断念
厚いシダを掻き分け進んでいたマギーの軍勢は突如出現したポイズンコックローチの群れと交戦していた。
いやこれは交戦と言うのは間違いかもしれない。
後方からの従者達の炎のシールドをも打ち破り雪崩れの様に押し寄せるポイズンコックローチの群れは響きわたる兵士の絶叫ごと捕食していた。
「スチル隊長!ここも危険です!」
「モテタローもこの森に足を踏み入れ生きている筈がありません‼︎」
「…むぅ」
縋り付かんばかりに撤退を懇願する側近に囲まれムキダッテも首を縦に振らざるえない。
しかし陸上戦において撤退戦と言うのが古今東西1番難しい。劣勢の中迂闊に敵に背を向ければ我先に逃げる兵士は規律も忘れ総崩れになりかねないのだ。総崩れ…そうなれば密集し逃げ惑う兵士は仲間をも踏み殺し敵にも反撃出来ず甚大な被害だけを残すだろう。
ムキダッテは刮目して叫んだ。
「俺が殿を努める!ガルド!共をせい!」
「はっ!」
「フリアは俺に代わり後方へ兵士を撤退させろ!山脈の陣だ!」
「ははー!」
「ルトは伝令として走り従者に魔力を先頭に集中させろ!コッピが従わぬなら切り捨てい!」
「ははっ!」
ムキダッテの命に従いそれぞれの側近が迅速に動く中ムキダッテは馬に乗り前線に向かった。
そのころムキダッテの予想に反してコッピは最後方のマギーの後ろの波打ち際でガクガク震えており従者こと魔女達メイドの指揮は相変わらず代理の執政官がとっていた。まさか一国の軍勢の存亡の危機に参謀が本当に何もせず震えてるだけだとは根っから真面目な軍人であるムキダッテには夢想だにしなかった事であった。
しかしコッピだけを責める訳にはいかない。彼は知っているのだ。八大魔国の各地にある迷宮と呼ばれる自然の要衝の手強さを。そこは人間が入り込める場所では無い。当然どこの魔国の支配も及んでいない。そしてその険しい自然界の頂点に位置する捕食者…魔獣達の力は一国の軍事力など遥かに凌ぎ魔王に匹敵するのだ。迷宮を支配しているのは彼らだ。そしてその事実は過去この大陸において如何なる王国の支配者、八大魔国の創始者大魔王ゴルドラでさえ覆す事は出来ていないのである。
ともあれコッピが職務を放棄していたおかげでムキダッテは最前線へ効率よく従者、すなわち魔女達の魔力シールドを前線に送る事が出来た。コッピが従者の指揮を取り続けていたならば必ず渋っただろう。彼は一国の軍隊より政敵の滅びる事を重視し喜ぶ男である。
分厚い炎のシールドに魔獣の勢いも鈍った。それでも押し寄せるポイズンコックローチをムキダッテは剣で払い固有スキル金属化で凌ぎ倒れた馬の代わりにメタルスライムに乗り殿を努めた。指揮官自らの奮戦により兵士の指揮も高まりかろうじて総崩れは回避出来た。
ムキダッテが側近に指示した山脈の陣とは文字通り富士山の様に末広がりに陣形を組み山頂、即ち殿や尾根にシールドを集中させ強兵を置き敵を食い止めながらゆっくりと撤退させる戦法である。
ムキダッテ指揮下のスィートランド国軍はかろうじて森を抜け海岸線迄ジリジリと撤退する事に成功した。しかし100万の軍勢の内20万を失った。負傷した兵士はその倍に上る。これは壊滅的打撃と言って良い。ムキダッテは当分モテタローの追跡を断念せざるえなかった。




