画鬼
瘴気はいつ、どこで生まれたのかわからない。
おおよそ魑魅魍魎はそういうものだ。
妬み、恨み、怒りといった負の感情が澱みとなる。
ほとんどの澱みは浄化されて無となるが、中には消えぬ澱みもある。
深い深い怨念は人に残れば人を、依り代に宿れば依り代を鬼と化す。
宿主を見つけられぬ澱みはやがて集まって瘴気となるのだ。
瘴気はまだ形を持たないが故に形を欲する。
くだんの瘴気は長い年月、風に吹かれて人里離れた山中を漂っていた。
時は流れ、人の手が山中に入った。
人は山を開き、道を作る。
瘴気の通り道に道が出来た。
瘴気は道路に彷徨い出て、濃い霧となる。
たまたまトラックが通りかかり、霧に呑まれた。
瘴気は荷台に潜り込みんでいく。
街に戻りトラックは停車し、運転手は何もなかったかのように車を降りて立ち去る。
エンジンが冷えていくと興味を失った瘴気は離れていった。
ふらふらと瘴気は街を漂う。
瘴気はやがて図書館に流れつき、扉の隙間から中へと流れ込んでいく。
夜の図書館は死者の世界。
知恵はあるが意思を持たない書籍たちが規則正しく無言で並ぶ。
それはまるで墓石のように。
瘴気はようやく依り代を見つけたのだ。
まるで喜んでいるかのように本の隙間に這い入り、そして這い出す。
光が足りない。
瘴気は再び彷徨う。
補修のために開かれたまま置かれていた画集がそこにあった。
瘴気が画集を覆うと青年が浮き出て、やがて形となった。
死者はかりそめの生命を持った。
その男はあたりを見回し、「ふむ。」と小さくつぶやき、なにやらを探し始めた。
やおら数冊の本を手に取り床に撒く。
瘴気がそれらの本を覆うと、先ほどと同じように人物が本から現れる。
落武者、騎士、そして鬼。
図書館の中にたくさんの形が満ち溢れた。
「ウラメシイ・・・・。」
絵から浮き出した落武者が呟く。
呟きは合唱となり、外に漏れ出していく。
午前2時、終電を逃してコンビニの前に座り込む4人の男女。
「ん?なんか変な声聞こえてこない。」
酎ハイを飲みながら、ショウはアキラに尋ねた。
「いや、何も。なんか聞こえたんか。」
「なんか気持ちワリい声があっちのほうから聞こえた気がする。」
アキラは手を下に向けてブラブラとふる。
「そりゃ・・・でたんじゃないかあ。」
「やめろよお、こんな夜中にそんなこというの。」
アキラはビール缶を投げ捨てて立ち上がった。
「ほんじゃ見に行きますか。」
「おいおい、バケモン出てきたらどうする。」
「あら、信じてるんだあ。ショウくんたらおかわいいことで。」
「馬鹿、冗談だよ冗談。」
ショウは赤くなった顔を隠すように横を向いて、女の子たちに話しかける。
「レイナとユッキーはどうする。」
レイナは酔って視線の定まらない目で答えた。
「あたし、パス。面倒なこといや。」
ユッキーはふらふらと立ち上がる。
「わたし面白そうだから行きたいけど、レイナ置いてくの心配だし。ショウ、レイナ見といてくれる。」
ショウはほっとしたが、それを誤魔化すように強がった。
「そ、そっか。じゃあ残念だけど俺はレイナと待ってるわ。」
安堵の表情で二人を見送ったショウはあるものに気づいた。
あれ?霧がでている。
「ねえ、アキラ。なんかケムリが出てきてない。それにちょっと寒い。」
「そっか、レイキってやつかあ。俺は怖くないぞ。おーい、おばけちゃああん。」
「ちょ、ちょっと大声出すのやめなよ、恥ずかしいし。」
「あはははは、どうせユッキーだって俺と二人っきりになりたかったからついてきたんだろ。なあ、このままどっかいこうか。」
アキラは腕をユッキーの腰に回して抱き寄せキスをする。
「やめてよお、こんなところで。」
絡みついてくる、アキラを引き離そうとしていたユッキーが何かを見つけて指差す。
「ねえ、こっちに向かって歩いてくるの、人じゃない。やだ、なんか変な格好している。」
はぐらかされたと思ったアキラは不満げな表情を浮かべた。
「こんな夜中にぞろぞろとキモい奴ら。俺、ちょっと見てくるわ。」
「アキラぁ、ちょっとやめときなよお。レイナたちのところに戻ろうよお。」
ユッキーの制止がかえって火に油を注いだようで、アキラは集団に向かって手を振り上げながら向かって行った。
「おらあ、おめえらなんだよ・・・・。」
集団に近づいたアキラは突然振り向き、ユッキーに向かって叫んだ。
「やべえ、逃げろ・・・・。」
駆け出そうとするアキラの背中を鎧武者が袈裟斬りにした。
血の赤い噴水が上がり、アキラは驚愕の表情のままゆっくりと前のめりに倒れていく。
「ひ・・、ひ・・・・、ひいいい。」
ユッキーの口から意味不明の言葉が漏れる。
逃げないといけないのに、足に力が入らない。
腰が抜けて尻から倒れ込んだ。
そのまま腰であとずさりするユッキーに向かって何十人という群れが近づいてくる。
その中には頭に角の生えた男までいた。
「遅い、もうなんでだよお。」
ショウはさっきから同じ言葉を繰り返していた。
レイナはとうとう寝てしまったし、いつまでたっても二人とも帰ってこない。
それに、霧が近づいてくる。
あの霧は不吉だとショウの潜在意識が告げる。
霧の中に人影が見え、その姿が近づいてくるにつれ安堵のあまり涙をこぼした。
ユッキーとアキラだ。ふたりとも手を振っている。
よかった・・・・・・。
え?




