第七話 : あたし、もうだめかも
心が休まらない状況のことを『針のむしろ』というらしい。
まるで、今のあたしのためにあるような言葉だ。
「夕遊ちゃん。だいじょうぶですかぁ~?」
「……うん。もうだめかも」
真歩ちゃんがおにぎりを持ったまま心配そうな顔をしている。隣の祈里ちゃんもサンドイッチを膝に置いてあたしを見ている。あたしたちは今、校舎屋上のマットに座っていた。教室ではみんなの視線が痛すぎて、お昼ごはんを食べる気になれなかったからだ。
昨日の夜、あたしはお巡りさんに捕まった。
そしてすぐに学園長と校長先生、三沢先生が駆けつけて、さらに兄さんと朝ねえと千尋おばさんが呼び出され、みんなに応接室で囲まれた。ほんとにもう、穴があったら入りたいどころか、そのまま埋めてほしかった。
ちくしょー。お巡りさんが見回りするなんて聞いてないよ……。ぐすん。
「でもセンセイたち、あんまり怒ってなかったんでしょ?」
「うん。なんか逆に謝られちゃった。先生たちがあたしを疑ったせいで、あたしが犯人を突き止めようとしたって思ったみたい」
まあ、実際そのとおりなんだけど。
「でも、どうしてあたしが学校に忍びこんだことを、クラスのみんなが知ってたんだろ」
「それは山森胡桃のせい」
え? 急に祈里ちゃんが淡々といった。
「彼女の親は警察の偉い人。それで夕遊が忍びこんだことを知り、学校の端末でメッセージを書きこんでいた。だからすべての生徒が知っている」
「がはぁ……。もう学校中にバレてるのかぁ……」
ああ、なんてこったい……。
たしかに山森さんはおしゃべりな人だ。しかもうわさ話が大好きで、休み時間になるといつも誰かに話しかけている。彼女の席はあたしの右斜め前だから、あたしにもしょっちゅう話しかけてきた。だけど彼女の話は、誰かの悪口がとても多い。だからあたしは一度、彼女にこういった。
人の悪口は、あまりいわない方がいいんじゃない?
それから山森さんは話しかけてこなくなった。代わりに時々にらんでくる。よくわからないけど、ほんとにちょっと変わった人だ。
「つまり真犯人を見つけないと、あたしが犯人ってことになっちゃうのかぁ」
「わたしは夕遊ちゃんをしんじてまぁす」
「ワタシも」
どうしよう。二人ともいい子すぎて、ちょっぴり泣けてくる。
「だけど、真犯人ってなにがしたかったのかな? ロッカーを開けて、端末をシャッフルして、それになんの意味があるんだろ?」
「おそらく情報収集と、隠蔽工作」
へ? またもや祈里ちゃんが口を開いた。でも、こんなにしゃべるのは珍しい。
「犯人は電子ロッカーを解除して、誰かの端末の情報を手に入れた。だけど、一つだけ調べると操作履歴でバレてしまう。だからすべての端末を調べてごまかそうとした」
「操作履歴? なにそれ?」
これ――といって、祈里ちゃんが端末を差し出してきた。画面には見慣れない黒い窓が開いていて、よくわからないプログラム言語が表示されている。
「これは端末の操作状況とタイムスタンプ。これによると犯人は、五月六日の深夜にワタシの端末を六十五秒起動した」
「え? それじゃあ犯人は端末をシャッフルしただけじゃなく、中のデータをのぞき見したってこと?」
そういうこと――と祈里ちゃんはうなずいた。
「しかし、ワタシのデータファイルは十秒ほどしか開かれていない。その短時間ですべての情報収集は不可能。つまり犯人は、特定の誰かのデータだけを見たかったということ。それをごまかすためにすべての端末を起動して、さらに警察の捜査をかく乱するために場所を入れ替えた。そういうことだと、ワタシは推測する」
おお、さすが祈里ちゃん。本の妖精さんはものすごーく頭がいい。
「ということは、ファイルが一番長く開かれていた端末が、犯人の目的の端末ってこと?」
「そういうこと。だから学校のメインサーバーに侵入して、すべての端末の操作履歴を調べてみた」
祈里ちゃんが再び端末を差し出してきた。
『メインサーバーに侵入』という言葉は聞かなかったことにして画面を見ると、二十五本の棒グラフが表示されていて、クラス全員の名前が書いてある。棒の長さはファイルを開いていた時間で、一本だけ圧倒的に長い。十分以上も開かれている。そしてその棒グラフの名前を見たとたん、目玉が飛び出しそうになった。
その名前はなんと『寿々木夕遊』――あたしだった。