第一章 魔導戦 VS希 二回戦目
最近ますます暑くなってまいりました。
皆様、体調管理だけはしっかりなさってください。
それでは、ご覧下さいませ。
「な、なんなんですか、あれ……!?」
望は半ば信じられないといった様子で口を戦慄かせ、目を見開いている。
「うーん……〈世界〉の加護、かな?」
果琳も詳しいことはわからない、といった様子でお手上げのジェスチャーをした。
二人の視線の先では、一組の男女が踊っていた。
正しくは、踊るかの様に死闘を繰り広げていた。
「はぁぁぁぁぁぁっっ!!」
希が薄紫色の袴を翻し、刺す様に繰り出される回し蹴りは苛烈な踏み足。
「……」
対する貴己は冷静に左上腕で防御、伝わる衝撃も意に介さず、即座に反撃の刺突で以て応じる。
希は体を少し反らすだけでそれを躱し、間隙を縫う様にして貴己の空いた胴へ正拳突きを放つ。
が、貴己もそれを読んでおり、承知とばかりに待ち受けていた左掌へ吸い込まれていく。
互いの吐息が届くほどに密着した状態。
膠着すると思いきや、希が凄まじい体勢から蹴り上げを放つ。
が、その前に貴己が希を跳ね飛ばし距離を取る。
目まぐるしい刹那の攻防。
二人は引き寄せられ、反発しあいながら互いの元いた位置へと移動していた。
幾度とも知れぬ対峙をする。
今度は貴己が仕掛けていく。
希もそれに応じる。
貴己の初動は右から大きく振られる水平斬り。
希はそれに対応し、元より低くしていた体を更に低く、滑り込むようにして近づいていく。
また、撃ち合いが始まる。
ただ肉と肉、骨と骨がぶつかり合う音が響く。
時折、どちらかが己と相手に喝破をかける様に裂帛の気合を放つだけだった。
息もつかせぬ攻防を幾度となく繰り返す肉弾戦。
それはただの手合わせと呼ぶには余りに過激で野蛮で、けれど美しく、舞踊のようで。
「なんで……」
どちらも本気で相手を殺そうとしている。
望にはそうとしか感じられなかった。
けれど、そのどちらもが、楽しげだった。
顔は真剣味そのものだけれど、この死闘を心の底から楽しんでいるような、そんな気がした。
「貴己はね、十分間だけ無敵になれるの」
望の漏らした声を聞いていた果琳が、貴己たちの死闘を眺めながら喋り出す。
「貴己はきちんとした魔法や魔術は何一つとしてまともに使えない。けど、どんなに強大な敵が相手でも、最後には勝っちゃうの」
「なんですか、それ……」
「私にもよくわからないんだ」
果琳が苦笑する。
「けど、これだけは言える。きっと世界が相手でも、貴己は負けないよ」
果琳は冗談でも何でもなく、本気でそう思っている。
「…………」
望は沈黙を返すしか無かった。
目の前の状況が信じられない。
信じたくない、という方が近いかも知れない。
何故なら、今、目の前で繰り広げられている光景がすでに信じがたいものだった。
希と魔導ありで肉弾戦をしている。
しかし防戦一方であったり押され気味でもない。
そもそも互角に戦えている時点でおかしいのだ。
それなのに寧ろ、段々と貴己が押しているようにすら思える。
たとえ魔法が効かないとしても、希は自分自身や、床に白の魔法をかけている。
本来であれば貴己はその場から一歩も動けず、希の姿を視認することすら能わない。
魔法や魔術を使わないのなら、ただの生身の人間であるはず。
生身の人間が希と肉弾戦で張り合うことなど、物理的に不可能であるはず。
けれど、貴己は今もああして希と死闘を繰り広げている。
完全に理解の範疇を越えていた。
「もう終わらせないとだ」
不意に果琳が呟いた。
二人が第二戦を始めてから、十分が経とうとしていた。
「う、おおおおおおおおおおお!!」
時間が迫っている事を理解しているのであろう。
貴己が一際強く、咆哮する。
肺腑の底から湧き上がる、全霊の闘志。
「…………ッ!」
希はその威勢に気圧されぬ様、今一度身構える。
しかし裂帛と共に大きく踏み込んだ貴己が放ったのは、先ほどと変わらぬ右水平斬り。
希はここが好機と踏み、一気に距離を詰めていく。
このまま貴己の放った木刀は空振りに終わり、希の一撃をモロに喰らうであろう、と望は思っていた。
それは、まさに希が走り出した瞬間。
希が木刀から目を離した瞬間、貴己は木刀から手を離していた。
そうして身軽になると、なんと自ら距離を詰め、ひょい、と足を希の前に出した。
突然の出来事に希は面食らう。
意識だけは反応できたが、しかし身体は追いつかず、つんのめってしまう。
が、そこは武芸者の端くれ。
体勢を崩しながらも背後へ振り向き、咄嗟の攻撃を防御しようとした。
しかし、倒れながら振り向いた希の視界に貴己の姿は無く−−−−−−−
「きゃっ!?」
不意に横から抱きかかえられた。
顔を上げれば、そこには貴己がいる。
貴己は希の背に右腕を回しながら、もう一方の手で希の喉元をトンと叩いた。
「俺の勝ち、だ。またやろう」
「…………」
希は呆気にとられた様に固まっている。
たっぷり十秒ほどそうしていたかと思えば、不意にその両目から大粒の涙がボロボロと溢れ出した。
「なっ……!? ど、どうした!? どっか痛めたか!?」
突然女の子が泣き出し、困惑する貴己に、希は泣きながらも首を振る。
「違う、んです。負けた、のが、ぐやじぐ、て」
未だ滂沱の涙を流し、嗚咽を漏らし、しゃくりあげながらも喋ろうとする。
「でも、優じ、ぐで、うれじがっ、だんでず……」
それは一人の少女の、心からの言葉だった。
心の底から渇望していて、そして齎された結果に安堵したからこそ、思いが形となって溢れ出た。
少年は知る由もないだろう。
目の前で泣き噦る少女の初恋の相手が、己自身であることなど。
少女が少年の記憶喪失という事実に打ちのめされそうになりながら、それでも思いを曲げることなく、健気に正面から向き合っていったことなど。
果たして、少女の答えは、
「変わっで、ながっだ……」
しっかりと出たらしかった。
「とりあえず落ち着こう? な?」
が、それは涙と鼻水で濡れに濡れ、おまけに貴己は動転しており、とてもではないが耳を傾けられる状態でない。
しどろもどろになりながらも、ハンカチを差し出した時、
「もしかして、貴己くんかい?」
バッ! と高速で振り返った先にいたのは、
「ああ、やっぱり。果琳ちゃんも久しぶり。って、希どうした?」
「ど、どうも……」
依頼主、中御門静であった。