第三話 : あたし、犯人はさがさない
学校帰りに公園を通りかかったら、知ってる顔が遠目に見えた。
教室では窓際の一番うしろに座っている学級委員長の白宮葉月さんだ。
白宮さんが高等部の黒いセーラー服を着た人とブランコに並んで座っている。相手の顔は見えないけど、長い黒髪に細い体つきの、きれいそうな女の人だ――と思いきや、ふと横顔が見えた。
ああ、なんてこったい……。
あのアイドル顔負けの美少女フェイスは、うちの兄さんだ。
「お、夕遊か。いま帰りか?」
「見ればわかるでしょ」
あたしが近づくと、なぜか兄さんが驚いた顔をした。なんだかちょっと感じ悪い。
「それより、兄さんの方こそなにしてんの? なんで白宮さんと一緒なの?」
「ご……ごめんなさい」
え? 急に白宮さんが立ち上がって頭を下げた。
「そ、それじゃあ、深夜先輩。私これで帰ります。寿々木さんも、また明日」
そういって、白宮さんはダッシュで公園を出ていった。というか、なんで兄さんが『深夜先輩』って名前呼びで、同じクラスのあたしが『寿々木さん』なんだろ。それってふつう逆じゃない?
「どうする夕遊。レストランの予約は八時だから、本屋で時間をつぶすか?」
急に兄さんがきいてきた。
でも、レストランの予約といっても、あたしたちはお客さまではない。親戚の千尋おばさんがオーナーシェフを務めている高級レストランでごちそうしてもらうだけだ。
うちの両親は宇宙に出張していて滅多に帰ってこない。だからその間、高校一年の深夜兄さん、中学三年の朝花姉さんと昼瑠姉さん、中一のあたし、小学一年の夜以ちゃんの保護者代わりとして、おばさんがたまにディナーをごちそうしてくれる。あたしも学校の端末に予定を書きこむほど、いつも楽しみにしているイベントだ。
「ううん。早めにいって、おばさんのお手伝いしないと。それより兄さん。白宮さんと知り合いだったの? なにを話していたの?」
「何だよ。ずいぶん根掘り葉掘り訊いてくるな。まさか嫉妬してんのか?」
あたしはこぶしで兄さんを叩いた。
嫉妬なんかするわけないじゃない。
バカ兄さんは黒髪のウィッグの位置を直しながら話し始める。どうやら白宮さんとは十日ほど前に、スーパーで知り合ったそうだ。
「なんか困った顔をしていたから声をかけたんだ。そしたら、買おうとしたヨーグルトのふたが破けていたから店員に渡したいけど、恥ずかしくて声をかけられないって言うから、代わりに渡してやったんだ」
「なんだ、そういうことか。つまり白宮さんがクラスで誰とも話さないのは、恥ずかしがり屋さんだったからなのかぁ」
「どうやらそうみたいだな。だけどオレにはしょっちゅう話しかけてくるから、ほんとは友達がほしいんだろ。おまえ、友達になってやったらどうだ」
「うん。帰りの掃除の班が一緒だから、ちょっと話しかけてみる」
「そうだな。そうしてくれ」
それじゃ、そろそろ帰るか――といって兄さんが立ち上がったので、あたしも一緒に歩き出す。
「それより兄さん。うちのクラスで変な事件があったんだけど」
「ああ、シャッフル事件だろ? 高等部にも噂が流れてきたよ。誰かが夜中にこっそり忍びこんで、電子ロッカーの指紋認証を突破して、端末の位置をランダムに入れ替えたそうじゃないか」
「そうなんだけど、犯人はなんでそんなことをしたのかなぁ?」
さあな――と、兄さんは軽く肩をすくめる。
「じゃあ、犯人は誰なんだろ?」
「なんだおまえ。犯人を突き止めたいのか?」
「それはそうでしょ。先生がいってたけど、倉庫から脚立が二つなくなってたんだって。それとロッカーが開けられたのはうちの教室だけだったから、犯人はうちのクラスの子かもしれないでしょ?」
「だったらどうするんだ?」
え?
「だからさ、おまえのクラスのヤツが犯人だったら、どうするんだ?」
「どうするって、それは……」
あれ? そういえば、どうしたいんだろ?
ロッカーは開けられたけど端末は盗まれていないし、指紋認証を突破した方法や、なんでシャッフルしたのかって疑問はあるけど、それだって別にどうしても知りたいってほどじゃない。
「……いわれてみると、どうでもいいかも。みんなは許せないって怒っていたけど、あたしは別に怒ってないし」
「だろ? 被害がなければ事件とはいえないからな。それに、素直に謝れば大抵のことは許されるけど、こんな騒ぎになったら犯人も名乗り出られないだろ。こういう場合は、そっとしておくのが一番だと思うけどな」
ふむふむ、なるほど。
たしかにクラスメイトが犯人だったら大騒ぎになるし、下手したらイジメられてしまうかもしれない。だったら、犯人なんてわからない方がマシな気がする。
「……うん。そうかも。あたし、犯人はさがさないようにする」
「そうだな。その方がいいと思うぞ」
兄さんは軽く微笑み、あたしの頭を軽くなでた。子ども扱いされるのは嫌いだけど、たまにはこういうのも悪くないかもしれない。
――なんて、このときはのんきに思っていたけれど、まさか次の日に自分が犯人にされてしまうとは、さすがに夢にも思っていなかった。