ビデオレター
M67型は沈黙した。ぷしゅうと、背中に備えられたダクトから最期の息を吐き、ゆっくりと機能を停止した。
メインカメラを潰され機能を停止したF2型にもトドメを刺した。軍用など、殺傷武器を搭載できるロボットは、カメラが潰された時に味方を誤射しないように自動で機能を停止するようにできている。と、いつだかサンクが言っていた。
「ここ、どうやら連中にバレてるみたいだね。長居せずに出ようか」
『同感です。何か使えそうなものをいただいて、出発しましょう。もう、ソケットに油を注がれるような思いはしたくありませんしね』
「なにそれ」
『人間が言うところの、「寝耳に水」でしょうか。機械人形なりに表現してみたんですが、いかがですか?』
「うーん、ちょっと分かるかも」
『それは良かったです』
建物に、食料や生活必需品の類は一切残されていなかった。持てるものは全て持っていったようだ。使えるものといえば、まだ使えそうな工具のようなものが多少残っていたが、どれも既に所持しているものなので持っていく必要が無い。
「これは、タイヤ痕? 二輪......バイクかな?」
倒壊しかけた建物から出て初めて気が付いたが、サイカが蹴破ったガラス戸のすぐそばから、敷地内を横断して通りに出ていく二輪のタイヤ痕が見られた。残留していた工具で、自らの整備していたのだろうか。
しかしながら、車の整備などを行うピットはシャッターが降りており、鍵が見つからないので開けることが出来なかった。自作のパイプ爆弾を使うことも考えたが、建物が限界なのでそれは諦めた。
その他に気になることといえば、敷地の裏側に、動作を停止した数体の軍用機械人形が放置されていたことだった。すでに故障しているようなので、特に問題があるわけでは無いのだが。先程の襲撃は、これによるものか、と、サイカは考えた。
サイカがタイヤ痕を辿ってうろうろしていると、サンクはゴミ箱から、小さな銀色の機械を見つけてきた。
『サイカ様、ビデオカメラです。まだバッテリーが残っています』
「これ、機械人形の目じゃないの?」
『映像や写真を画像データとして記録することに特化した、市販のモデルですね』
「そうなんだ。じゃあ、中に何か映像が入ってるの?」
『はい。この中には、二百件ほどデータが保存されているようです。見てみますか?』
「うん、開いてみて」
サンクが器用にカメラを操作すると、日付で並べられた動画ファイルがずらっと表示された。サムネイルはどれも、髭面の男性がカメラ目線で座っている画像になっている。恐らく、カメラの持ち主だろう。
『全て見ていたら日付が変わってしまいます。とりあえず、一番新しいものを再生します』
「その、一番新しいのっていうのは、いつのなの?」
『えー......これは、二週間前ですね』
「見てみよう」
サンクは、映像を再生する。すると、髭面の男が薄暗いサービスルームの室内で、荷造りをしながら一人で喋っている様子が映し出された。
『よう、カメラを拾ったそこのお前。どうせ一番新しい動画しか見ねえんだろうからな、挨拶をしておく。俺はオオツカケンジだ。今日は、二〇七九年九月五日、で合ってるか? 合ってるな』
そんなカバンのどこに、それほど詰める場所があるんだと言いたくなるほど、男はひたすら、大量の保存食のパックをカバンに詰めていた。時折カメラに向き直って、強調して発言したりする。
『一度ここは襲われちまった。ここはもうだめだ、奴らはまたここに来るだろう。俺はこれからバイクで、ダチがいる伊香保に行く。もしお前に行く宛がないなら、俺を追ってくるんだ。口をきいて、仲間に入れるよう説得する。足が無いなら、ここにある植木鉢の下を漁れ』
男は、ガラス戸のすぐそばにある観葉植物の鉢を持ち上げ、下から百円硬貨一枚と、五十円硬貨を取り出してみせる。
『こいつを使って、そこにある自販機でウェリントンの炭酸水を買うんだ。自販機だけは、動くように太陽電池と接続しておいたからな。出てきたペットボトルの中に、ピットの鍵が入ってる。俺が整備した車を動く状態で置いていくから、自由に使え。回りくどくって悪いな、こうでもしねぇと、奴らにバレちまうんだ。それじゃあ、時間が無いからそろそろ終わりにする。続きは会ってから話そう』
そう言って、男はカメラに手を伸ばした。男はそのまま荷物を背負うと部屋の外に出て、カメラを置き、バイクに荷物を縛り始めた。
カメラを持ち映像を見るサンクが、ドイツのメーカーの古いバイクだ、とはしゃぐ。
『それじゃあな。幸運を祈るぜ』
映像はそこで終わった。
カメラの電源を切り、それを元あったゴミ箱の中に隠したサイカは、倒壊しかけのサービスルームへと戻る。
「いかほ、ってどこにあるの?」
『群馬県の渋川市にある観光地です。温泉が有名ですね』
「温泉!」
サイカは目を輝かせて喜ぶ。
『サイカ様はお風呂好きですからね......それにもう長いこと、まともにシャワーも浴びていませんよね?』
「そう、前に浴びたのは、この間の雨の時じゃなかった?」
『ええ。遭難する前ですね。まさか道のど真ん中で服を脱がれるとは』
サンクが喋っているあいだにも、サイカは既に植木鉢の下から硬貨を見つけていた。
「なんて言ってたっけ、ウェリントンの炭酸水?」
『はい。三段目にある赤いラベルのものですね。あ、硬貨は右端の細長い穴に入れてください』
サイカは言われた通り、自販機に硬貨を投入する。しかし......。
「んーっ......んーっ!」
『サイカ様、その......手伝いましょうか?』
「大丈夫っ......、届くもん......っ、ふんっ! あっ」
サイカは無理に背伸びをしたので、体勢を崩して尻もちをつく。
「いたた......」
見かねたサンクは、何も言わずにウェリントンの炭酸水のボタンを押した。