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Act.10 モノクロ世界と亡霊の姫(3)

 『彼女』はただ、知りたかった。


 ラルヴァ―――生物の死体を喰らい、その情報を取り込む怪物。

 『彼女』が、自分がそういう存在だと認識したのはいつの頃だっただろうか。

 初めから知っていたような気もするし、取り込んだ誰かの知識によるものである気もする。

 ただ、少なくとも『彼女』の知識は知っていた。

 自分は人間とは違うということを。

 わざわざ考えるまでもなく、感覚として知っていた。


 だから『彼女』は知りたかった。


 自分と人間は何が違うのか。

 数多の屍から、姿や知識を取り込むうち、いつしか『彼女』はそんなことを考えるようになっていた。

 人間に対して、私はあなたと同じはずだとか、人間と何も変わらないだとか主張するつもりは欠片もない。

 ただ純粋に知りたかったのだ。

 その境界にあるものが何かを。

 しかし、どれほどの屍体(じょうほう)を取り込もうとも、どれほど精巧な容姿と自我を得ようとも、『彼女』の求める答え(ちがい)は漠然とした感覚の域に留まっていた。


 何かが足りない。

 きっと、今の方法では得られない何かがあるに違いない。


 そう考えた『彼女』は人間を観察するようになった。

 転界に迷い込んだ人間だけでは飽き足りず、ゲートの向こうを覗き見るようになった。

 とりわけ興味を引いたのは『感情』。

 自分が向けられたことのない感情―――知識でしか知らないものがそこには溢れていた。

 そして『彼女』は確信する。

 自分に足りなかったのはきっとこれだと。

 これがあれば―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 自分のもつ知識は、元は死体として取り込んだ人間のものだ。つまり、人間の感覚では自分は人ではないのだ。

 その感覚が曖昧なのは、自分が不完全だからであり―――完全に人になれば、自分と人間とを分けるものが何なのかもはっきり理解できるはずだ。

 そんな、端からみれば完全に破綻した論理のもと、『彼女』は今日も、自分の思う人化の道を邁進する。

 あてもなく、根拠もなく。

 ただ好奇心の赴くままに。


 ◇◇◇


 そして現在―――少女は少々困惑していた。


「どうかしたの? 大丈夫?」

 屈んで少年の顔を覗き込むが、反応がない。

 調査等の目的で、自発的にこちらに来る者がいるため、大人は偶に見かけるのだが、子供がいるのは珍しい。貴重な機会を逃すまいと、先にいた蜂型のラルヴァを倒して獲物を横取りしたまではよかったのだが、当の少年はこちらを見るなりうんともすんとも言わなくなってしまった。

 しかし、こちらに敵意を抱いている風でもなさそうなのが引っ掛かる。

 少女はそんな少年の様子を興味深く思いながら、この後どうするべきかを迷っていた。

 この時少女にあった選択肢は二つ。

 一つは、このまま少年を観察すること。

 もう一つは―――殺して取り込むこと。

 実を言うと、少女が人間に話しかけたのは一度や二度ではない。

 だが、相手の人間は皆、敵意を抱いて攻撃してくるか、怯えて逃げるばかりで会話にすらならなかった。

 ――……やっぱり、今回もハズレかしら。

 それならいつも通り殺して次を探そうか。

 そう結論づけた少女は、ゆっくりと少年の首に手を伸ばし―――


 ◇◇◇


 一方―――


 しゃがんで顔を覗き込んでくる少女に、響斗(ひびと)は口をパクパクとさせたまま、やはり何も言えずにいた。

 言語にならない感情の洪水が、少年の頭から思考を押し流す。

「どうかしたの? 大丈夫?」

 再び聞こえた少女の声で、ようやく徐々に頭に言語が戻ってきた。

 きれい、

 かわいい、

 うつくしい、

 ……………、

 疑問を挟む余地もなく、少女を称賛する言葉ばかりが頭の中を廻る。


 完っ全に一目惚れだった。


 ――どうしよう。どうやって気を引こうか。

 今、少女の興味が自分に向いていることはわかる。

 それが離れていきつつあることも。

 何か喋らないと行ってしまう。

 培ってきたムードメーカーとしての本能がそう告げていた。

 正確には少女がどこかに行くのではなく、自分があの世に逝く羽目になるのだが、一目惚れの熱に蕩けた頭にそんなことが察せられる訳もなく―――

 許容量を超えた焦りと高揚で思考は再び鈍り―――



「………好きだ」


 気づけば、少女の手を掴んでそう言っていた。


 ◇◇◇


「……………」

「…………」


「……………………………………」


 手を握られたままフリーズする少女の無表情な瞳が、少年の心を急速に冷やしていく。

 ――あああああああああああああああああああああ―――――!!! 何言ってんだ俺!?

 また思ったことが口に出ていた。単純な事実に青ざめる。

 段階なんてあったもんじゃない。初対面の人間(?)に対するアプローチを完全に間違えた。

 猛烈な後悔と羞恥で今自分がどんな顔をしているかさえわからない。

 かつて―――というかこの先も、これほどこの癖を気に病んだことがあっただろうか。

「どうしよう。何かもう泣きそう……」

 その嘆きすら口に出ているのだが、響斗にそんなことを気にするような余裕はない。

 赤、青、白と目まぐるしく顔色を変える少年をしばらく見つめていた少女は、不意にクスリと笑みをもらした。

「え?」

 予想外の反応に、響斗がおそるおそる顔を上げると、

「好きだ―――ねえ。そんなことを言ったのはあなたが初めてね」

 少女の顔には笑みが浮かんでいた。

 先ほどまでの薄ら笑いとは違う、どこかぎこちなく―――けれど、明らかに人間らしい笑みを。

 ――これは……アタリってことでいいのかしら。

 少女はクスクスと笑いながら、ポカンとした少年に告げる。

「私はね、あなた達が言うところのラルヴァよ。だからこそ、人間のことを知りたいの。ねえ―――あなたのことを教えてくれる?」

 そんな少女の申し出を、響斗は二つ返事で引き受けた。

 割と驚愕の事実が語られた気がするが気にしない。

 なんだかよくわからないが少女の心を繋ぎ止めることには成功したようだし、向こうから自分のことを知りたいと言ってくれるなんて願ってもないことだ。

 このチャンスを逃してなるものか。

 ――えっと……今度こそ間違えないようにしないと。

 両手で口を塞ぎながら、暫し考える響斗。

「じゃ、じゃあ……まずは俺と……友達にならないか?」

「友達?」

「あ、ああ。ほら、仲良くなったほうが色々わかる気がするし……」

 もっともらしいことを言う少年に、少女は少し考えたあと、いいわよ、とあっさり了承した。

 ――やった!!

 心の中でガッツポーズをとる響斗。

 押さえた手の下で、こらえきれない笑みが口の端に浮かぶ。

 ――やっぱりまずは友達からだよな。

 そしてあわよくばさらに親しい関係に……。

 夢を膨らませる少年の下心には気づかぬまま、少女は少女で『友人』という初めての関係性に心を踊らせていた。

 ――どこまでもつかはわからないけど、貴重な経験ができそうね。何がわかるか楽しみだわ。


 片や恋心、片や好奇心。

 見つめ合う両者の感情は、現時点ではまったく噛み合わないものだったが、奇跡的に手段は合致していた。


「あ、そうだ。俺、刀儀(つるぎ)ヒビト!」

「そう。よろしく、ヒビト。私は……特にないから好きに呼んでちょうだい」



 灰色の世界は動き出す。

 どこまでもどこまでも純粋で、ある意味ではこの上なく不純な思いを乗せて―――


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