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雨で踊れば

 雨が横からふきつけてきて傘をさしていても少しずつ濡れてきてしまう。とても冷たい。対策しても効果がなかったということがタカシを憂鬱にさせていった。

 職業安定所に到着した。白い2階建のビルで無機質な外見だった。


「あーあ、なにもかもうまくいかない。なんにもしたくない。いい仕事なんか見つかんないだろ。どうせ」

 タカシは上司にパワハラをされたことが原因で退職した。

「人に好かれるために笑顔でいたり、仕事をがんばったのになぜ嫌われてしまうのだろう」

 会社でうまくやって行くための努力をしたのにパワハラをされて無職になってしまった現実が理解できなかった。ふつうはいい人間だったら頼られたりして人気者になるのではないか。

職業相談にきたのだけれども、なぜパワハラされたのか答えが出る前に次の仕事についてもまた同じことの繰り返しになるのではないかと不安であった。しかし現実的には仕事をしないと生活ができなくなってしまうためにやむを得なかった。



入口から左側に新着の求人票が、反対側には職業訓練の募集が貼ってある。

一通りながめてからやりたい仕事など見つからなかったので職業相談を申しこんだ。


職員の指示に従い、となりが見えないように区切られたテーブルで相談員と向きあった。

「こんにちは。よろしくお願いします」

「今日はどういったご相談で」

「じつは無職になってしまいまして・・・」

「なにが理由だったのでしょうか」

「上司とソリが合わずにパワハラされて体調崩してしまったので辞めました」

「あー、お気の毒に。大勢の方がそういう相談にいらっしゃいます。体調は回復なさったのですか?」

「まあ、よくなりました。自分だけだと思いがちですけど、こういう目にあってる人が多いんですね」

職員が職業経歴書をながめはじめた。

「えー、経歴をみてみるとけっこう、仕事を変えてらっしゃるようですね」

「はい、いいなと思う仕事についても、上司がかわったとたんに環境もやはりかわってしまいやりにくくなったり、入社したときと違ってたいへんな仕事に移されたりすると、やめざるを得なくなってしまうのです」

「はー、たいへんな目にあっているのですね」

その反応の仕方にどうせ根性がないからやめたのだろうと考えてるように見えた。

「そして次の仕事をどうしようかわからなくて相談にきました」

「はい、そうしますと何がやりたいかですね」

「やりたいことと言っても職安の求人票を見る限りないんですけど」

「あまり、贅沢は言えませんよ」

「そう言われても、やはりまたパワハラはこりごりなので続けていけるようなものに出会いたいですし」

「では、職業適性検査というものを受けて見たらいかがでしょう?」

「職業適性検査ですか。それはなんですか?」

「コンピューターから出されたいくつかの質問に答えるとあなたにあった仕事を見つけてくれるというものです」

「ああ、そういうものがあるのですね。ありがたいです。ぜひ、受けてみたいです」

「それはジョブカフェというまた違う建物になりまして、職安を出て左に100メートルくらい行くとありますから」

「はい、わかりました。そっちにいってみます。ありがとうございました」

「お疲れさまでした」



相談員や受付の「お疲れさまでした」という声を聞きながらタカシは外に出た。

何がお疲れさまでしたなのだろうか。こっちはとにかく目立ちたくないのに声かけやがって。

僕は仕事したわけじゃないのだからお疲れさまでしたと言われたら恥ずかしいし間抜けじゃないか。

では、なんと言われたらよかったのだろうかと考えながら歩いた。

「あなたに未来が良いものになりますように」かな?

「応援しています」かな?

「次は笑顔で会えたらいいですね」かな?

面倒なのでつまり職員の一切感情のこもってない事務的な「お疲れさまでした」に腹を立てただけだろうと考えをまとめた。

「ちくしょう、あいつら結局僕を不快にさせただけじゃねえか」


ジョブカフェなる建物についた。

職安と変わらない建物で表札だけが横文字になっただけだった。


タカシは受付を済ませ相談員と向き合った。

職安と同じようにデスクのわきは仕切りがしてあり隣が見えないようにしてある。違うことと言えばパソコンのモニタがきゅうくつそうにおいてあることだ。


「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。今日は、どういった相談でございますか?」

「実は仕事が長続きしなくて自分には何があってるのかわからなくて・・」

「はい、では、このエニアグラムという心理テストをやりましょう」

『エニアグラムからのメッセージ〜自分の本質、囚われを知る〜』というパンフレットを渡された。

「エニアグラム・・・ってなんですか?」

「エニアグラムは実は起源は古代ギリシャだと言われております。エニアグラムをやることにより自分の本質を知り、自分にはなにがあっているのかがわかるのです」

「へえー、すごいものですね。古代ギリシャは」

とても胡散臭く感じて新興宗教の勧誘をされないかと心配になった。

「ページを開いてください。エニアグラムのいくつかのテストをします。1、自分の本質(性格・タイプ)を知る。2、タイプ診断簡易テスト。これらであなたがどういう人かがわかるのです」

