11『ミッション・恋の実弾編』
その中味は黒光りする50口径のピストルだった!
不思議の国のアリス・11
『ミッション・恋の実弾編』
目が覚めたら千代子のベッドは空だった。
――会場までの道が分からない子がいるので、お先に――
そのときは、このメモの意味を深くは考えなかった。
今日のヒラリ・クリキントンの講演には、急な誘いにもかかわらず、七人が参加の返事をよこしてくれた。
日本の高校三年生は、この時期はヒマである。学年末テストが終わると、卒業式まで、二日ほど登校日があるだけだ。お手軽な大阪市内で、気のあったクラスメート同士、気楽に出会えて、民主党のヒラリにも会えて、ランチまで付いている。このへんの損得勘定はTANAKAさんのオバアチャンが言っていたとおりだった。
高校生の行動範囲は狭い。大阪市内でも分からない者もいるだろう。アリスだってシカゴ市内のことを全部知っているわけではない。
会場のPホ-ルに着くと、すでに五人が集まっていた。大杉がアリスをみつけるなりニタリと笑ったのには困ったが、まあ、ブラフの一人ではあるので、友好的に片手をあげてニッコリしておいた。
千代子と東クンの距離が気になった。間に三人も人を置いて間を空けている。
――ああ、しんきくさーっ!――
そう思ったが、これは互いに意識している証拠。まあ一歩前進と理解しておくことにした。
事件は会場に入るセキュリティーチェックで起こった。
金属探知器はもちろんのこと、持ち物は全てエックス線検査である。ペットボトルやマニキュアなどのリキッドも持ち込めない。最初の大学生二人が、ペットボトルでひっかかり、後続の学生たちは、飲みきったり、捨てたりしていた。そしていよいよアリスたちのグループに順番が回ってきた。
「これは!?」
「Shit!」
日本語と英語が一度にして、あっと言う間に東クンが拘束されてしまった。会場入り口は騒然となり、床にねじ伏せられた東クンは苦しげにうめき、千代子は空気の足りない金魚のように口をパクパクさせ、すぐに涙を溢れさせた。
東クンのバッグは、すぐに開けられ、ラッピングした箱が出され、中味が出された。
その中味は黒光りする50口径のピストルだった!
「ちょっと待て……」
拳銃を出しかけたSPたちを静止して、ボスらしきサングラスのダークスーツが、50口径のピストルを箱から取りだした。
「これは……チョコレートに黒いアルミホイルを貼り付けたものだな」
「しかし、良くできている」
「日本人は器用だなあ……」
そんなことを、アメリカ人のSPたちがつぶやき、東クンを確保していた日本人警官の手も緩みだした。
その時、箱についていた手紙を読んだベテラン警官の日本人が叫んだ。
「待て、それはプラスチック爆弾かもしれん!」
再び、東クンはロビーの床にねじ伏せられた。
「グエ!!」
「なんて書いてあるんだ!?」
東クンをねじ伏せたままアメリカ人のSPが、鋭く叫んだ。
「これで、目標のハートを仕留めて……だ」
「Shit!」
「shit-ass!」
東クンは、手を後ろにねじあげられ、髪の毛を掴まれ連行されそうになった。
「待って、その手紙は、わたしが書いたんです。それはチョコレートで、わたしがあげたんです!!」
千代子が叫ぶ、警官が千代子に詰め寄り、手を掛けようとした、その時……!
「マチナサイ!」
伯父さんのカーネル・サンダースがやってきた。
「カーネル・サンダース」
「これは……ただのチョコレートですよ」
「しかし、チョコレート味のプラスチック爆弾かも?」
「彼女は、わたしのフレンド・チヨコ。神さまにかけて、テロなんかじゃないから!」
アリスも真剣に伯父さんに訴えた。
「分かってるよアリス。ただ、SPの諸君に納得してもらうために、銃身を少しだけ削らせてもらうよ。科学検査してると、ヒラリの講演に間に合わないからね」
ヒラリ・クリキントンの講演はおもしろかった。世界情勢から、先月来日していた旦那の話まで、ジョークを交えながら語ってくれた。
「では、質問のある人……」
ヒラリはにこやかに聞いたが、誰も手を上げない。これ、日本人の不思議ってか、悪いところだとアリスは思った。充実した講演なら、それにふさわしい質問をするのが礼儀だ。気が付いたら手をあげていた。
「はい、そこの彼女……ひょっとしてアメリカ人かしら?」
「はい、アリス・バレンタインです。交換留学生で日本に。で、残念ながら共和党の支持者ですけど、かまいません?」
「もちろん、発言の条件は、ここのオーディエンスだということだけよ」
「あの、ヒラリさんが思われる高校生の……その、男女関係のあり方って、アドバイスしていただけたら。すいません。日本の友人にも分かってもらいたいんで、日本語で失礼しました」
アリスは、大阪弁のあと、英語に訳してヒラリに伝えた。
「立派な同時通訳ね。そうね、心と体に正直であること。むろん、よく考えた上で。で、心というのは、けして欲望のことじゃないわよ。むかしダレかさんにも言ったけど」
「ありがとうございます」
「そうそう、今日ロビーで、ピストル型のバレンタインチョコで、一騒ぎあったとか。アメリカ式のセキュリティーは優秀だけど、ロマンチックやウィットが分からなくって。50口径が45口径になっちゃったそうで、ごめんなさい」
千代子と東クンが赤くなった。
「お詫びに銃弾をあげましょう……」
ヒラリは、ポケットから、二発の銃弾を取りだした。場内が一瞬ざわついた。
「これはね……」
ヒラリは、薬莢を抜くと短冊にサラサラと書きだした。そう、銃弾型のボールペンである。
「さ、お二人さん。ここに来て」
おずおずと二人が壇上に上がった。
「注意しとくわね。これ持って飛行機には乗らないこと。それから、銃弾としてはイミテーションだけど、これで書かれる言葉は実弾よ。たまには、デジタルなメールじゃなくて、アナログな実弾攻撃を」
民主党も粋なことをやるもんだと、アリスは思った……。
民主党も粋なことをやるもんだと、アリスは思った……。




