第五話 : あたし、ちょっぴりイラッとする
「寿々木さん、大丈夫?」
一緒に屋上の掃除にきた白宮さんが話しかけてきた。
「よくわかんない……」
それが本心だった。あたしはなにも悪いことはしていない。なのに、いつの間にかシャッフル事件の犯人として、学校中でうわさの的になっていた。
「ごめんなさい……」
白宮さんが顔を曇らせながらあたしの隣に腰を下ろした。屋上のドアの内側に大量のマットがあったので、あたしは掃除をさぼって座っていた。どうやら新体操部がマットを干して、そのまま放置しているらしい。
「ううん。白宮さんのせいじゃないから。いくら学級委員長でも、メッセージの書きこみを止めることなんてできないよ」
それはそうだけど……と、白宮さんは肩を落とす。
ああ、どうしよう。白宮さんは恥ずかしがり屋さんだけど、思いやりのある人だ。誰もやりたがらない学級委員長を引き受けたり、裏庭や中庭の花壇の世話をしたりするほど心が優しい。だから今のあたしを見て、一緒に落ちこんでいるのだろう。
だったら、暗い顔ばかり見せてはいられない。心配してくれる人に、心配させたままにするのはいけないって、兄さんもいってたから。
……って、そうだ。兄さんのことをきいてみよう。
「そういえば白宮さんは、兄さんとよく話すの?」
「え?」
え? ってなに? なんで顔が真っ赤になってるの? まさか白宮さん、兄さんのことを……って、いやいや、むりむり。そんなおそろしいこと、とてもきけない。
「ほ、ほら、なんか兄さんが、スーパーで白宮さんに話しかけたって聞いたから」
「あ、う、うん。あれからたまに、おしゃべりしてもらってるかも……」
うーん、どうしよ。白宮さん、耳まで真っ赤になっちゃった。
「あ、そ、そうだ寿々木さん。ちょっときいてもいいかな……?」
「え? あ、うん、なんでもきいて」
「えっと、なんで深夜先輩は男の人なのに、セーラー服を着て長い黒髪のカツラをかぶっているの?」
うーん、どうしよ。白宮さん、一番微妙なところをストレートに突いてくるなぁ……。
「えっと、兄さんってほら、仙葉学園の女子高等部に通っているでしょ?」
「うん」
「あそこって、そのうち共学にする予定なんだって。それでためしに男子を一人だけ入学させたんだけど、それが兄さんだったの。だけど今はまだ女子高だから、女装しないといけないんだって。変な話だよねぇ」
「そ、そうなんだ。ほんと、変な話だね」
あ、白宮さんがちょっと笑った。どうしよ。けっこうかわいいかも。
「でも、先輩ってすごくかわいいよね。カツラがなくても女の子にしか見えないし」
「だけどあたしは、そこがあんまり好きじゃないんだよねぇ」
「え? どうして?」
「だって、妹よりかわいい兄っておかしくない? 体重だってあたしとほとんど同じだし、そういうのがなんかイライラする」
「そ、そっかぁ。それじゃあ先輩って、レストランでもあまり食べないの?」
「レストラン?」
「昨日、お食事にいったんでしょ?」
あ、そういや、そうだった。昨日、兄さんから聞いたのかな?
「まあ、たしかにあまり食べない方かも。家でも食事そっちのけで、小説ばっかり書いてるし」
「やっぱりそうなんだ。先輩は小説書くのが大好きだっていってたし、最近はお友達と小説の研究をしているみたいだし」
あれ? なんだろ。白宮さんと兄さんが知り合ったのって最近なのに、なんでこんなに詳しいんだろ?
「夕遊ちゃ~ん。おそうじ終わりましたぁ~?」
あ。急に真歩ちゃんが階段をのぼってきた。どうやら迎えにきてくれたらしい。本当にいい子だ。でもどうしよう。いい子すぎて、掃除をさぼっていたなんてとてもいえない。
あたしと白宮さんは苦笑いを浮かべて立ち上がり、三人で教室に戻って家路についた。
白宮さんとおしゃべりできたせいか、心が少し落ち着いた。だから、校門を出るまでにひそひそと話す人たちがいたけど気にならない。いま気になるのはたった一つ。シャッフル事件の真犯人だ。
犯人さがしなんてする気はなかったけど、あたしが疑われてしまった以上放ってはおけない。こうなったら兄さんに相談して、絶対に犯人を突き止めてみせる。
そう考えていたら、公園のベンチに兄さんの姿が見えた。だけど隣に座る女の子を見たとたん、声をかける気がなくなった。そのショートツインテールの人は武永美玖ちゃんだ。うちの隣の家の子で、中学三年生の先輩で、朝ねえと昼ねえの同級生。そして、誰にも話していないけど、美玖ちゃんは魔法少女だ。
何度かこっそりあとをつけたことがある。
美玖ちゃんは夜になると白いフリルの付いたアイドル風のドレス姿に変身して、魔法のステッキを持って空を飛び、人助けにいく正義の味方だ。普段はバカっぽいのに、命がけで地球を守った、ものすごーくいい人だ。
でも、いい人すぎてちょっと苦手かも。
ついでにいうと、兄さんと一緒にいるところを見るとイラッとする。兄さんも、あんなに楽しそうにおしゃべりすることないのに。なんだろ。ああいうの、ほんとちょっぴりイラッとする。
……バカ兄さん。
あたしはこっそり舌を出してUターン。そのまま学校に戻り、家庭科室のドアを開けた。
もういい。兄さんには相談しない。
真犯人なんて、あたし一人で突き止めてみせる。




