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デイアフターに少女は生きる  作者: 秋月散花
9/10

野生

 まだ、太陽は昇りきっていない。黒い軽自動車は、軽快に通りを走り抜けていく。


『まもなく、長野県と群馬県の県境です。軽井沢の観光はもうよろしいのですか?』

「観光目的じゃないからね、とっとと行こう」


 遠く、雲の切れ目に、黒い点がいくつか走るのが見える。昨晩、自分たちを襲ってきた連中と同機種だと、サイカは顔を強ばらせる。


「この一帯、だいぶマークされてるみたい。気を付けないと」

『ええ、距離は近くありませんが、動体センサーにも反応があります』

「意地でも逃がさない気だね」


 入り組んだ古い住宅街に入り、神社の階段の前を走り抜ける。都市部から離れているだけに放置車両は少ないが、皆無というわけではない。乗り捨てられた自動運転車達が、雨風にされされ、錆が浮き、朽ちてぐったりと路面の隙間から生えた雑草に埋もれる姿は、どこか物悲しさも感じさせる。


『自動運転車は、こういう時に何の役にも立ちませんからね。自分で運転出来ないと』

「私には便利さなんて分からないけど、助かってるよ」


 雑草が、走り抜ける車に向けて手を振るように揺れた。


『県境を越えました。山場は過ぎましたね』

「いや、これから「山場」に入っていくんだよ。うわぁ、また峠道か、疲れるなぁ」

『碓氷峠ですね。峠道の中間を過ぎあたりに鉄道橋が見えるはずです。その辺で一旦休みを取ってはいかがですか』

「うん、わかった。そうする」


 サイカは、車の速度を緩めずに峠道へと進む。木々のアーチを潜り、落ち葉の絨毯を巻き上げる。


『せっかくですから、テールスライドの練習をしておいたらいかがでしょうか?』

「うん、分かってる」


 ヴィーは、嬉しそうにうぉんと唸り、地を蹴った。

 落ち葉の覆われた路面では、よく滑る上にスキール音も少ない。スリップの危険性は増すが、機械人形の索敵に引っかかる可能性も下がる。

 秋の紅葉がチラホラと舞う中、黒い軽自動車は峠道を駆けていった。


『お昼ご飯などはどうされるおつもりです?』

「ペミカンは食べちゃったからね、この辺りに鹿はいるのかな?」

『そうですね......、野生動物の事故もおおいようなので、いるでしょうね』

「いつの話よ。私ら以外、ほとんど人間なんて居ないのに」

『データが古いんです、十年ほど前の話ですよ。人がいなくなった今なら、もっと野生動物が増えていてもおかしくありませんよ』

「あぁ、そうか、そうだよね。じゃあ、そのてつ、どうきょう? が見えたら、そこら辺で狩りをしよう」

『承知しました』


 走ること数十分。視界が開け、大きなカーブが見える。ガードレールの向こうには、ところどころ苔生した赤いレンガの橋が見える。


『見えました。鉄道橋ですね』

「そこら辺に停めて、山に入ろう」


 秋のはじめとは言え、山には暑さが残る。山は、湿気を帯びた風によってざわざわと揺れた。

 サイカは、村田銃を担いで山の中へと入っていく。サンクもそれに続いた。


「もう、食べ物のストックがほとんど無いからね。あぁ、お米が食べたいなぁ」

『今となっては、穀物も贅沢品ですね』


 ぼやきながら歩き、見晴らしの良さそうな斜面を見つけると、そこに座り込んだ。銃身に縛り付けたマチェットの縄を解くと、今度はそれを十字になるように当て、改めて縛り始める。


