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そのとき君は笑った  作者: いっこ
3/5

そのとき君は笑った【3】

  私は企画書に重ねて持ってきた、簡単なアンケート用紙を宮下佐奈子に渡した。

「お互い、何から話し始めればいいのか戸惑うと思うので、こんなものを作ってきました。私のことは気にせず、ゆっくり書いてください。書き終えたら、教えてください」

「…はい、わかりました」

  宮下佐奈子はそう答えると、一緒に渡したシャープペンシルを手に取り、アンケート用紙に目を向けた。

  名刺を渡した時も一瞬思ったのだが、間違いない。彼女は左利きのようだ。アンケート用紙に視線を送る彼女の前で、私は彼女の様子を眺めていた。

  25歳にしては荒れた指先。保湿などの手入れはあまりしていないのだろう。爪も、健康的な範囲だが縦線が目立つ。私の知る女性は皆、ネイルアートだとかでゴテゴテに飾ったり、もしくはナチュラル志向だと言い爪は無色でありながらも表面はツヤツヤしていた。宮下佐奈子の指先はササクレが多く、爪の先もガタガタだ。他人のことは言えないが、気になった時に爪切りで無造作に切っているのだろう。これでは私とたいして変わらない。

  しかし、宮下佐奈子の手には、指先よりどうしても目が行ってしまうものがあった。シャープペンシルを持った左手。その甲には、無数の丸い痕が散らばっていた。

ーーああ、根性焼きか。

ーーメンヘラちゃんってやつかな。

  私はその場から逃げ出したい衝動を抑えつつ、黙ってコーヒーをすすった。


  本来であれば、その時点で気付くべきだった。

  彼女の左手の甲についている火傷の痕。彼女は、左利きなのに。


  アンケートは、とても簡単で単純なものだった。ようは、話を切り出すためのきっかけ作りでしかなかった。内容といえば『生年月日、家族構成。職業と趣味、特技』『加害者の名前と間柄』『被害の詳細』『被害者であると自覚した年齢』『現在、思っていること』。その5項目だけだ。自由に書いてもらえるよう大きくスペースはとってあるが、重要な話の大部分はこの用紙ではなく、実際の会話から生まれてくる。私は彼女の目を盗みながら(企画の時点で了承は得ているが)音声レコーダーを起動させた。


  宮下佐奈子は、真剣な面持ちでアンケート用紙を見ながらペンを走らせていた。しかし、それは、最初の項目だけだった。

  2個目の『加害者の名前と間柄』この項目で、彼女のペンは止まった。

「どうかしましたか?」

  しばらく待つつもりではいたが、こんなにすぐ止まるようでは…と、つい声をかけてしまった。宮下佐奈子は、「いえ、大丈夫です。すみません」と言いながらペンを持ち直し、再びアンケート用紙に目をやった。

  やれやれ、と思いながらまたコーヒーをすする。今日はアンケートを書いてもらって、少しだけ話をして終わる予定だった。コーヒーも1杯あれば十分だと思っていたのだが。

  宮下佐奈子は、2項目に入り、その欄を埋めるというだけの作業に、およそ15分の時間を費やした。その内容は、『両親』の2文字だけだった。


ーー頃合いを見て、2杯目を注文した方がいかもしれない。


  今日は他の予定がなくて良かったと、心底思った。

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