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第4章 閑話「首切り人形事件」

 帰宅した宗は、居間のこたつで神妙な表情をしていた。

 安堂家の飼い猫である三毛猫のクイーンが、猫じゃらしを咥えて宗のもとに近づき遊びをせがんだが、宗の振る猫じゃらしにはいつもの切れが全くなく、クイーンはすぐに飽きて、こたつにもぐってしまった。しばらくすると、


「おっす」

「お邪魔します」


 と居間に二人の女性が姿を見せた。宗の姉、安堂理真と、彼女の親友で高校時代の同級生、江嶋由宇(えじまゆう)だ。


「どうしたんだよ、突然」


 宗は姉に、事前連絡もなく実家へ来訪した目的を訊いた。由宇と二人でこたつに脚を入れた理真は、


「本当は昨日来ようと思ったんだけど、色々と忙しくてさ」

「そうそう」と由宇が続けて、「はい、宗くん、チョコレート」

「あっ、ありがとうございます」


 宗は恭しい手つきで、由宇からチョコの箱を受け取った。続いて理真も、


「じゃ、次はお姉ちゃんから……」

「どうせまた、変なものを出すんだろ」


 去年、理真から弟へ贈られたのは、ビックリマンチョコひとケース分だった。今年、「はい」と理真が差し出したのは、一見綺麗な袋に入っていたが、


「ぶふっ!」


 宗は吹き出した。中身は、手作り用に販売されている、透明ビニールに入れられただけの割りチョコだった。


「笑ったな? よし、今年もお姉ちゃんの勝ちだな」


 理真は満足そうに頷く。


「あのさ、姉ちゃん」と宗は、姉からもらった割りチョコを脇に除けて、「探偵に必要なものって、何?」

「どうした? いきなり」

「ちょっと、気になっただけ……」

「ふーん……」


 理真が顔を寄せ、弟の目を覗き込むと、宗は避けるように視線を逸らした。


「よし、それじゃあ、お姉ちゃんが高校時代に解決した事件の話をしてやろう」

「あ、首切り人形事件?」


 由宇が口にすると、理真は頷いた。


「首切り人形?」


 訝しげな声を上げた宗に、姉は、


「高校時代の同級生のひとりがね、頭のてっぺんに紐が付いている小さな人形を鞄に提げてたの。それが、ちょうど今みたいに雪の積もった冬のある日、その人形の首だけが鞄にぶら下がった状態になってるのに気付いた。首の部分が細かったから、胴体部分が何かの拍子で切れちゃったのね。その子がそれに気付いたのが登校して教室に入ってすぐ。家を出た直後には、まだ人形に胴体が付いていたのは間違いないそうだから、登校の道中で取れたんだと思われた。その子は別に気にすることもなく、頭だけになった人形を捨てちゃった。でも、その夜、その子がお風呂に入ると、千切れてなくなったはずの人形の胴体が、ぷかりと湯船に浮かんでたの」

「怖っ」

「でしょ。翌日、それを周りに話すと、『頭を探しに胴体が帰ってきたんじゃないか』なんて言って怖がらせる子がいたから、その子も不安になって、私に相談に来たの」

「それで、姉ちゃんが解決した?」

「そうよ。経緯が分かれば何てことなかったわ。人形の胴体が千切れたのは、その子が家を出てすぐ。落ちた胴体はそのまま雪の積もった地面にずっと置き去りにされた。そこへ学校が終わった近所の小学生たちが来て雪合戦を始めたの。その子の家の前は、広い割には車の通りがあまりない道路だったから、絶好の遊び場だったのね。で、その中の子供のひとりが、対戦相手のほうを注視しながら手探りで雪玉を握ったとき、雪と一緒に人形の胴体を雪玉に握り混んでしまったの。しかも、投げられたその雪玉はあらぬ方向に飛んでいって、その子の家の浴室の窓に飛び込んで、お湯張りの最中だった湯船に落ちたってわけ」

「で、雪が溶けて人形の胴体だけが残ったのか」

「そういうこと。しかもその日は、その子が一番風呂を浴びたから、第一発見者となってしまったの」

「よくそんなのが分かったな」

「地道な聞き込みの成果よ。家の前の道路で子供たちが雪合戦をしていた。同じ時間、その子の家では母親がお風呂の掃除をした。さらに、その風呂は、台所にあるパネルで浴室に行かなくともお湯張りが出来る機能が付いていた。母親は風呂掃除後、換気のため開けた窓を閉め忘れたまま、台所からお湯張りをした。これだけ手掛かりが集まれば、あとはそれを組み立てるだけよ」

「……なるほど。でも、あくまで姉ちゃんの推測だろ? それが実際に起きたのかを証明することは不可能じゃん?」

「それはもちろん。でも、『人形の胴体が歩いて帰ってきた』なんて話と、どっちのほうが信用できる?」

「それは、言わずもがな」

「でしょ。で、宗の質問の答えだけど、事実を分析することね」

「どういうこと?」

「どんなに不可解に見える事象でも、そうなった経緯が必ずあるってこと。なくしたはずの人形の胴体がお風呂に浮いていようが、完全な密室で他殺体が発見されようがね。よく『答えを見つける』なんて言い方をするけれど、本当は違うの、目の前で起きてる事象が『答え』なの。不可能犯罪を数式にするならそれは、例えば、『3+2=X』じゃない。『X+Y=5』なの。『5』という答えが見えてる状態で問題を解くようなものなの。もちろん、このままじゃこの式は解けないけれど、『Y』が『2』だと分かったら『X』はいくつ?」

「そりゃ、『X+2=5』が『X=5-2』になるから『X=3』だ」

「そう。『Y=2』という手掛かりがあって、『5』という結果が見えているなら、隠された『X』も見えてくる。『5』という事象が起きるためには、何が必要なのか」

「何が必要か……」


 宗は黙り込んだ。

 庭で、どさりと音がした。


「木に積もってた雪が落ちたんだよ」


 理真が言った。宗は立ち上がってカーテンを開け、狭い庭を見た。庭の隅に植えられた、雪を被って真っ白になっている常緑樹の一角が緑色の葉を見せている。その真下には雪が小さな山になっていた。雪が落ちた反動で枝はまだ少し揺れている。姉の推測通りだった。

「にゃー」という鳴き声を聞き、宗は室内に視線を戻した。由宇が猫じゃらしを手にクイーンと遊んでいた。クイーンは猫じゃらし先端のボンボンに向かってネコパンチを繰り出していたが、その数発目で爪をボンボンに引っかけてしまった。そのまま前脚を引いたため、由宇が持つ猫じゃらしは釣り竿のように大きく弓なりにしなる。数回引くとクイーンの爪はボンボンから離れ、その反動で猫じゃらしはゆらゆらと揺れた。


「……分かった」


 宗は呟いた。

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