1『ミステリアスジャパン』
昭和の日本や大阪のイメージに染まって浪速学院高校に留学してきたアリス。TANAKAさんのお婆ちゃんから聞いてたのと、ちょっと違う、ずいぶん違う、案外そのまま、そんなアリスの大阪滞在記の始まり始り!
不思議の国のアリス・1
『ミステリアス ジャパン』
アリスは理解しようとしていた。
……不思議の国日本と不思議な日本人を。
アリスは、交換留学生で、昨年の秋から、この浪速学院高校に来ている。
浪速学院は大阪の古い私学で、制服が昔ながらのセーラー服なのが、まず気に入った。日本でも少数派のセーラー服、アメリカ人の感覚では、欧米の昔のエスタブィッシュのイメージ。クールでプリティーなのだ。
この、クールでプリティーのイメージから日本にアプローチしたことが、アリスの面白日本滞在記になる。
アリスは、他の交換留学生と違って、かなり日本語ができる。ただし、アメリカで日本語を教えてくれたのはお隣に住んでいたTANAKAさんという日系のオバアチャンで、大阪弁の訛りがあった。TANAKAさんちは、英語と日本語のチャンポンだったが、日本語のことごとくが大阪弁。
だから、ハイスクールの学年の終わりに日本への交換留学生の募集があったとき、アリスは、なんの迷いもなく大阪を選んだ。
ホームステイは、渡辺さんというお家だ。
黒門市場というところで大きな魚屋さんをやっていて、食事の時に、いつもおいしいお刺身や、お魚料理が出てくるので、とてもラッキーだと思った。
お店は黒門市場だけど、住居は阿倍野区の住宅街にある。リビングの他に七つも部屋があり、日本人の平均的な住居より広く、最初は自分だけの部屋をあてがわれたが、同じ浪速高校に通っている千代子といっしょの大きな部屋に替えてもらった。千代子も六畳の手狭な部屋だったので、喜んで、これに賛同した。つまり、アリスと千代子は馬が合った。
日本人の家は畳と障子だと思っていた(TANAKAさんのオバアチャンが言っていた)
でも、渡辺さんの家で畳の部屋は、お婆ちゃんの部屋だけだと知って驚いた。
驚いたといえば、ウォシュレットだった。
最初に使ったときはサプライズだった「ワオー!」と叫んでしまった。
異邦人が初めてウォシュレットの洗礼を受けた衝撃は日本人には分からないと思う。
あの衝撃が水だったら、ただの驚きだけで済んだんだろう。お湯だったのでパニックになった。
なんちゅ-か、お尻が爆発して、その温かさだと錯覚してしまったのだ。はるかな地球の裏側で、お尻が爆発して、狭いトイレの中、みっともない格好で死ぬんだと思ってしまった。
「どないしたん!?」と、一番に駆けつけたのは千代子の弟で千太であった。
「ちょっとした騒ぎになったけど、今までふて腐れたような印象だった、中一の千太が、好意を持ってくれていることが分かり、安心した。日本人の男の子は素直に好意が表現できないことをTANAKAさんのオバアチャンに聞いていたので、素直に安心できたのだ。
渡辺さんのところに来て、一週間目、ご近所でお葬式があった。
アリスは不謹慎だとは思ったが霊柩車が見たくて、側で見ていたら雰囲気に飲み込まれて涙が出てきた。学校が行事で半日だったので、制服を着ていたのが、その後の展開をドラマチックにした。
いつの間にか会葬者の中に紛れてしまい、焼香をすることになった。数珠が無いのに気づいた近所のオバチャンが貸してくれた。
祭壇の写真で、亡くなったのは、その家のご主人と分かった。喪主の奥さんが笑顔で「サンキュー」と言ってくれた。他のアメリカ人なら分からなかっただろうけど、TANAKAさんのオバアチャンから聞いて、アリスは知っていた。日本人は悲しいときでも笑うんだ……それは悲しくも美しい笑顔なんだ!
アリスは感動して涙が止まらなかった。数珠を返そうとしたらオバチャンが、「プレゼント フォー ユウ」と笑顔で言ってくれた。アリスの日本での宝物一号になった。
ただ、霊柩車にはがっかりした。アメリカと変わらないトヨタのワゴンだった。TANAKAさんのオバアチャンには、日本の霊柩車は御殿のようにデコラティブなものだと聞いていたから。
「あそこの奥さん、とてもステキなミステリアススマイルやった!」
千代子のママに話した。感動はやっぱ、人に伝えなくちゃいけない! アメリカ人の根性だ。
スマホで、アメリカの友だちにも伝えると「mysterious!」や「impressive!」という言葉が返ってきた。
お休み前にリビングに行くと、千代子のパパが言っていた。
「あそこの奥さん、旦那ごっつい保険金かけてたそうやな。ガン給付も付いて、奥さんニコニコやろなあ」
アリスの日本での夢が一つ弾けて消えた……。
初めて投稿します。少しでも面白いと思っていただけると嬉しいです。