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デイアフターに少女は生きる  作者: 秋月散花
2/10

灯火

 すっかり日は落ち、夜の風が吹き始めた。このあたりはまだ電気が来ているのか、街灯がちかちかと点滅している。

 目的のガソリンスタンドはというと、見る影もないほど廃れていた。

 大手企業の看板は無残にもサビに侵され、もはや元の色を見てとることすら難しい。かつて、毎日多くの車がガソリンを求めて出入りしたであろう敷地の地面も、瓦礫に溢れるどころか抜け落ちた天井に星が望めるという有様である。

 それに引き換え、比較的サービスルームの建物自体は綺麗だった。ところどころガラスが割れているようにも見えるが、一晩寝泊まりするのにも遜色ない程である。


『建物内や近辺に、動体反応や生体反応、機械人形の反応はありません。安全かと』

「うん、ありがとう。じゃあ、中に入って、今日はここで夜を越そうか」


 サイカは、手に持った村田銃を再び背負い、がたつくガラスの扉を引いた。

 マッチを使ってランタンに火を火を灯し、カウンターの上に置くと、狭い室内がぼんやりと明るくなった。


「サンク、窓のスクリーンを下ろしてくれる?」

『その必要は無さそうです、サイカ様』

「え、どういうこと?」


 サイカが振り向くと、ガラスの窓は全て、内側からダンボールで覆われていた。


「ここには人がいたことがあるってことかな」


 ダンボールを窓に貼り付けることで、中の様子を伺うことが出来なくなる。人の物資を狙う悪党や野生動物などには、悪くない手段だ。

 しかし、旧式の警備用機械人形であるサンクでさえ、動体センサーや生体センサーを搭載しているのだ。人間に危害を加える軍用機械人形相手には、このような対策はあまり意味をなさないが、無いよりはマシである。

 壁際には柔らかそうなソファと机があり、自動車用品の広告や冊子がシェルフにセットされている。清涼飲料が中心に売られている自動販売機は、まだ動いていた。

 机の上には、缶詰の空き缶や、保存食のパックが放置されていた。手に取り、それを持ってランタンに歩み寄る。


「んーと......しょうみ、きげん」

『あれ、サイカ様、読めたんですか?』

「いや、賞味期限くらいは読めるようにならないと、苦労すると思って」

『覚えたんですね。なんと勤勉な』

「ばかにしてる?」


 サンクは、まさか、と言って、カメラをふるふると横に動かす。


「まぁいいや、サンク、今日は何日?」

『本日は、西暦二〇七九年の九月十九日になります』

「あれ、まだ切れてないんだ」


 人類が機械人形によってこの世界から排斥されて、既に七年が経った。新しい食物が生産されなくなってからも、同様だ。

 持ち歩いている保存食は全てサイカ自ら調理したものだが、まだ食べられる人工食料が残っていたことは、サイカにとっても驚きだった。建物内の自動販売機だって、硬貨があっても買う気にはならない。壊そうと思えば壊して中身を出すこともできるが、出したところで飲む気にはならない。


「しかもこれ、まだあと三年は持つじゃん。うわぁ、羨ましい」

『合成保存料の塊でしょう、お体にはあまり良い食べ物ではないかと......まだ残っているようでしたら、少し分けていただいたらいいのでは?』

「いや、それは無理だと思う。それに、前の住人はもうここを出ていってる」


 あちこちホコリが積もっている室内だが、窓際の床に、さつまいものような形にホコリが積もっていないところがある。恐らく、ここに長く寝袋を敷いていたのだろう。

 そして、さっきの抜け落ちた天井。そこに、丸い穴が細かく空いていたのも気になる。弾痕だと思って間違いないだろう。


「きっと、機械人形に襲われて、ここを出たんだと思う」

『なるほど。明日の朝、明るくなってからまた調べてみたら、何か分かることがあるのではないでしょうか?』

「そうだね、今日はもう寝ようか」

『晩ご飯は、お召し上がりにならないので?』

「うん、今日はちょっと、疲れちゃったから」


 サイカはコートと帽子を脱ぐと、ソファに横たわった。栗色の髪が、ふんわりと乱れる。横になったままタオルケットをリュックサックから引っ張り出し、華奢な体を埋めた。


「久しぶりに、屋根のあるところで眠れるね」

『そうですね、サイカ様。見張りの方は私に任せて、ごゆっくりおやすみください』

「そう、ありがとう......じゃあ、お言葉に甘えて......ふわ、ぁ......」


 静かな湖の水面を風が優しく撫で、その波紋が広がるように、じわじわと、眠気が全身に満ちていく。


「おやすみ......サンク......」


 七年、親抜きで、幾度となく死線をくぐり抜けて来たとはいえ、サイカはまだ子供だ。本来なら、学校で机に向かい、銃やナイフではなくペンを握っているはずの年齢である。その寝顔は、まだあどけなさの残る少女の、安らかな、幸せがこぼれ落ちそうな相形だ。

 サンクは、サイカの寝顔を無機質な視線で眺める。

 サンクは、機械人形に関する条約の改正によって、廃棄処分される予定だった旧式の警備用機械人形だ。しかし、サンクが勤めていた大企業の下請け会社を経営していたサイカの父親に救われたのだ。

 主従関係の枠を超え、良き友人となったサイカの父からサンクは色々な話を聞き、無駄話も真面目な話も、それらは全てサンクの記憶媒体へと蓄積されていったのだ。

 それが、こういう形でサイカを守ることになるとは、恐らくサイカの父も思わなかっただろう。

 サンクは、短い脚をドラム缶のようなボディに収納し、ソナーと動体センサーのみを起動させた状態で、省エネモードへと移行する。

 メインカメラをとじた。


『おやすみ、サイカ様』


 一人と一体は、ランタンと優しい灯りに包まれ、幸せな眠りへと沈んでいった。

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