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第3章 疑わしきはともかく必要なのは証拠

 二人は梶原に手紙を渡したバスケ部員を捜し当てた。彼の話によると、確かに昨日、女子生徒から梶原宛ての手紙を受け取り、自身の手で梶原に渡したという。そこに、


「おお、安堂くんと長谷川くんじゃないか」


 梶原本人が近寄ってきた。名前を呼ばれた宗と尚紀は「ども!」と背筋を伸ばした。


「どうしたんだい? 確か二人は帰宅部だろ?」


 宗が事件について調べているということを話すと、梶原は、


「そのことか……いたずらなんかじゃなく、本当に桃川さんという女子生徒がチョコを用意してくれていたんだってね。悪いことをしたよ……」

「先輩がチョコを取りに行ったときのことを、詳しく聞かせてもらえませんか?」

「いいよ。昨日、俺は一年の部員に、女子生徒からだという手紙を貰って、その場ですぐに読んだんだ。書かれていた内容はもう知っているだろ。でも、練習中に抜けられないから、部活が終わってから俺は指定された南道へ行ったんだ。雪の上に往復した足跡があって、これが手紙をくれた桃川さんのものだなって分かったから、それを追って歩いたよ。それ以外に足跡はひとつもなかった。もう夜だったけれど、外灯の明りで道はよく確認できたからね。その足跡が向かった場所は竹林の中央付近だった。そこに彼女がチョコを提げてくれたんだと思い、探したんだけれど、チョコはどこにもなかった。竹林を端から端まで捜索してもみたんだが、やはり、それらしいものは何もない。まあ、足跡がないんだから、他の場所の枝にチョコを提げておけるはずがないとは思ったんだけどね。結局、何も見つからなかったので、俺は諦めて帰宅したんだ」

「時間は憶えていますか? チョコを取りに行ったときの」

「七時は過ぎていたね」

「そうですか……先輩、竹林を捜索したときに、何かおかしなことはありませんでしたか?」

「いや、何もなかったよ。雪を被った竹の枝や笹が見えるだけだった。チョコを入れた袋は、桃川さんの友人の女子から見せて貰ったよ。かわいい桃色だったね。あんな目立つ色のものがあったら、必ず分かったはずなんだ」


 そこまで答えると、コートから彼を呼ぶ声が聞こえ、「すまない、俺はこれで」と梶原は練習に戻っていった。


「宗、状況の再確認をしただけに終わってしまったな」

「ああ……」


 体育館を出ようとした二人に、


「よっ」


 と声を掛けた人物がいた。二人が振り向くと、


「帰宅部二人が、何の用なの?」


 首からカメラを提げた女子生徒が立っていた。


唐橋(からはし)


 宗はその女子生徒の名前を呼び、続いて尚紀が、


「新聞部こそ、何してんだよ」


 と所属部活も口にする。新聞部の唐橋知亜子(ちあこ)。宗、尚紀と同じクラスの生徒だ。


「私は取材よ。各部活動の新部長になる二年生にね」


 それを聞いた宗は、知亜子が首に提げたカメラを指さして、


「お前が写真も撮るの? いつもは取材専門じゃん」

「うん。今日は撮影担当の井出いでが用事で帰っちゃったからさ。私がカメラマンも兼任してるの。だから、今日も新兵器を使う予定だったのに、こうして普通のカメラだけの撮影になっちゃった。あれを使えるのは今のところ井出だけだからさ」

「何だよ、新兵器って?」


 宗が訊くと知亜子は、にやりとして、


「ふふ、聞いて驚け、ドローンよ」

「ドローン?」

「って、あの、空を飛ぶやつか?」

「そうよ。新聞部で購入した撮影用ドローンを昨日初めて実戦配備して、部活の練習風景を撮影したのよ。もう、凄いよ。地上からでは決して不可能な、漫画みたいな大胆な構図の写真を撮られるの」

「ドローン……」宗は考え込み、「唐橋、そのドローンは昨日ここで使ってたんだな?」

「そう言ったじゃない」

「その、ドローンを操ってた部員に話を訊けるか?」

「井出? 帰ったって言ったじゃん」

「あ!」と、そこで尚紀も、「宗、もしかして……」

「ああ……」


 二人は、こそこそと知亜子から離れて小声で会話を交わす。その様子を知亜子は訝しそうに見ていた。


「尚紀、ドローンなら可能だよな」

「枝からチョコを横取りすることがだな?」

「そうだ。全く足跡を残さずに。屋上まで運ぶことも出来るしな」

「具体的には?」

「ドローンの下部に針金なんかで作ったフックを装着して、そのフックにチョコの袋を引っかけて屋上まで運ぶ。そうしたらドローンを傾けて袋を落とす。そのとき、チョコが袋から飛び出てしまった。その位置が階段室から離れた場所だった理由は、地上からでは屋上の様子がよく視認できなかったからだ」

