舎弟
俺は慌ててケツを拭いてズボンを履いて外に出た。
廊下の洗面所で手を洗って教室に戻ろうと振り返ると道元凪沙は2〜3m離れた場所で腕を組んで壁にもたれ掛かっていた。
未だいたんだこの人…。俺に何か用があるんだろうか?ひょっとすると俺に気があるのかもしれない。
うーむ、ちょっと背が高すぎる気もするが美人だし胸もデカいし満更でもない気分だ。
「気持ちわりーな。何1人でニヤニヤしてる」
道元に声をかけられ俺はハッと我に返った。道元はキッとコチラを睨んでいる。コレはとても惚れてるって顔じゃねーな。むしろイラついてるって感じだ。
「あ、ああ…戻ろっか道元さん。助かったよ、ありがとう」
「はぁ?戻るぅ?授業はとっくに終わったよ。次の授業が始まる迄後10分もある。屋上行こうぜ」
切れちまったんだろうか!屋上で殴るか、カツアゲするつもりに違いない。九条るみかのせいで俺は人間不信になっていた。しかし断っても今殴られるだけかもしれん。渋々だがついて行く事にした。
「良い天気だ… 一服やるか」
屋上に着くなりそう言うと道元はポケットから何か取り出した。
「お前もどうだ?」
「い、いや俺はタバコは…んっ?」
差し出されたのはシャボン玉のパイプと液体の入った小さな容器だった。
道元凪沙は既にぷかぷかシャボン玉を吐いていた。
ドーナツ型のシャボン玉、縦に長いやつ、どうやって作ったのかハート型のシャボン玉迄作っていた。それらは中々割れず、道元の回りをふわふわ漂っている。
「道元さん、朝やけに先生に突っかってたけど大丈夫?」
「平気だよ、アタシはここの学園長の孫なんだ。この学園内の全ての先公はアタシに目をつける何て事は出来ない。」
道元はシャボン玉をぼーっと見ながら仏頂面で答えた。
「す、すごいな」
俺がたじろいでそう言うと、道元はニカッと笑って話した。
「まぁ世の中金とコネよ。それにあの先公は好かん」
道元はすっと仏頂面に戻ると四角いシャボン玉を吹き出した。
「へ、へぇ…所でそろそろ授業始まるし、教室帰らない?」
「お前名前に反してノリわりーな、シャボン玉も吹かねえし。授業なんかフケよーぜ」
「そう言う訳にはいかんよ。俺にはコネも金も無いんだし」
俺がそう言うと道元はふっと笑って口を開いた。
「コネならもうお前は持ってる。アタシって言う強力なコネがね!」
「はいはい、じゃあ俺はもう行くわ」
これ以上道元に付き合っていたら又遅刻してしまう。
「コネには頼らないってか?まるで九条るみかみたいだな」
「!?」
俺は目を疑った。いつの間にか道元が何と特大のシャボン玉に寝そべり、宙に漂いながら頬杖ついてこちらを見ていた。
道元は呆気にとられたままの俺を尻目にふわふわと屋上の外へ出た。
「アタシは先戻るわ。じゃあな!」
道元がそう言うとシャボン玉は全て一斉に弾けて道元は真っ逆さまに落ちた。
「⁉︎」
俺が慌てて下を見ると道元はふわっと着地し、何事もなかった様にすまし顔で長い髪を靡かせながら校舎に入っていった。
俺は呆然と立ち尽くしていた。
何が起きたのか意味がわからない。大体ここは屋上でこの建物は6階建てだ。ふわっと降りれる高さじゃないし、シャボン玉の上に人が乗れる訳もない。
<キーンコーンカーンコーン!カンコンキンコーン!>
突然のチャイムに俺はビクッと我に返った。しまったまた遅刻だ。
俺が慌てて教室に戻ると道元はもう席についていた。
その後午前中ずっと道元を見ていたが、さっきの出来事に関して手がかりは何も掴めなかった。
わかったのは彼女が不良の癖に頭脳明晰で運動神経も抜群と言う事だけである。
九条るみかも運動神経はズバ抜けていて道元に迫る物があるが、道元凪沙はそれ以外も全てズバ抜けていた。教師より博識かもと感じる程だ。だから上から目線の教師に反発するのかもしれない。
<キーンコーンカーンコーン!カンコンキンコーン!>
いつの間にか昼放課だ…
クラスの女子は思い思いのグループで固まって食事をとる。九条るみかはギャルグループ、結構人望がある様で取り巻きが多い。あの糞女外面だけは良いな。
道元凪沙は1人だった…。彼女は周りから恐れられている様で、誰もが道元に接する時はビクビクとへり下り、ヨソヨソしい様子だ。無理も無い、ここは筋金入りのお嬢様校で不良等1人もいない。
道元はそれを気にする様子も無く自分の席で踏ん反り返っている。
俺は当然1人だ。しかも道元凪沙の様に畏怖される所か軽蔑の対象らしく、ぞんざいに扱われている。まぁ職員含めこの学園唯一の男で遅刻続きのダメ野朗と思われたら無理もない。はぁ…。
俺はいたたまれず席を立った。屋上かどっかで1人で食おう…。
屋上のドアに着くと何故か道元が先に来てた。どうやって来たんだこいつ。出入り口はここしか無いのに1度も会わなかったぞ。シャボン玉に乗って来たのかもしれん。あり得ない事だがこいつなら有り得そうだ。
「遅かったな。焼そばパン買ってこい!」
道元は俺を見るなりいきなり舎弟扱いしだした。
「何言ってんだ。パシリはごめんだ。自分でシャボン玉にでも乗って買いに行け!」
「あんたはアタシに借りがある。それにパシリじゃねーよ。コレをやる。」
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道元がくれたのは宝くじ数枚だった。
俺が文句たらたらのまま顔を上げると道元は仏頂面のまま、「家の系列グループが出してる宝くじだ。当たりは2000億円。悪くねー御使いだろうが」と言った。
確かに!俺はそそくさ買い物に出かけた。