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チェンジ ザ ワールド〈クロノスタシス〉− Change the World〈Chronostasis〉−  作者: めがわるいあきら
第一部 クロノスタシス〈Chronostasis〉編
2/33

序章 それは五日前

 

 三日月が細弓の様にしなびく夜。

 濃い射干玉(ぬばたま)の闇が一つ、京の街に()とされた。


「上を向〜いて、ふ〜んふ〜ん」


 すっかり寝静まった住宅街、その一角で帰宅途中のサラリーマンが歩いていた。

 上機嫌に鼻歌を歌いながら、愛する家族と我が家の元へその歩を進めて行く。

 飲み会でもあったのか、頰は赤く上気し呼気はかなりの酒気を帯びている。

 ふと、鼻歌を口笛に変え、なおも歩いていた男が立ち止まった。


「うん……?」


 己の目がおかしくなったのかと思い、男はまぶたを(こす)る。

 何やら、視界に小さく影が踊っているのだ。

 いくら酩酊(めいてい)しているといえど、視界がおぼつかないほどではない。

 だというのに視界から消えない影は一体何なのか。

 先日、医療系テレビ番組で目にした白内障かとも思ったが、男はそんな歳ではない。


(まぁ、そんな日もあるか)


 悠長に、そんな程度で事を考えながら瞬きを一つ−−−−−−−それが命取りだった。

 しかし無理もない。

 いつ起こるかもわからない異変に、咄嗟(とっさ)で対処するなど、常人にできる道理はない。

 (むし)ろそれが出来ないからこそ常人と呼ぶ、と言った方が正しいだろう。

 だから常人であった、不幸なサラリーマンは気づかなかった。

 影が目の前に迫っていることなど。


「うわああああああああああああっっっっ!?」


 男の悲鳴が住宅街の閑静な空気を(つんざ)いた。

 何だ何だと近隣住民が各々(おのおの)窓を開け灯りをつけるなどで様子を確認したが、人気もなく特に変わった様子は無い。

 大方の人間が、せいぜい若者の夜遊びの範疇(はんちゅう)であろう、と見切りをつけ早々に微睡(まどろ)みへと戻っていく。

 (わず)かに照らされた家の灯りも消え、まるで世界が男の事を忘れたかのように夜は更けていく。




 それは京都東山頂上に位置する蒼龍殿。

 京都の町並みを一望できるスポットとして、普段から人々に親しまれているそこは、しかしこの時間になると周囲は薄暗く、点々と設けられた街灯しか灯りの寄る辺が無い。

 麾下(きか)するべく広がる京都の街灯りはやけに遠く、京都駅周辺が一際明るく光っているのが見えた。


憑代(よりしろ)を見付き、ここへ至るまで幾星霜(いくせいそう)。我より他の一族は皆、既に彼岸へと旅立った。人の世とは常ならず(まこと)に不可思議」


 蒼龍殿の瓦屋根(かわらやね)。その破風(はふ)に何者かが鎮座していた。

 赤く妖しく光る瞳、ピンと張った背筋。

 重々しく開かれる口から(つむ)がれる音はとても現代の言葉遣いではない。

 夜闇に潜む何かを見出そうと瞳を()らすように、慎重に言葉を選び取る様はまるで、偉人が聴衆に語りかけている様で、荘厳であった。

 が、そこには誰一人の影も見られない。

 全くの独り言。


(しか)れど、最早そんな事はさはれとて。この世は元より(すべ)てまやかし、道楽と委細(いさい)無い。なればこそ今、百鬼夜行が(ようや)(きた)る」


 そんな事は、この者にとってはどうでもよかった。

 それは、誰も知る由のない決意表明。

 宣戦布告、もとい犯罪予告。

 一体(いく)らの時を費やせば、この世全てを道楽と割り切るまでに至るのか。

 理解出来る者は一人もいない。

 何故ならば、この者自身、そんな事を覚えていない。

 見てすらいない。

 ただ眼下に広がる京の街、そしてこれから起こり得る事に想いの全てを()せていた。

 手をかざし、京の街を手中に収め、グッと握り締める。


「さあ、幕開けだ」


 声音には少しの情色も含まれていない。

 極めて平静そのもの。

 しかしその口元。

 やけに赤い唇は、頭上に浮かぶ細三日月が如く、()(あが)っていた。

 一陣の生温(なまぬる)い風が山を駆け下り京の街へと流れていく。

 (ほとん)ど雨が降ることの無かった梅雨が明けようとする、初夏であった。


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