「全ての説明がつくってことか。でもさ、何でそんなことするわけ?」

「動機の解明はこれからだろ。例えば、新聞部の井出が桃川さんのことを好きだった、とか」

「梶原先輩に嫉妬して? でも、どうして桃川さんが南道の竹にチョコを提げたって分かる? それを知ってるのは本人と梶原先輩だけだぞ」

「そこでもドローンだよ。経緯はこうだ。昨日、この体育館でドローンを使って取材撮影中だった井出は、桃川さんが体育館に来たのを目撃した。彼女はバスケ部員のひとりに手紙を渡して、すぐに体育館を出た。部員はその手紙を梶原先輩に渡す。先輩はその場で手紙を開いて読んだって言ってたよな」

「ああ。それで?」

「気になって、井出も読んだんだよ、その手紙を。それで、南道のチョコのことを知った」

「どうやって読むんだよ?」

「ドローンを使ったんだ。機体を先輩の真上に付けて」

「そうか! カメラを通して」

「で、先回りした井出は、ドローンを使ってチョコを奪い、さっき言った方法で屋上にぶちまけた」

「やったな宗。さすが名探偵だ」

「それはないわよ」

「そうか、ないか……って、おわっ!」


 振り向いた二人は同時に飛び退いた。いつの間にか知亜子が背後にぴたりとついていたのだった。


「な、何だよ唐橋! 脅かすな!」

「てめえ! 盗み聞きしてたな!」


 宗と尚紀が知亜子に非難の声を浴びせる。知亜子は、はあ、と嘆息すると、


「あんたたち、屋上チョコ散乱事件の犯人がうちの井出だと言いたいわけ?」

「お、お前、どうしてそのことを……」


 宗が訊くと、


「新聞部、いや、私の情報収集力を嘗めないでよね」

「さ、さすがに耳が早いな……それよりも、何が『ない』っていうんだ?」

「井出は犯人ではあり得ないってこと」

「どうしてだよ! 動機がないってのは通用しないぜ。いいか、唐橋、現代探偵学ではな、動機や心情から犯人を絞り込む手法は必ずしも有効とはされない。決定力を持つのは、何と言っても物理的な証拠だ。アリバイとか――」

「そのアリバイがあるのよ」

「えっ?」

「これを見よ!」


 知亜子は一枚の写真を二人の眼前に突きつけた。


「何だよこれ?」


 上空からグラウンドと校舎を俯瞰撮影した一枚だった。


「校舎の屋上が写ってるでしょ、で、ここ」


 知亜子が指さした写真の隅を、宗と尚紀も凝視する。白い雪で埋め尽くされた屋上の一角に、ごく小さいが桃色の物体があることが確認できた。


「唐橋!」宗は写真から顔を上げて、「これって、もしかして?」

「桃川さんのチョコが入っていた袋でしょ。階段室との位置関係から見て間違いないわ。チョコもあるはずだけれど、小さすぎるからカメラでは捉え切れていないだけでしょうね」

「こ、この写真は一体?」

「事件のことを耳に挟んで、私も気になってね。昨日、グラウンドでドローンの試験撮影をした写真の中に何か写っていないか探してみたの。で、この一枚を見つけたわけ」

「唐橋、この写真が撮られたのは何時だ?」

「午後三時四十五分二十七秒よ」

「な、何だって? 桃川さんがチョコを提げたのが三時半だから、それからたったの十五分後じゃないか! その時点で、すでにチョコは屋上にばらまかれていたってことか?」

「私と井出は取材準備を始めた三時二十分くらいから、取材が終わる七時前まで、ずっと一緒にいたのよ」

「まさに完璧なアリバイ……待て、三時四十五分てことは、梶原先輩も部活中じゃないか!」

「それに加えて、もうひとり、アリバイがはっきりする人物がいるわよ」

「何? 誰だ?」

「桃川さんの親友の吉川さんよ。彼女、自宅が食堂を経営してるんだけど、昨日は店の手伝いをするために、放課後になると即、帰宅したそうよ。彼女の友人から証言(ウラ)も取れているわ」

「何てことだ、宗、容疑者がひとりもいなくなっちまったぞ……」


 尚紀は頭を抱え、宗は呆然と立ち尽くした。そんな二人を見て唐橋は、


「さあ、この事件、どう解く? 名探偵」


 ふふ、と笑みを浮かべた。



 宗と尚紀は、打ちひしがれたように足取りも重く帰宅の途についた。


「どうすんだ、宗、これから」

「梶原先輩の容疑が完全に晴れたんだから、これはこれで良かったじゃないか」

「それはまあ……ドローンを使ったっていうお前の推理は、いい線いってると思ったんだけどな」

「ああ。でも、ドローンは新聞部にある一台きりじゃない。同じ手段を、全く別の真犯人が使ったのかも」

「最初の問題に戻っちまうぞ、宗。誰がどうしてそんなことをする必要があるんだ?」

「ぬう……やっぱり動機か? アリバイがなくて、かつ、桃川さんのチョコを屋上にばらまいて得をする人間が、どこかに……」

「犯人は誰か? これも用語になってるよな、フーリガンだっけ?」

「過激なサッカーファンは関係ない。フーダニット、だ。お前、それ今までで一番苦しいぞ」

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