そのとき君は笑った【2】
彼女との話の本題に入る前に、まずは現在の彼女について少し話をしておきたい。
年は25歳と言ったが、その表情や雰囲気は、子供そのものだった。
今日のために慣れない化粧をしたのだろうが、ファンデーションはムラになっていて、目の下のクマは全く消えていない。アイラインはほとんど消えていて、よく観察しなければ書いたことにも気付かない。マスカラが落ち、下まぶたにたくさんの黒いカス。口紅は塗っていない。眉はボサボサのまま、上から色を押し付けて無理やり線をひいたようだ。
服装は、白いシャツに黄色の膝丈プリーツスカート。そこに、紺のハイヒールを合わせている。アクセサリーは何もなし。シャツとスカートの糊の具合から想像するに、おそらく買ってすぐのもの。つまり、普段から来ている服ではないということだ。
…ないな。失礼だが、これを『今時の妙齢の女性』と表現するには、私には抵抗があった。それもこれも、推測でしかないが、普段外に出ない生活が理由だろう。外に出ないということは、周りの女性の化粧や服装を見る機会もない。指摘してくれる相手もいない。これが仕事ではなく合コンであれば、真っ先に視野から外していただろう。
宮下佐奈子には、化粧と服装以外にも特徴があった。慣れない化粧と服装とは裏腹に、耳たぶに空いた大きなピアスホール。今は何もつけていないが、普段…いや、少し前まで、意図的にピアスホールを拡張していたことがうかがえた。ピアスホール自体はほとんど閉じているが、だらりと下がった線と耳たぶが、過去の彼女の姿をたやすく想像させた。そして、髪の毛だ。本来であれば、日本人女性が憧れると言われるツヤツヤのサラサラストレート…なのだろうが、毛先に向かって異様に茶色くなっていく。あえてそのような髪色にする者もいるが、彼女の場合、おそらく『かつて染めていた』『しかしある日から染めなくなった』『そしてそのまま放置した』のだろう。長い前髪は後ろ髪と区別することなく横に流していて、その間から見えるボサボサの眉が彼女の清潔感をよりいっそうなくしていた。
彼女への批判はここまでにしよう。安心してほしい。この部分を記事にする気はない。あくまでも、私の第一印象というだけの話だ。
これから彼女の話を聞くにあたって、ある程度の心構えをしたかったのだ。
虐待はもちろんあってはならないことだし、被害者となれば扱いも丁重にしなければならない。しかし、その経験を涙ながらに訴えられ、しがみつき、依存対象として見られることは避けたかったのだ。
それは、私自身が『虐待被害者は、自分の話を聞いてくれ、理解してくれる人を欲している』というイメージを持っていたことが理由の1つだった。
このイメージは、最終的には覆されることになるのだが、それでは順番が前後しないよう、さっそく彼女との話を進めていこうと思う。