潔癖の国
朝。俺は慌てて飛び起きた。修業に遅れるとメタルスライムが身体中を締め上げとんでもない苦痛を与えてくるのだ。…あれ?メタルスライムがついてない。
そうだ…俺はメタルスライムに打ち勝ったんだ。しかも今日は休みだ!
昨日道元、九条、梅さんはメタルスライムに打ち勝った事を何だかんだ自分の事の様に喜んでくれた。
この世界で旧知の中なのはこの面子だけなのだ。随分俺達は親しくなった。この糞みたいな異世界に来て良かったと思える唯一の現象だろう。
二度寝して目覚めた昼過ぎメナがやって来た。
「モテタロー様、道元様御一行がお見えです」
今日は城下町への外出が許されて道元達と遊びに行く予定だった。昨日メナも誘ったが仕事があるからと断られたのは残念だが、かりそめでも3ヶ月ぶりの自由に俺の心は踊る。
道元は塔の外でそびえ立つように待っていた。
「遅え!」
俺が行くと道元は相変わらずの仏頂面で文句を言う。
「ウチらが来てから未だ1分もたって無いけどね!」
九条るみかもウキウキした様子だ。
「あれ?梅さんは?」
道元が呆れ顔で答えた。
「ババアは出歩くと履物も減るし腹も減るから行かないってよ」
城下町は整然としていてチリ一つ落ちていなかった。建物も雑然と建てられている物は一切無く、碁盤の様に整頓して建てられている。
「全然市場とかないじゃん!マジやる事無いんですけど」
「スウィートランドは衣食住全て国が配給している。市場、酒場、賭場、娼館と言った不健全な物は一切この国には無いらしいが本当みたいだな」
「凪沙ちゃん異世界に詳し過ぎ!」
「お前が調べなさ過ぎだ。モテ太郎みたいに時間が無いなら兎に角、暇なんだから少しは書物に目を通せ」
耳が痛いセリフだった。…多分俺が九条るみかでも調べなかっただろう。
今だって唯日々を生き抜くのに精一杯でこの外出も息抜き位にしか考えていなかった。
漠然と何の確証も無くマギーが大魔王になれば俺の願いも叶えてくれると言うコッピの言い分を鵜呑みにしてた。
だけど道元はずっとこの世界の正体を正確に見極め様としてたんだな。
「茶店はあるみたいだな…」
「やった♡寄ろうよ!ウチもう足疲れたー」
お洒落な喫茶店だ。結構混雑している。客の子供だろうか。2人の子供が追いかけっこをして走り回っていた。
「3人だ」
つっけんどんな道元の態度にも店員は顔を曇らせる事なくニコニコしている。
「かしこまりました。3名様ですね?此方へどうぞ」
その時道元の足に子供の1人がぶつかった。
「チッこんな所にガキが来るな」
道元がボソッと悪態を吐くと子供はみるみる目に涙を溜め泣き出した。
「び、びぇぇぇぇぇん!」
「あーあ凪沙ちゃんが泣かせた〜。よちよち大丈夫だよ〜」
俺は2人からふと目を外した瞬間⁉︎冷水を頭から被った様な衝撃を受けた。
大勢の客が死んだ魚の様に無表情な顔で子供を見ている。さっきまでニコニコしていた店員までが!
ニコニコ…?そうだ…俺は今日町にでてから笑顔以外の市民を1人も見ていない。その時は何も疑問に思わなかったが行き交う人々や喫茶店の客、全て笑顔だった。
しかし今はまるきり皆無表情な顔で此方を観察している。その静けさがどんな騒音よりも耳に刺さる。
「ありがとうございます〜うちの子なんです〜」
1人の客がニコニコと駆け寄って来た。
再び周りを見ると何ごとも無かった様に人々は又談笑していた。
時間にしてみればほんの数秒の出来事だったのだろう。道元や九条が気付いた様子はない。
だが俺には永遠に感じられる時間だった。冷汗が頬を伝う…。
「どうした?顔色悪いぞ」
俺をチラリと見た道元が怪訝な顔をした。
「い、いや…何でもない…」
ここで今の出来事を話す気にはなれなかった。
席に座り、メニューを見る…。ブラックコーヒーが300マギー。高いか安いか値段の相場が分からないから何とも言えない。
道元が少しホッとして呟いた。
「貰った金で足りないって事は無さそうだな」
俺達は外出前に魔王から5万マギー貰っていた。八大魔国の通貨は各魔王の略称が単位となっているそうだ。
1万マギー札には魔王ギータカマーガレットのドヤ顔が描かれている。
「しかし気持ち悪りー札だ。こいつの面見てるとムカムカしてくる」
「滅多な事を言っちゃ駄目です、お嬢さん」
「は?誰だテメーは。ナンパならお断りだ」
突然割込んで来た男は笑顔でホスト風のイケメン。チャラそうだが爽やか、それでいて力強さも感じさせる青年だった。
