十六
「スメラギ……シュン」
僕が名前をつぶやくと、彼はにやりと口角を歪めた。
「おぉ、光栄だねぇ。メイカーの方に名前を憶えてもらえるなんてな」
「メイカー?」
聞き覚えのない言葉を思わず聞き返すと、スメラギは訝し気な表情で僕を見る。
「あ? 知らねぇのか? ってことは、皆が皆、しってるわけじゃねぇのか……。まあいい。お前。ブックメイカーとかいうスキルなんだろ? 俺はそのメイカーってのを探してたんだよ。まあ、ノルベルトはお前が持ってる果物やらが欲しいみたいだけどな」
「それで……その探し人の僕に何をしたいんだ?」
僕の質問に、スメラギは声を漏らしながら笑うと、肩を竦めて明後日の方向をみる。
「さぁな。まあ、俺としては入り口が確保できたんだ。とりあえず、ノルベルトとの約束は達成だ。本当はなぁ……死ぬほどお前を殺してぇが、今はまだ我慢だ。お前を殺しちまえば、この入り口も消えるかもしれねぇ。それは避けねぇとな」
「僕がこのままにしておくとでも?」
「どうにかできるかな? 少なくとも、俺は大丈夫だと思ってるぜ。試してみるのは自由だけどな」
僕はスメラギの言葉に歯噛みする。
確かに、さっきからやっているのだ。
本の中の世界への入り口を閉じようと、何度も何度も。
しかし、それはできない。
入り口の場所を変えようにもできない。
開いたまま、森の中かから場所を変えられないまま、今、外と中は繋がっている。
「まあ、これでお前もおしまいだなぁ。今、ノルベルトは兵を準備している。それで、全部奪っておしまいだ。じゃあな」
「ま、待て!! レイカは――」
「お前の女は俺が預かってる。欲しけりゃノルベルトの屋敷に来るんだな」
「ちょっ――……くそ」
言いたいことだけをいって。
やりたいことだけをやらせて、スメラギは消えた。
僕は、すぐさま本の世界に行くと、ドロフェイに周辺の捜索を依頼する。
すると、街の外にはすでに大勢の兵が隊列を組んでこっちに向かっているという。
僕は、若者衆を呼び出すと、すぐさま話し合いを始めた。
「ドロフェイに調べさせたけど、サンタモスカの街に伯爵の私兵が二百人ほど集まっているらしい。おそらく、スメラギが見つけた入り口から僕らの国にはいってくるんだろう……。皆、重装備で武器も持っている。人を殺すことの専門家相手の死闘。正直、犠牲はでると思う」
押し黙る面々。
だが、エンドはそれを気にせず言葉を重ねていく。
「対して、こちらの純粋な戦闘員は百人ほど。他は支援に回ってもらおうと思うけど……みんなに聞きたい。こんな事態になったけど、今なら避難したい種族はしていいよ? 別に無理やり参加をお願いしてるわけじゃないからね。さぁ……どうする?」
皆は、僕の問いかけに不敵に微笑むだけだった。
◆
僕は走っていた。
ここは、サンタモスカの街。伯爵の屋敷に続く道だ。
そう。
僕は、本の世界のあのままに、レイカを助けることを選んだのだ。
僕の最優先。
それは、やっぱりレイカだからだ。
だから、今、僕はここにいる。
僕が屋敷に着くと、門兵がすぐに僕を中に入れてくれる。
通された部屋では、伯爵とスメラギが待っていた。
僕は焦る気持ちを抑えながら、できる限り静かに問いかける。
「レイカはどこ?」
僕がそう問いかけるも、スメラギはいやらしく笑うばかり。
伯爵は険しい表情で返答する。
「シュンと約束したそうだね。彼女はシュンに勝てたらお返ししよう。まあ、それは難しいと思うが……それよりいいのかね? 大事な国の住人はほったらかしで」
「こいつは住人より女をとっただけさ。単純なことなんだよ。お前にはわかんねぇだろうがな、ノルベルト」
「茶化すな……さて。エンドといったな。私は今まさに君の国を攻め入ろうとしている。だが、今なら交渉の余地があるんじゃないのか? すべてを明け渡せば私は侵略をやめよう。どうだ? 飲んでくれはしまいか?」
伯爵は理知的な人のようだ。
この期に及んでも、まだ交渉しようと声をかけてくれる。
だが、受け入れられない。
彼が要求するのは、僕が守りたいものをすべて放りだすことだ。
だから、答えは決まっている。
僕は、表情も変えずに告げた。
「わかってるでしょ? 答えはノーだ」
僕の言葉を聞いて、ノルベルトは渋い顔を、スメラギは歪んだ笑みを浮かべた。
「わかってるのか? 君の大事なものを、すべて壊し奪うといってるんだぞ?」
「わかっています」
どこか心配するような口調で話すノルベルトの隣では、スメラギがどこからともなく剣を取り出していた。
「いいのか? 君は失うんだぞ? 大事な女性も住人も、全てを!」
「あなたは優しい人ですね。もちろん、自分の利益を確保するためというのもあるでしょうが……別の出会い方をしたかった」
「何を……」
スメラギは持っている剣に魔力か何かをまとわせたのだろう。
白く、輝く剣をぼんやりと眺めていた。
「私からあなた達に伝えることは、たった一つです」
そういいながら、僕も剣を取り出した。
漆黒に輝く、全てを貫く剣を。
「全てを失うのはあなた達だ」
そう伝えた瞬間、僕は全身に力を込めて飛び出した。
同時にスメラギも僕に剣を振り下ろしており、互いの剣は部屋の中央で火花を散らしぶつかり合った。




