッドの柵から上半身だけ出して、干された布団のような格好でぐったりしていた。

 その表情は上からではわからない。

 響斗は、疲労困憊といった様子で動かない灯和の頭頂部を見つめて、

「あ、また増えてる……。若白髪ってやつかな。んー、俺のせい……かな? えっと、その………ごめん?」

 さすがに気まずそうに目を伏せる。

「謝るなら疑問形にするな……」

 しばしの沈黙の後、ようやく地の底から響くような声が返ってきた。

 結局ほぼ一日中、響斗のフォローをして回っていた灯和は確信した。

 この方法じゃ無理だと。

 内緒にさせるだけでは絶対に足りない。

 初日にしてすでに発想の転換が求められている。

 こうしている今もずっと考えているのだが、これといった打開策は浮かんでいない。

「つうか、お前また途中でおらんかったろ。どこ行っとった?」

「ああ、実は今日も会う約束してたからさ、転界に行ってたんだ」

 『ちょっと買い物に出てたんだ』くらいの調子で言う響斗。

「お前馬鹿か!? 昨日殺されかけたばっかりじゃろ!?」

「だって……約束してたし……」

 怒られた響斗は、小さく頬をふくらませて、

「それに、ライリー強いから大丈夫だって」

「ライリー?」

「うん。あの……ラルヴァの子がさ、呼び方は好きに決めろって言ったから、そう呼ぶことにしたんだ」

「ふーん……。ライリーねぇ……どっかで聞いたような……」

 ――確か……誰だかが持ってたマンガの……。

 ほとんど施設から出ることのない灯和達ではあるが、別に外部からの情報が遮断されているわけではない。

 もちろん中の情報は持ち出せないが、テレビはつくし、ネットもある。大概は私物の持ち込みもできるし、欲しいものは交渉次第で買って貰える。

 仲間内には何人か、漫画を集めている者がおり、灯和も借りたことがあった。

「そうそう。カイリに借りた漫画に出てた妖精さんからとったんだ。ほら、何かあの子、ラルヴァっていうより妖精みたいだったからさ」

 ほら、とか言われても見たことがないので知らないが、本人達が納得しているなら何も言うまいと、再び思案に戻ろうとした灯和の頭に、『妖精』という言葉が引っ掛かる。

 ――妖精……妖精なぁ……。

 疲れきった頭がギシギシと回転し、一つの策を導き出す。

 ――そうだ。どうせ喋ってしまうなら……。


 ――いっそ喋っても周りが気にしないようにすれば……。


「……響斗、確かにお前の言う通り、人間に見える誰かをラルヴァって呼ぶのは微妙よな」

「だよなー。やっぱりそうだよな」

「ああ、だから俺らだけでもそいつのことは違う言い方するんはどうじゃろ。例えば……お前の言うように『妖精さん』とか」

「んー、そうだな。その方がいいかも」

 唐突な提案だったが、響斗は特に気にした様子もなくあっさりと採用した。元々言いづらそうにしていただけあって、灯和が予想していたよりしっくりきたようだ。

 ――さて、後は明日からの頑張り次第、か。

 ぶつぶつと小声で繰り返す響斗を見上げながら、灯和は明日からの出方を脳内でシミュレーションする。

 山積みのタスクを思い浮かべながら、灯和の意識はゆっくりと眠りに落ちていった。



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