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第十話 : あたし、にっこり微笑み返す



 土日を挟んで月曜日の朝。



 とくに理由はないけど、なんとなく一時間ほど早く学校にきて教室に入ったら、誰かが慌てて振り返った。電子ロッカーの前でタオルを握っていたその人は――。



「山森さん? なにしてるの?」



「べ、べつに。ちょっと見てただけ」



 山森さんはツンと顔を背けて教室を出ていった。相変わらず変な人だ。だけどほんと、なにしてたんだろ――って、あれ? 気のせいか、電子ロッカーがピカピカに見える。土日の間に、誰かが掃除でもしたのかな?




***




「はーい、皆さん。席についてください」



 三沢先生が教室に入ると同時に朝礼のチャイムが鳴り響いた。


 みんなすぐに自分の席に腰を下ろす。こっそり後ろを見てみると、白宮さんは肩を縮めてうつむいている。どうやら緊張している様子だ。どうしよう。あたしもちょっとドキドキしてきた。



「それでは一列ずつ、端末を取りにきてください」



 先生の指示で廊下側から五人ずつ、電子ロッカーに自分の端末を取りにいく。そして最後の白宮さんが席に戻ったとたん――端末からアラームが鳴り出した。



「え!?」

「なにこれ!?」

「メッセージが届いてる~」



 みんなが一斉に騒ぎだした。あたしも素知らぬ顔で画面に目を落とす。そこには『時間指定のメッセージ』が表示されていた。




『――みなさん、ごめんなさい。

 私はシャッフル事件の犯人です。


 私がロッカーを開けて、みなさんの情報をのぞき見しました。なぜそんなことをしたかというと、みなさんの好きなことや嫌いなことを知りたかったからです。そして、みなさんと仲良くおしゃべりしたかったからです。


 本当にごめんなさい。

 私のせいで犯人にされた寿々木さん、本当にごめんなさい。


 先生、本当にごめんなさい。

 もう二度とこんなことはしません。


 本当に、本当にごめんなさい――』




 教室はいつの間にか静まり返っていた。


 先生も近くの生徒の端末でメッセージを読んでいる。誰も一言もしゃべらない。みんな画面にくぎ付けになっている。



 素直に謝れば、たいていのことは許してもらえる――。



 兄さんはそういっていた。

 あたしもそう思う。


 あたしは白宮さんのせいで犯人だと疑われたけど、「ごめんなさい」といわれた瞬間にすべてを許した。あたしは力持ちの妖怪でもないし、頭のいい本の妖精でもない、ごくふつうの子どもだけど、そんなあたしが許せたのだから、きっとみんなも許せるはずだ――と思ったけど、どうしよう。メッセージが届いてからけっこうたつのに、誰もなにもいわない。まさかみんな、まだ怒っているのかな……?



「許すわ」



 え? ものすごく驚いた。最初に沈黙を破ったのは、甲高い声だったからだ。



「犯人が誰だか知らないけど、アタシは許すわ。だって、被害なんてなにもないもん。そうでしょ?」



 あたしの右斜め前の女の子が声を上げた。山森さんだ。するとみんなも次々に声を上げ始める。



「そうだよね」

「うん。わたしも許す」

「わたしでよかったらおしゃべりするよ~」



 再び教室がざわつき始めた。

 みんなが許すといっている。


 やっぱりそうだ。素直に謝れば、みんな許してくれるんだ。真歩ちゃんも嬉しそうに微笑んでいる。祈里ちゃんもうんうんとうなずいている。


 白宮さんは、両手で顔を押さえている。指のすき間から涙がぽたぽたと垂れている。あーあ。あれじゃあ三沢先生にはバレバレだ。だけど先生は素知らぬ顔で横を向いて、優しく微笑んでいる。本当にいい先生だ。


 よかった。これで一件落着だ。


 まあ、白宮さんの手紙を盗んで、あたしの机に端末を入れたのは誰だかわからなかったけど、今となってはどうでも――。



「ねえ、寿々木さん」



 え? 急に山森さんが話しかけてきた。



「ついでにいっちゃうけど、あなたの机に端末を入れたの、アタシなの。ごめんね」



 なんだとコノヤロー。



「たまたま朝早く学校にきたらロッカーが開いていて、それでついやっちゃったの。だってほら、アタシたちって相性がよくないでしょ? だからちょっとイジワルしようと思ったの。だけどもう二度とやらないから、許してね」


