逃げたい〜修業の日々〜無茶振り編
俺は城から逃げる事にした。ムキダッテは俺をジワジワと肉体的、精神的に追い込んで廃人にし、それを口実に勇者から外す気だ。
剣術指南役の筈のムキダッテは俺に剣の鞘すら触らせず鬼の様に筋トレメニューを追加し、筋トレや走り込みと言った体力錬成しかさせない。特に褒めも貶しもせず、冷酷に指示だけだしてくる。と思っていたら昨日やっと褒めてきたセリフが「直ぐに精神も肉体も崩壊すると思ったが中々耐えておるな…」だった!
実際メナがいなかったら初日に俺は死んでいた。
かれこれ修業開始から一月たった。
今や中肉中背だった俺の身体はムキムキ中背になってしまった。自分のルックスは結構イケてる方だと俺は思っていたが、これだけガチムチになるとその自信も揺らいできた。
何しろ今の俺の首は顔より太く、胸は尻の様、腕は太ももの様、太ももは胴体より太いといった具合なのだ。元の可憐な姿に戻して欲しい。このままでは無事でも修業が終わる事には俺はムキダッテの小さい版になってしまう。
いや…逞しくなった俺も結構イケてるかもしれん。アメリカ辺りに行けばモテるかも?
しかし筋トレはまるで楽にならなかった。ムキダッテの野朗は毎日俺を死ぬ寸前迄追い込んでくる。
大体どれだけ強くなっても体力の限界と言う物が存在するのに、毎日キッチリその限界ギリギリまで拷問器具の様な腕輪や首輪、足輪と腹巻き、全ての指にはめられた指輪まで加わり頭のてっぺんから爪先まで死ぬ寸前まで無理矢理鍛えられるんだから楽になる筈もない。
さらに筋トレ以上に嫌なのが柔軟体操だ。2日目から筋トレが終わってメナに風呂に入れて貰った後ベッドでほっとしていると器具のせいで身体のあらゆる部分が1時間程むりやりあらぬ方向へ曲がったり伸ばしたり勝手に動かされる拷問が加わった。
そして食事。食事が楽しかった時がもう思い出せない。どれだけ食べれる様になっても必ず5回は吐き気が俺を襲う。体力だけじゃない、胃袋にだって必ず限界があるのに昨日食べた以上の量の食事が出てくる。ムキダッテは俺の胃袋が4次元ポケットかブラックホールだと思ってんのか!あいつの胃袋に糞を詰めてやりたい。
食事の後の筋トレは何より苦痛だった。吐き気と筋トレの苦痛が一気に襲ってきて抗う事すら出来ない。
しかも体力が着いた分だけ筋トレ回数を増やされるばかりか、これらの器具が筋トレ中ジワジワと重くなってきている事にある時気づいた。
今や身体中につけられた器具は100キロ以上は確実にあるだろう。まるで強制ギブスだ。メナの治療を受けている時は縮んで軽くなっているが朝になると馬鹿みたいに重くなりそれなりに存在感のあるサイズに戻っている。
殺されそうな恐怖と肉体の限界に挟まれ俺はもう発狂寸前だった。常に逃げる妄想をしていた。鳥を見て羨み、雲を見て涙した。彼らは何て自由なんだろう!俺も遠くへ飛んでいきたい。自分のションベンすら羨ましかった。血尿をするたびに思った。俺も何処かへ流れていきたい。ここじゃなければドブの中でも全然良い!もっとも筋トレ中はトイレ等行かせて貰えず垂れ流しだったが…。
俺は入念に逃走計画を練った。朝のランニング(もうランニングコースは場内20周に増えていた。靴の速さも4倍早くなっていた)の際も意識がある内に城壁を毎日物色し、逃走経路を考えた。
いよいよ今日決行してやる。
メナの治療を受けて回復した後、朝迄にこの城から逃げるしかない。器具を外す方法は城を出てからゆっくり探す事にした。今は一刻も早く逃げたい。
就寝の時間になりメナが去ると俺は窓からヤモリの様に壁を降った。今の俺の腕力なら石造りの塔の凹凸を頼りに壁を登り降りする事など容易い。器具の軽い今のうちだ。城内の行動範囲は公に使う場所以外は自由だが、今時分にウロウロしていてはメイドや衛兵に怪しまれるかもしれないからだ。
問題は城壁だ。城壁は高く、上では一定の距離で松明が焚かれ衛兵が見張りについている。巡回もしている様なのだ。
俺は40メートルはあろうかという城壁の天辺付近まで登り気配を探った。巡回者が通り過ぎた後急いで登り通路に降り立つと小走りで壁外を覗いた!
城下町は暗かった。ポツポツ火の灯りは見えたが電気の様な物があるのは城内だけの様だ。
この壁を降りれば俺は自由だ!柵に手をかけて降りようとした瞬間器具が信じられない位重くなり、俺はその場に倒れこんだ。
器具は朝の大きさ以上に膨張している。何故⁉︎未だ時間はある筈だ‼︎
「脱走か…良い度胸だな、モテタロー…」
巡回していた兵士はムキダッテだった。いつの間にか俺に気づいて戻ってきていた。
俺も気づいた事があった。
器具は時間で動いているんじゃ無い。コイツが動かしてるんだ。
恐らくコイツの魔力が及ぶ範囲で動かせるといった所か。いや、朝走る時は側にいない…距離は関係無く意識すれば動かせるのか?
「マギー様の命に背くとは。万死に値する」
「やれよ。いっそひとおもいに殺せ。俺を殺したいんだろう」
逃げられないなら死んだ方がマシだ。
「…残念ながら我が国に死刑は無い。体力錬成の期間もそろそろ終わりだ。明日からはメニューは増えない。我慢するんだな」
くそぉぉぉ!この日から塔に厳重な見張りと窓に鉄格子がつけられて修業が終わった後は塔から出る事は禁止になった。
だが本当に筋トレも器具の重さも食事の量も増えなかった。日々急激に強くなる俺の肉体は、早くも3日目の修業の終わりには自分で身体を洗える程度に適応していた。
次の日修業後失神しない俺を見てムキダッテは突然無茶振りをしてきた。
「修業後監視つきで中庭へ出る事だけは許可する。5日後の朝迄にこの岩を両断しろ。出来なければマギー様に陳謝し、体力錬成をやり直す為に修業期間を一月追加しなければならん」
メナの治療を受けた後俺は聖剣を掴み衛兵2人、メイド2人に付き添われ中庭の岩の前迄来た。
「おうりゃ‼︎」<ガギーン‼︎>
俺が渾身の力で岩に聖剣を叩きつけると聖剣は見事に真っ二つに折れて岩に当たった部分から先が吹き飛んだ。




