表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デイアフターに少女は生きる  作者: 秋月散花
7/10

夜戦

 サンクの動体センサーが、山間を飛行する大型の物体を捉えたのは、時刻午後九時を回った頃だった。その頃には、運良く雨も止み、空には満点の星空と、大きな丸い月が浮かんでいた。

 このご時世、飛行機を動かす人間がいないとなれば、その正体は唯一無二である。ぼぼぼ、と、低く唸るような轟音を、サイカは背に聞いた。同時に、助手席にすっぽりと収まるサンクが、びぃびぃっと、軽いブザー音を鳴らす。


『三時方向上空、高度約百十フィートで飛行中の機影が、複数接近中。距離はおよそ三百、機械人形とみて間違いないでしょう』

「正確な数は?」

『ただいま確認中です』

「ヘッドライトで見つかったのかな......サンク、このまま運転するから、目になってくれない?」


 サイカはヘッドライトを消す。目の前には、夜空から降り注ぐ月光に照らされた、狭い峠道が続く。肉眼でも目を凝らせば見えないこともないが、ずっとそうして走るのは難しい。そして都合の悪いことに、サイカは今日初めてマニュアル車の運転席に座ったビギナーである。


『運のいいことに、まだ気付いてはいないようです』

「止まってやり過ごす? 降りて戦うのは部が悪いよ」

『エンジン音で嗅ぎつけたのでしょう、今止まればすぐに見つかります。撒くしかないでしょう。それか、広いところまで誘導してから戦うか』

「いずれにせよ、止まれないってことだよね。分かった。頑張ってね、ヴィー」

『ヴィー? 誰です?』

VIVIOCC(六六〇馬力)だから、ヴィー」

『アルファベットとかギリシャ数字より先に、日本語の読み書きを覚えてほしいですね......解析結果出ました、接近中の飛行型機械人形の数は二体です』

「ありがと。うーん、二体かぁ......」


 サイカは、人差し指でステアリングをとんとんと叩くと、クラッチを踏みギアを四速に入れる。エンジンが吹上がり、軽自動車、ヴィーは、そうでなくちゃとばかりに加速する。


『ヘッドライトを消して正解です。運良く車体も目立たない色だし、何せ山道です。このまま行けば、見つからずに山を抜けられるでしょう』

「うん。頑張るよ。でもほら、前が良く見えない」

『いくら私が機械人形と言えど、ふたつに注意するのは不可能ですよ。CPUをふたつ積んでいるわけではないのですから』

「なにそれ」

『いや、メカニカルジョークじゃないですよ。脳みそが二つあるわけじゃないってことです』

「メカニカルジョークじゃないか」

『まぁ、あんまり高性能ってわけじゃないって考えていただければ......』


 未だにヴィーを視界に捕えられずにいる二体の飛行型機械人形は、ある程度の距離を保ちながらあとをつけてくる。


『三秒後に左に緩めのヘアピンカーブ。テールスライドは出来ますか?』

「さっき教えてくれたやつでしょ? できるかな」

『コーナーを脱出する時に、出来るだけフロントを前に向けるんです。さぁ、行きますよ。二、一、今』

「よっ」


 サイカはサイドブレーキを引き、ハンドルを投げるように回す。ヴィーは勢いを殺さずに、コーナーの濡れた落ち葉の上を滑る。


『カウンターを当てて、コーナーを脱出します』

「はいよっ」


 けたたましいスキール音が山間に響き渡る。それを聞きつけた機械人形が、先程のコーナーを調べ始める様子を、サンクは見逃さなかった。


『彼らの集音器は、それほど性能が良くないようです。CPUの方も』

「つまり、連中は耳も悪いし頭も悪いってこと?」

『そういうことになります』

「なるほど。じゃあ、飛ばしていくよ」


 テールランプが残光を引き、小さな車体は闇に紛れて狭い道を走り抜ける。

 スムーズなシフトチェンジを繰り返し、次々とコーナーを滑り抜けていく。その度に、豪快なエンジンの咆哮やスキール音につられて、機械人形が滑るようにあとを追ってくる。


『いい調子です。次のコーナーを曲がれば、下りに入ります』

「分かった。もっと飛ばしていこうか」


