4『回覧板と犬の糞』
千代子ママがハンコを作ってくれるねんて!
不思議の国のアリス・4『回覧板と犬の糞』
アリスは、日本のことは、わりあい知っている。となりのTANAKAさんのオバアチャンから聞いたし、ネットでも事前にかなり調べていた。伯父さんが東京のアメリカ大使館に勤めているので、そこからの情報もあった。
でも、見ると聞くとじゃ大違いということがいろいろある。千代子のうちに来て三日目、回覧板というのを初めて見た。
「これが、あの伝説の回覧板か!」と感激した。
トントントカラリンと隣組 まわしてちょうだい回覧板♪
助けられたり 助けたり♪
TANAKAさんのオバアチャンがよく歌っていた歌の中に出てくる回覧板! 仮名しか分からないアリスはまるで中味が分からなかったが、シャメに撮って保存した。
「千太、お隣に回しといて」
「ええ、またオレがあ……?」
親子の会話を聞きつけて、立候補した。
「ほんなら、ウチがいきます!」
「そう、ごめんね。ほんなら、こっちがわのお隣の鈴木さんやさかいに」
そう言って、千代子ママはハンコを押した。これがまた感動! アメリカにはハンコはない。よほどハイソで、トラディッシュな家なら、郵便の封緘用のロウにペタンとその家のマークのスタンプを押すことがあるが、普通の人は持っていない。
千代子ママは、象牙色のハンコを取りだし、ペタンと軽く押した。○の中に「渡辺」というファミリーネームが器用に彫り込まれていた。
「ちょっと見せてもらえます?」
「ああ、ハンコ。どうぞ、こんなもんが珍しいのん?」
「はい、ごっつい珍しいです……これが、渡辺家のシンボルなんですねえ……」
「こんな認め印でええんやったら、こんど作るったげるわ」
「ええですよ、こんな高価なもん……」
「たいしたことないよ、表通りの彰文堂行ったら、二千円ほどで作ってくれるさかい」
「ワオ、ほんまにええんですか!?」
「うん、留学記念にあげるわ。どんな字いにするか、千代子と相談して決めとき」
「ほんまに、おおきに、おおきに!」
アリスは、思わず千代子ママにハグした。千代子ママはびっくりしたようだけど、不器用に、でも暖かくハグしてくれた。
お隣の鈴木さんの家のドアホンを押した。
「あの、隣の渡辺さんのイソウローですけど、回覧板もってきました」
いきなり外人が、英語訛りの大阪弁で「回覧板ですう」では、驚かれるだろうと思い、アリスは丁寧に言った。カメラ付きのドアホンなんだろう。「やあ、外人さんやわ……」と、いう声がした。
「……そう、交換留学生のホームステイやのん」
「はい、アリス・バレンタインて言います。どうぞよろしゅうに」
それから、大阪弁が上手だと誉められ、また、TNAKAさんのオバアチャンの話になり、回覧板は緊急でない限り、郵便受けの上にでも置いておけばいいこと、でもアリスならいつでもOKなど話してくれた。
日本で、驚いたこと。犬の糞がほとんど落ちていないこと。
TANAKAさんのオバアチャンには「道歩くときは、犬のウンコに気いつけや」と言われていた。最初の日、関空から千代子の家に行くまで、そのウンコが気になって、下ばかり見ていると「なんか気になるのん?」と千代子に言われた。で、話をすると「ああ、昔は、よう落ちてたなあ」と千代子パパが言った。シカゴの公園などに行くと、役所が設置した「犬のウンコ袋」なんかがあるんだけど、日本には、そういうものがないのにウンコが始末されている。アリスは、やっぱり日本人はエライと思った。でも、やはり道路は気になる。「例外が、たまにある」と千太が言ったから。
そしたら500円コインが落ちているのを見つけた。
「ワオ、500円コイン!」
「アリス、ウンがええなあ」
千代子パパの言葉は、大阪人らしいギャグかと思ったら。
「もろといたらええねん、500円くらい」
日本人の評価の針が、アリスの中で揺れた。
こういうのを「ネコババ」というのだろうと、アリスは学習した……。
そういえば、昔は回覧板を届けに行くのは子どもの仕事でしたね。