デボンの森
男は最後の力を振り絞り森の中を走っていた。せめて一目で良いから地上の楽園と言われるスィートランドを見たいのだ。そこに住まう民は一切の苦痛なく笑顔で暮らしていると言う。
男はフレイムキングダムの平民であった。フレイムキングダムには苦痛しか無い。重税に次ぐ重税、殆どの民は地獄の苦しみの中にいる。全てはフレイムキングダムの暴虐の魔王ファイドンの所為だ。彼が民から吸い上げた税収の殆どを自身の尽きる事のない欲望の炎に焚べるからである。
地には怨嗟の声が満ちている。誰もがファイドンを倒そうとした。しかし誰も敵わない。逆らう者は全て一族郎党ごと魔王の操る獄炎の中に消えて行った。
どうせこの国に残っていても飢えて死ぬのだ。男は妻子を連れ無謀でしかない旅に出た。迷宮を越え亡命するのだ。
しかし1人息子は荒れ狂うデボン湾に飲み込まれた。妻はこのデボンの森に食われた。そして自分も食われるだろう。それでも男は走った。最後に一目で良い、スィートランドを地上の楽園の様子をこの目で見たかった。この世と言う地獄の中に救い、希望がある事を確認したかったのかもしれない。
[ブーン]
走る男の後を虫の群れが追う。腹以外はクロゴキブリの様なポイズンローチだ。男が地面の凹凸に足を取られ転ぶ度に何匹も男の身体に取り付きスズメバチの様な縞模様の腹から毒針を出し毒と卵を産みつけ血を吸う。脊椎動物を獲物とする彼らにとっては人間は恰好のオヤツである。
男は最後の気力を絞り出しシールドを練ると身体に取り付いた虫を消し飛ばした。どうせ人間はいつか死ぬのだ。だが最後だけは美しい物、楽園を見たい。男の思いが尽きた筈のシールドを再び練らせた。
しかし男が最後に見たのは絶望だった。目の前の地面が盛り上がると象程の蜘蛛が現れた。マウンテンタランチュラだ。
気力も体力も魔力も尽き足を止めた男にポイズンローチが群がる。
[カチカチカチ!]
マウンテンタランチュラは人の腕程もある牙を鳴らし糸で倒れた男をポイズンローチごと絡めとると地面の巣穴に引きずり込もうとした。
[ブブブ]
それに対して後続のポイズンローチ等は毒針を使いマウンテンタランチュラを攻撃する。
しかしマウンテンタランチュラの針の様な体毛は毒針を通さずポイズンローチの群れにたかられてもノーダメージだ。
鬱陶しそうに脚でポイズンローチの群れを払う。
[リリリ!]
獲物を横取りされてはたまらない。ポイズンローチは黒い羽を擦り合わせ鳴き声を出すと腹を左右に振り集合ホルモンを撒き散らした。
みるみる内に森中のポイズンローチが集結するとマウンテンタランチュラの形に擬態した。
目の部分以外腹を外に出し頭を内の方向に出した姿は縞模様のタランチュラの様だ。
ポイズンローチ集合体はマウンテンタランチュラにタックルして男の死体を強奪した。その威容にマウンテンタランチュラは巣穴を捨てスゴスゴと逃げ出した。
ポイズンローチ、この種は成虫になると脊椎動物の血しか吸わず卵は脊椎動物に産みつける。幼虫は宿主が死んでいようが生きていようがお構い無しに体内を貪り食うと外に出て脱皮し成虫になる。体内から出た直後の2令幼虫はデボンの森にのみ自生するアカシソテツの樹液を吸わなければ成長できず生息地が限定される要因となっている。強敵に対すると成虫はマウンテンタランチュラの姿に擬態した巨大な集合体になり攻撃体制をとる。
デボンの森を統べる魔蟲であり人々がこの森を迷宮と呼ぶ理由でもある。




