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そのとき君は笑った  作者: いっこ
5/5

そのとき君は笑った【5】

  やはりというか、慣れたというか。宮下佐奈子のペンは、再び止まった。最後の5個目『現在、思っていること』だ。

  この項目に関しては、ライターながらになかなか悪い質問だと自覚しながらも添えたものだった。

  被害者が思っていることなんて、わざわざ聞かなくても想像がつく。『憎い』『許せない』『怖かった』大体この辺りだろう。しかしそれでもアンケートに添えたのは、初めから口に出させるよりは本人の負担がいくらか減るだろうという、優しさのつもりだった。なのに、この宮下佐奈子はこの項目でペンを再び止めたのだ。

  私は、普段接しない人種へのささやかな優しさと思いやりを裏切られたような気持ちになった。


ーー本当に、子供のまま大人になったんだな。

  宮下佐奈子とは違い、自分は大人なのだから…と、私は彼女への苛立ちを心の奥底へしまい込み、また笑顔を向けてこう告げた。

「すみませんが、お手洗いへ行ってきます。先程も言いましたが、時間はあるので、ごゆっくりどうぞ」


  トイレの鏡の前で、私は本音の怒った表情をし、その次に、ピエロのようにひょうきんな表情をさせ、最後に、何度も宮下佐奈子へ向けた笑顔を作った。

  様々な感情が湧き上がるが、それを彼女に悟られてはいけない。私は、私の前にいる鏡の中の自分に向けて、言い聞かせるように、怒り、ひょうきんな顔をし、笑顔を作る…を繰り返した。

  これは、想像以上に、長く大変な仕事になりそうだ。一緒に持ってきたカバンから手帳を取り出し、今後のスケジュールを確認した。暇というほどではない。今の時点で多少は埋まっている。今後、少しずつさらに埋まっていくだろう。様々な記事に対して、なるべく執筆の時間を多く取りたいが、この宮下佐奈子はなかなかの強敵になりそうだ。

  私は、手帳のメモ欄に『宮下佐奈子、スケジュール注意』と書き込み、トイレを出た。


  ただ歩いているだけなのに笑顔を浮かべていては、ただの不審者だ。私は平然を装い、宮下佐奈子が待つテーブルへ向かった。

  最後の項目は書けただろうか?飛ばした3個目も、うまくすれば書き始めているかもしれない。鏡の前で、それくらいの時間を潰していたはずだと私は足早にその場所へ向かった。


  宮下佐奈子がいたテーブル。

  その上には、私が飲んでいたコーヒーのカップと、私が用意したアンケート用紙が1枚。その用紙には、黄色い正方形の付箋が貼られていた。

  宮下佐奈子の姿は、そこにはなかった。


ーーどういうことだ?


  目の前の光景を理解できないまま、アンケート用紙を手に取った。

  黄色の付箋には、宮下佐奈子の電話番号とメールアドレス、そして『日を改めてお願いします』と書かれていた。

  私は思わずその付箋を剥がし、付箋の下に書かれているはずの、5個目の回答に目をやった。


  親に虐待を受けていたんだ。

  怖かったんじゃないのか?

  憎くはないのか?

  復讐したいんじゃないのか?


  なんなんだ?


  『ごめんなさい』


  なんでだ?


  どうして謝るんだ、宮下佐奈子。

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