 山森さんはウインクして、にっこりと微笑んだ。


 だからあたしも、にっこりと微笑み返した。


 それからすぐに三沢先生に報告した。山森さんは学園長と校長先生に連れられて教室を出ていき、三十分後に泣きべそをかきながら戻ってきた。きっと応接室でお説教されたのだろう。自業自得だ。



 素直に謝れば、たいていのことは許される。



 だけど、世の中には許されないこともけっこうある。イジワルしようと思ってイジワルしたら、怒られて当然だ。ぷんぷん。




***




「寿々木さん……じゃなくて、夕遊ちゃん。今日、一緒に帰ってもいいかな……?」


 放課後、白宮さんが顔を真っ赤にして話しかけてきた。


「うん、もちろん。白宮さん……じゃなくて、葉月ちゃん」


「あ、でもその前に、花壇に寄ってもいいかな? 三沢先生に、脚立を戻しておくようにいわれちゃって……」


 ああ。やっぱりバレバレだったんだ。


「それじゃあ、わたしもお手伝いしますですぅ~」

「ワタシも」


 真歩ちゃんと祈里ちゃんも席を立ち、葉月ちゃんと一緒に歩き出す。もうすっかりお友達だ。あたしもカバンを持って追いかける。



 そしてみんなで楽しくおしゃべりしながら、花壇に向かった。





 白宮葉月は『うそ』をつきました。



 本作をお読みいただき、まことにありがとうございました。


 本作は主人公である寿々木夕遊の視点で語られる物語のため、彼女の知らない事実は書かれておりません。そして本作は完結しておりますので、ここから先は蛇足になります。作品の雰囲気を崩す可能性がありますので、お読みいただく際はその点にご留意いただきますよう、お願い申し上げます。


 皆さまは、うそをついたことがありますでしょうか?


 うそを隠すために、さらにうそをついたことがありますでしょうか? おそらくそのような経験をされた方はいらっしゃると思います。そして、白宮葉月はその一人です。第九話で夕遊に質問されたとき、彼女はこう答えました。


「じゃあ、白宮さんはあたしの机に端末を入れていないの?」

「うん。そんなことしていないし、シャッフルだって、慌てていたから入れ間違えただけなの……」


 白宮葉月はたしかに夕遊の机に電子端末を入れていません。ですが、シャッフルしたのはわざとです。彼女はこっそり夜の学校に忍びこみ、こっそり電子ロッカーを開けて、こっそりクラスメイトの個人情報をのぞき見しました。


 彼女は他人とのコミュニケーションは苦手ですが、必要な知識を手に入れる行動力と知能があります。他人の目がないところで、のびのびと行動する子どもの一人です。そして彼女は、つい子どもっぽい茶目っ気を出してしまいました。


 電子端末をバラバラに入れ替えたら、みんなきっと驚くだろう。


 白宮葉月はそう思いつきました。彼女の目的は元々、クラスメイトとおしゃべりするきっかけを作ることです。そのため、端末をシャッフルしたら笑い話のタネになると思ったのです。ところが、彼女の行動は学校中が大騒ぎになる大事件に発展してしまいました。それで怖くなりました。だからうそをついたのです。


『慌てていたから入れ間違えた』なんて、言う必要のない小さなうそです。ですが、悪いことをしたと思っている本人にとっては、とても重要なことです。自分がシャッフル事件の犯人だとバレたあとになっても、隠せることはできるだけ隠したいと思ったのです。それは誰にでも起こりうる心理です。すべてを素直に話すことができる人間はほとんどいないと思います。


 ですが、それは悪いことなのでしょうか?


 よい、悪い、許せる、許せないなど、一概に結論は出せないと思います。ですが、多くの場合において『うそ』は悪いこととして責められます。そして、だからこそ多くの人が『うそ』を隠そうとします。



 主人公の寿々木夕遊は、素直に謝った白宮葉月を許しました。

 主人公の寿々木夕遊は、素直に謝った山森胡桃を許しませんでした。


 この違いはどこにあるのでしょうか。


 そして、「慌てて入れ間違えたというのは、うそでした」と、白宮葉月が再び素直に謝ったら、夕遊はどう思うでしょうか。許すのでしょうか。許さないのでしょうか。


 答えを判断するカギは未来にあると思います。


 みんなで仲良くおしゃべりしながら花壇に向かう未来――。そこにつながる『答え』こそが、一番たいせつなのではないかと思います。


 最後になりますが、ここまでお読みいただいた皆さまに改めて感謝申し上げます。


 まことに、ありがとうございました。

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