『何をしているんです?』

「一脚になるかなって」

『なるほど』


 いぼ結びと呼ばれるロープの結び方だ。ささっと縛り終えたサイカは、マチェットの刀身を地面に突き立て、その場に伏せる。


「うん、いい感じ」

『ちょうどいい所に、なにか来ましたよ。正面です』

「え、どこ?」

『もう少し上です。木陰に、ほら。長い角を持つ鹿が』

「あ、ほんとだ。スコープ無いけど、当たるかな?」

『え、無いんですか?』

「車に忘れてきちゃった」


 村田銃の照準器で、遠くの木陰に動く動物を捉える。


「風は?」

『東向きに、約1.5メートル毎秒』

「ありがとう」


 風向きと共に距離も鑑みて、少し修正し、引き金に指をかける。


「......ふぅ......」


 深く息を吐き、引き金を引く。ずどんっ、と、低く鋭い発砲音が響き、スパイシーな硝煙の香りが、辺りに漂う。

 薄い白煙がふんわりと散ると、斜面に横たわる目標が見えた。


「当たった?」

『えぇ、仕留めました。行ってみましょう』


 サイカは、いぼ結びを解き、マチェットを畳みながら立ち上がった。


 ――首に弾を受け、死に瀕した動物は、身を起こそうと脚を震わせていた。近くに来ると、それがこれまで見たことの無い動物であることに気付く。

 二メートル近くあり、ガタイのいい体躯に、クリーム色に近い体毛。何より、捻れ、鋭く尖った角が、鹿のそれとの明らかな違いを物語っていた。


「で、でっかいね」

『イランドのようですね......、鹿ではなく、アフリカに生息する牛の仲間です。どうしてこんなにところに......』

「牛? じゃあ、おいしいんだね」


 自身の体の二倍以上もある巨体に、顔を引き攣らせていたサイカだったが、「牛」と聞いて顔に笑みを浮かべた。何も言わずにナイフを抜く。


『イランドほどのイキモノなら、十一ミリと言えど一撃では倒れないと思うのですが......』

「普通の弾ならね」


 鋭いナイフでイランドの首を突き刺し、息の根を止めたサイカは、穏やかな表情を浮かべ、イランドの首の銃創を撫でた。


『普通の弾ではないのですか?』

「うん、今朝早起きして、二発だけ作ったんだ」


 振り向いたサイカは、ポケットから一発のライフル弾を見せる。

 サンクも、メインカメラを収縮させ、弾丸を分析する。


「一撃で仕留められるように、工夫したんだよ」

『鉛のリード弾ですか......これは、この形はサイカ様が考案されたのですか?』

「そうだよ。いい具合に効果があるみたいだから、また作ってみるよ」


 手作りながらの少々歪な弾頭だが、普通のライフル弾と違い、先端が内側に窪んでいた。俗に、ホロウポイント弾と呼ばれる弾の形状だ。


「鉛は柔らかいからね、当たったあとに貫通すると一発じゃ足りないけど、これなら貫通しないと思ったんだ。でもどうやら、貫通しちゃったみたいだけどね。炸薬が多すぎたかな」


 イランドの首を抱き、反対側の銃創をサンクに見せる。血にまみれた首は、酷く抉れ骨まで見えるほどの傷を負っていた。


『なんと』

「おっかないでしょ。でも、これでご飯にありつけるんだからね......味わわないと。手が空いてたら、私これ解体するから、木の棒を組んで燻製器を作ってくれない?」

『承知しました』


 手際よくイランドを解体したサイカは、持ちきれる分だけの肉を抱え、サンクが組んだ即席の燻製器にセットした。残りのイランドの体は、自然に返すために程よく落ち葉と土をかけて安置した。

 煙を炊き、肉が燻製になるのを待っているあいだに、サイカは水を汲むために少し山を下ることにした。サンクをその場に残し、ペットボトルと鍋、備長炭の箱を抱え、うんしょうんしょと斜面を歩く。


「お、小さいけど、この川でいいかな」


 ペットボトルの底を切り、ポケットから引っ張り出した布切れを詰める。その上に備長炭を敷き、砂利をサッとすすいで流し込む。最後に布でフタをし、簡易浄水器の完成である。これで水に混じった不純物を越しとり、煮沸消毒をすれば、飲水として利用出来る。

 水筒いっぱいに組んだ水を、浄水器に注ぐ。そして、それを空の鍋の上にセットした。

 そのとき。


「......ん?」


 近場の岩に腰掛けたサイカは、ふと嫌な予感に駆られ、川の下流に目をやった。

 遠く、流れの急な岩場で、何か殺気に似た気配を感じる。風が吹き、木々が揺れるだけなのに、この得体の知れない殺気は何か。

 ふと、先程仕留めたイランドの姿が頭をよぎる。


「火......火だ」


 サイカは、手頃な木の棒を拾い、残りの布を巻き付けた。そして、マッチで火をつける。


「油は無いけど、これ自体無いよりは......」


 村田銃を握る手に力が入る。

 その時だった。背後から木の葉が擦れる音が聞こえた。サイカは反射的に振り向き、村田銃の銃口を向ける。

 そこに立っていたのは、サイカと同等の身長の斥候専用軽機械人形、Qk-11だった。オリーブ色に塗られた華奢なボディに、アンバランスなほど巨大なカメラを単眼で、頭部に装備している。右腕には、ククリのように歪んだ形状のブレードが、折りたたまれている。胸部には、赤い星が描かれていた。

 Qk-11は、単体で、既にこちらを捉えている。慌てて村田銃を構えるが、松明が邪魔だ。松明から手を離すが、サイカが銃を構え直し、照準を合わせるよりも、Qk-11がブレードを構えて走り出す方が速い。


「うわぁっ」


 左側に転がり込んで回避する。頭上をブレードが掠めた。Qk-11が、倒れたサイカにメインカメラのピントを合わせ、ブレードを振りかぶる。

 そして、そのブレードが振り下ろされようとした、その刹那。白く大きな影が、音もなくQk-11のボディに飛びかかった。

 金属が砕ける鈍い音と、獣の唸り声が鼓膜を震わす。


「何!?」


 ふと我にかえり、音のする方に視線を向けると、そこには、動かなくなったQk-11を制するように踏みつける、白と黒のストライプ柄の獣がいた。初めて見る猛獣に、サイカは身を固めることしか出来なかった。

 銃口を向けなくては死ぬ――しかし、銃口を向ければ死ぬ。そんなジレンマを胸の内に湛え、ただただ村田銃を握りしめた。

 強気でいながら、怯えが隠せないサイカに対して、猛獣は余裕のある目付きだった。睨みもせずとも、目の前の人間は、見るだけで怯える。猛獣は、ゆっくりとサイカのすぐ側をすり抜け、森の中へと消えていった。


「......あ......」


 サイカは、その場にへたり込んでしまう。殺気は消え、目の前にはズタズタになった機械人形の残骸が転がるだけである。

 これまで、自分よりも強大な気配を持つものに会ったことがなかった。まさか、蛇に睨まれた蛙の如く、何もなすことが出来ないとは、思いもしなかった。

 サイカは乱れた呼吸を整え、村田銃を杖にして立ち上がった。浄水器の水は、全て鍋に落ちきっていた。

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