「すごいですね。たしかに今までの自分はつける仕事についていただけでなにが合っているのか選択肢もなかったですし、そのせいで人生が遠回りしていた気がします」

「そうでしょう。あなたにとってとてもメリットがあるものだと思います。では、このパソコンを見てください。エニアグラムのソフトが色々質問しますからそれに対してあってる方にクリックしていってください。とても質問数が多いのでゆっくりやっていいですよ。終わったら声かけてください」



相談員はパソコンの操作を一通り説明したあと席をはなれた。

受付の女性となにか話しているようだ。二人して爆笑している。

「クソっ、あいつら仕事中にいちゃつきやがって。こうやって落ちぶれてみると何もかもが傷つくのだ。お前らは楽しいかもしれないけどその景色を見せるな。お前らの当たり前が人を不快にさせてるかもしれないとか考えてほしいよな」

ひとりごとを言いながらパソコンに向きあった。


『質問1 通常、自分が欲しいものは必ずゲットするという意識を持っている』

『質問2 根拠はなくても、物事は結局なんとかなると思っている。反面、嫌なことにフタをする傾向がある』

こんな問題が300問くらい続く。なんてバカバカしいんだと思った。

2時間くらいかけてすべての質問に答えた。



「すみませーん、終わりましたー」

「はい、早かったですね。では、チェックします。えー、コンピューターが結果を出しました。プリントアウトしますから待っていてください」

プリンターから出てきた用紙を相談員からわたされた。


「あなたは芸術的感性が抜群で、そして他人への思いやりもある。素晴らしいですね。コンピューターは、『芸術家』になった方がいいと出ています」

しばらく沈黙・・・



「えっと、僕は何?」

「芸術家に向いていると出ております」


「適性検査の結果で販売員があなたにはあってるから次の職場はそこにしましょうとかなら、わかるけどよ。芸術家なんてさ、職安に求人出てないでしようよ」タカシは呆れた。


「困難な道のりだと思いますが、頑張ってください」

相談員が気の毒そうに言った。


「そんな答えじゃ、テストした意味ないでしょうよ。職安の検索サービスで探せるものの中から答えを出してくれないと。あんたが言ったように芸術家になるのは困難だってそんなことはわかってんだよ。そんなおっきなこと聞いてんじゃないんだよ。人間関係がうまくいかずに仕事を辞めたの。次はパワハラを受けない職場を紹介してほしいの」

「わたしはいつでも相談に乗ります」

「話になんねえじゃんかよ!!!」

「そう言われましても。人生は先長いですから。短気を起こさずあきらめないでください」

「だからよーそういう、ポエムみたいなのが大っ嫌いなんだよ。なんでバカばかりなんだよ。どうせ、谷川俊太郎と相田みつをの区別もつかねえんだろ?」

「もう、やだよ。コンピューターしか俺をわかってくれねえじゃんかよ。俺はこれでもかってほど気を使って生きてんのに、どいつもこいつもなんでそんなにポンコツのまま生きられるんだよ。もう、来ねえよ」



タカシは外にでてタバコを吸った。

「くそったれ。なんでこの世の中こんなに狂ってやがるんだ?世間知らずに勉強を教わって、世間知らずに職業の相談をする。人生相談はだいたい詐欺師だ。ちくしょう。俺は今まで頭をたれるほどの人間に出会えたことがない、馬鹿ばかりだ。もう、人に気を使うのはやめだ」


職員がこっちに向かってかけて来た。

「おーい、職安の会員カードをお忘れですよー」

タカシはタバコを投げつけた。


「あーあ、ふりだしに戻っちまったな。なんにもないなー、俺には。なんでこんなところにきちまったのだろう。生きててしょうがないな。もういいや、やりたいことをやろう」


ということで、タカシはタップダンスを習いにいった。あまりにも現実は受け入れがたいから美しいものに触れたかった。子供のころ『雨に唄えば』が好きだったからひらめいたのだ。

タップダンスを始めたら考え方が変化してきた。


仕事しかしていなかったころは好かれる努力をしているのにパワハラされて、人間関係は嫌なものだと思っていた。しかしタップをやってくにつれて、仲間が努力を認めてくれてうれしくなった。会社では認めてもらえることなどなかったのに。ちがう世界に行けば人間関係もちがうということがわかった。

いまは会社というものはこういう世界なのだと距離をもってつきあえる。

いやではあるがなんとか生きていける。


「いままでは俺のことを嫌いだと思ってるやつにまで好かれようとして努力していたんだね。好かれればパワハラされないだろうと考えがおかしくなっていた。好かれようとがんばるからナメられる。ナメられるから行為がエスカレートする。クソヤローって言えば解決ついたんだ。こんな簡単なことがわからなかった」

タカシはなぜパワハラされたのかということへの答えがでたことに少し震えた。

「どんなにいい人間であろうとしても全員に嫌われないというのありえないのだ。パワハラされたら不愉快ですといまなら言える。俺はタップの仲間に好かれているから嫌いなやつにまで好かれようとしなくていいんだ」


ある日の練習がおわって外に出たら雨がふっていた。傘をさしたが、どうせ濡れてしまうだろうと思った。

ジーン・ケリーのタップダンスを思い出したので傘をとじて、踊ってみた。

雨の中で踊るというバカバカしさにやればやるほどおもしろくなってきた。

「あーめ、あーめ、もっとふれー!!はは、チョー楽しい!生きてるって感じ!」



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