 サイカはぐっとアクセルを踏み込む。ぼんやりと、錆びかけたガードレールが近付くのが見える。


『今です。減速してギアを二速に』


 反射的に体を動かすサイカ。しかし、ギアは二速に入らない。がりがりと音を立て、強い振動の後に、車はスピンして止まってしまう。


「あっ、なにこれ、嘘でしょ」

『立て直してください。エンジンをかけて、早く!』


 ヴィーは唐突にエンストした。クラッチから足を離すのが早すぎたのだ。フロントガラスに、こちらに近付く黒い影が、星空を覆うのが見える。

 クラッチを踏み、エンジンをかける。ギアをバックに入れ、勢いよく後進してから切り返し、そのまま下りのカーブを滑り降りた。スーパーチャージャーの甲高い音が、大気を貫く。


「ごめん、大事なときに」

『大丈夫です、失敗はするものですよ。人間だもの』

「なんかおちょくってない?」


 コーナーを脱出すると同時に、頭上でドロドロと低く、連続した破裂音が轟く。飛行型機械人形の、パルスジェットエンジンの音だ。


『完全に捕捉されましたね......本格的にまずい事態になりつつあります』

「仕方がないから、私は運転に集中するよ。サンク、応戦できるかな?」

『九ミリでよければ』

「充分だよ。行こう」


 サイカは、ヘッドライトを灯し、アクセルを力強く踏み込んだ。再び、ヴィーのスーパーチャージャーが、空気を切るサイレンのように叫ぶ。

 サンクは助手席の窓を開け、短機関銃を備えた細い腕を車窓から外へ伸ばす。


『十分ほど走れば、峠道が終わり民家の集落に出ます』

「了解。後ろは頼んだよ」

『はい、おまかせください。サイカ様』


 頭上を飛翔する機械人形が、布を引き裂くような射撃音で、機関砲を撃つ。車を掠め、地面に当たる弾丸が落ち葉を撒き散らし、ガードレールを吹き飛ばした。

 サイカは車体を左右に振り、それを巧みに躱す。サンクは、短機関銃を上空の影に向け発砲し、バルカン砲の掃射を阻止する。


『どうしてミサイルを使わないんでしょうか。あのモデルなら搭載してるはずですが』

「知らないよそんなの。使わないでくれてるだけありがたいと思うよ」


 ヘアピンカーブを鮮やかに滑り降りるヴィヴィオ。巻き上げた落ち葉を、機関砲の弾丸が細切れにする。


「......今思ったんだけど、この道って一本道だよね?」

『はい、脇道はございません』

「あっちにバレたんだったら、峠の出口に味方が行ってるんじゃないかな?」

『......その可能性は無視できませんね』


 サイカは、サイドウィンドウに目をやる。暗い森だが、意外と木の密度は高くないようである。


「......ちょっと揺れるかもしれないけど、落ちないようにね」

『何をされるおつもりです?』

「ちょっと、無茶」


 サイカは、森の中へとハンドルを切った。車体はガードレールの切れ目をすり抜け、斜面を跳ねながら駆け下りる。


『サイカ様、流石にやりすぎです! ボディが歪んでしまいますよ!』

「この車なら大丈夫!」

『私のボディの話ですよぉ!』


 突然道から姿を消した車に、飛行型機械人形は困惑していた。その場でゆらゆらとホバリングしている。


「これだけしか離れてないのにっ......もう音が聞こえなくなるなんてっ......昔の最新技術っていうものは、本当に迷惑だねっ......」


 ガクガクと揺れる車内で、サイカはいつも通り、悠長に喋る。むしろサンクの方が、切羽詰まっている様子である。振り回され、ちぎれそうな細い腕を急いで車内に引っ込める。


『いくらなんでもこれはっ、危険すぎます! 撃たれなくても事故で死んでしまいますよ!』

「そんなヘマはっ......しないよ」

『方向が合っているのはせめてもの救いですが......近道どころか、けもの道すらないじゃないですかぁ!』

「いいんだよ、伊香保にさえ着けば!」


 サイカは、木々を器用に避けて、すり抜けるように坂を下る。助手席のサンクはというと、からからと合成音声で悲鳴を上げるのみだ。

 一人と一体を乗せた黒い軽自動車は、夜の黒い山に紛れて消えていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