「ナンパするなら君じゃ無くてそっちのお嬢さんにしています。私は唯親切心で忠告した迄です」
凄む道元に怯まない。どうやら度胸もあるらしい。
「へー…お兄さんマジで見るあんじゃん」
言いつつ九条るみかの顔は赤い。
「私の名前はスチル・ボリョク、スイートランド近衛兵隊長スチル・ムキダッテの息子です。以後お見知り置きを。もっとも養子ですが。こいつは従者であり魔女のイゾ・リョナです」
連れがいたのか…。小さいから気が付かなかった。
大柄なボリョクの後ろから半身を乗り出し小動物の様な魔女はおずおずと挨拶をした。
「リョ、リョナです」
鈴の様な声だ。そして美しい。
「お隣、宜しいですか?」
ボリョクはにこりと微笑み九条るみかに囁やく様な声で言った。
「えっ⁉︎えっ!どうぞどうぞ‼︎」
九条は高速で角へ詰めた。
ボリョクはどっかり俺に向かい合う位置に座るといきなり核心を話始めた。
「マギーこと魔王ギータカ・マーガレットは蟲の属性を持つ魔女です。マギーは自分の使役する蟲を国中の国民に植え付け管理しています。それが犯罪がゼロの国、ここスイートランドの正体です」
思わず俺の口から疑問が溢れ出る。
「なら何故俺にその蟲とやらを植え付けない?」
その疑問には道元が鋭い眼差しでボリョクを睨みながら回答した。
「察するに蟲を植え付けられた人間は戦闘力が落ちる…違うか?」
「その通りです。蟲を植え付けられた人間は喜怒哀楽の内、怒り、哀しみと言ったネガティブな感情を失ってしまう。魔力とは生命力です。生命力は精神と深い関わりがあります。蟲が取り憑いている人間の魔力は大幅に低下します…。この国で蟲付きじゃないのは城の中の人間と選別前の子供だけなのです」
道元程察しの良くない俺にもそれを聞いてピンと来る物があった。
「さてはマギーは蟲を通して人々を監視してるな?」
俺は先程の泣く子供を無表情に見つめる人々を思い出していた。
「ほう?貴方も中々鋭いですね。親父の訓練を生き延びただけの事はある様です。この国の子供は全てマギーに監視され点数をつけられています。ネガティブな行動が少なく更に魔力の強い者が大人になるまでに選ばれ城内に入り役人になる事が認められますが、それ以外は全て蟲付きになるのです」
ボリョクは張り付いた様な笑顔で説明すると運ばれて来た紅茶を一口飲んだ。
成る程…。コッピの言う完璧な国とはこれか。確かに犯罪が全く起きないと言うのは素晴らしい。怒哀を取り上げられて喜と楽の感情しかなくなった人々は幸せだろう。
しかし俺は心中眉をひそめた。何故かは分からないがマギーのやり方に生理的な嫌悪を感じた。
薄々感じていたがマギーは潔癖だ。さしずめここは潔癖の国と言ったところだろうか。
「マギーはモテタロー君、君を使ってこの大陸の七つの魔国の魔王を片付けて統一し、全ての人々に蟲を植え付けるつもりなのです。君が失敗した場合は僕が勇者と言う名の刺客に祭り上げられます。」
ボリョクは腰の剣にチラリと目をやった。その剣を良く見れば俺の聖剣と同じ物だ。
「親父はそれが素晴らしい事だと考えているが…」
ボリョクは声を潜めて言った。
「俺は絶対反対だ。なんで命がけで働いた後蟲を植え付けられなきゃいけない?」
急に口調が乱暴になったボリョクは一瞬笑顔の仮面すら剥がれ空気が震える程の殺気を放った。
俺はマギーが大陸を統一し、大魔王となった暁には願いを叶えてくれると言うコッピのセリフを思い出した。
「俺達には蟲を植え付けないんじゃ無いか?今だって全員蟲をつけられてる訳じゃないし」
「貴方は楽天的ですね。マギーが大魔王になったらもう歯向かえる奴はいません。全員に蟲を植え付けるでしょう。それに大魔王の魔力は絶大です。今の様な蟲の副作用だって打ち消せる可能性もあります。」
確かに考えてみれば大魔王になった後にマギーが約束を守って願いを叶えてくれる補償なんて無い。
「そこで…」
ボリョクは更に声のトーンを落として周りをチラリと見てから言った。
「私達と組みませんか?一緒にマギーを倒しましょう」
「⁉︎」
俺達でマギーを?確かにこれだけ頭数が揃っていれば可能かもしれない。
「断る!」
突然いつの間にか頼んだ山盛りのパフェやケーキの様な物を平らげて口を拭いた道元が断言した。
<ガタリ>
言うが早いか道元は席を立った。
「行くぞ!るみか、モテ太郎」




