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機巧仕掛けのエデン  作者: あららぎくだら
第一幕 エデン神盟騎士団の少年
4/21

3 通話時間4秒

 真っ黒なからだにコウモリのような造形で、それ(・・)は天井からぶら下がっていた。

 だが、それ(・・)は決してコウモリではない。

 コウモリの目は、あんなに真っ赤で、まん丸で、ぎょろぎょろ動いたりしない。コウモリの口は、あんなに巨大で、三日月のように裂けていて、凶悪なまでに鋭い歯が拡大したのこぎりのようにずらりと並んでいたりしない。そもそもコウモリは、体長が二メートルもあったりしない。

 それ(・・)は、ぎょろりと目玉を動かして樹を見る。

 そこに居たのは、悪鬼だった。

 騎士団の研修で、悪鬼の強さの段階について教わった。

 まず、からだの形。悪鬼の大抵はぶにぶにして一定の形を持っていない。だが、稀に虫や動物の形を持ったものがいる。そういうものはとても凶暴で強い。ごくごく稀に人型を取るものがあるが、それはもう相応の実力を持った従騎士でなければ手におえない。

 次に、知能。うめくだけの悪鬼はほぼ無害、笑ったら警戒が必要、一定の言葉や単語を喋るなら10人以上で臨め、そして、会話が成立するなら逃げて“五大祭騎士”か団長に知らせろ。

 そして最後は、悪鬼を形作る感情の種類。その悪鬼が特定の感情から成っていたり、個人に向けられた感情で形作られていたりした場合はやばい。その場合は、からだの大きさや形に関係なく、凶暴性と食欲8割増しで襲い掛かってくるからだ。

 樹の眼前にぶら下がっている悪鬼は、体長約2メートルでコウモリ型。樹の頭はあまり良くないが、それでもこの状況がいかにやばいかくらいはわかった。

 樹の精神を侵していた「嫌な予感」の正体はこれだったのだ。

 全身から血の気が引いて、汗が大量に噴き出す。吐き気が体の奥底からこみあげてきて、だがそれでも吐けない。それどころか動けない。


(あ、やばい…)


 悪鬼から目を離せないまま、樹は脳内に自分の声を聞いた。


(足、動かな――)


 キシャシャシャ、と廃工場内に金属をこすり合わせるような嫌な音が響いた。

 悪鬼が、あの三日月形に裂けた口を動かしている。あの鋭く残忍な歯を鳴らして笑っている。

 ―――――悪鬼は人の負の感情から生まれ、その感情に「芯」を与えんと人の命を喰らう。

 研修初日に支部長が言っていた言葉が、脳裏に鮮やかによみがえった。それと同時に、自分があの歯に、あの口に胴体半ばからぐちりと喰い千切られる様子を想像してしまう。

 逃げたかった。けれど、足は動かない。

 樹は、まだ「神の力」も何もない研修生なのだ。あの悪鬼が突進して口を大きく開きさえすれば、あっと言う間に殺されてしまう。

 悪鬼が口を大きく開けた。白い歯の奥に深い闇がのぞく。次の瞬間、悪鬼は樹に突進してきた。

 樹の脇を、疾風が駆け抜けた。

 黒が視界端をかすめたと思った瞬間、背後でぐわぁん、と脳を揺さぶるような音が響き、廃工場がぐらぐら揺れる。上からほこりが降ってきて、視界が灰色に染まった。窓ガラスが数枚勢いよく割れ、その破片が樹の顔をかすめていく。

 樹が振り返ることができたのはその後だった。

 今しがた入ってきた扉のわきの壁が大きくへこんでいる。

 もうもうと立ち込めるほこりの中で、頭から壁に突っこんだらしい悪鬼が起き上がるのが見えた。

 悪鬼の目は、真っ直ぐにこっちを見ている。ねらいを外したのか、樹はまだ何とか生きていた。が、当たっていれば必ず喰われていた。

 動物的本能なのか、足が動いた。あまりのショックに、一周回って震えも止まってしまったらしい。

 樹は、迷うことなく扉と反対方向に駆けだした。

 外にリッパが居ることを思い出したのだ。もし樹が外に逃げて、それを悪鬼が追ってきたら、間違いなくリッパは喰われる。

 振り返ると、悪鬼が左右にコウモリ頭を振っているのがわかった。思い切り壁に衝突したせいで、まだ動けないのかもしれない。

 助けを呼ぶなら、今がチャンス。

 よくわからない機械の影に隠れて、樹はスマートフォンを取り出した。

 また怒鳴られるだろうが、そんなことは気にしていられない。神田上等の脳の血管よりも、当たり前に自分の命の方が大切だ。

 画面を操作して神田上等に電話を掛ける。が、出ない。


(こんな時に!)


 悪鬼がいつ襲ってくるかもわからない。緊張で心臓をばくばくさせていると、ようやく液晶が通信画面に切り替わった。


「小金井です!今あっ」


【しつけぇんだよ、ドァホっ!!】


 プー、プー、プー


 ………切れた。

 表示された「通話時間4秒」の文字を見て、思わず口から言葉がこぼれ落ちる。


「それはないだろ、」




 ガッシャァァン!!!




 樹が隠れていた機械が、半ばから大きく吹き飛んだ。樹のすぐ横で光る鋸歯と、信じられないくらいに真っ赤な目玉。ゆがんだ鉄板と鉄片、螺子(ねじ)発条(ばね)が宙を舞う。

 咄嗟に回転してその場を離れた刹那、今までいた場所に残った機械の半分が崩れ落ちた。目玉がぎらりと光り、鋭利な歯と歯の隙間から鉄屑がこぼれ落ちる。

 最悪だ。

 スマートフォンを片手に、樹は呆然と立ち尽くした。

 こんな化け物に、なんの力も持たない自分が敵うわけがない。今だって、あと数センチずれていたら体の一部がなくなっていた。おまけに、馬鹿な神田上等の所為で助けは一生来ない。

 これは、死ぬ。

 ぽたりと、冷や汗が顎から滴り落ちた。


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