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機巧仕掛けのエデン  作者: あららぎくだら
第一幕 エデン神盟騎士団の少年
15/21

14 淡き生命の世界樹

『お久しぶりね、少年』


 樹の頭の後ろ辺りに、ユグドラジルが浮いている。相変わらずの3本足で、今日はこの前よりもご機嫌な顔だ。


「…うわあ」


 つい嫌そうな声が出てしまった。だが、その声を聞いても彼女は笑顔を崩さない。どうやら随分と機嫌が良いらしかった。


「…嘘でしょ、〝淡き生命の世界樹〟…?」


 視線をユグドラジルに釘付けたまま、涼介が呆然と呟く。朝霧に至っては、目をかっ開いたままピクリとも動かない。

 涼介のを聞いたユグドラジルは、嬉しそうに衣服をはためかせて振り返った。


『あら貴方、よく知ってるのね。いかにも、〝淡き生命の世界樹〟ユグドラジルよとても驚いてくれて嬉しいわ。少年は私のことを知らなかったから、あまり驚いてくれなかったの』


 …そんなこと考えてたのか。


 樹の中で、ユグドラジルの高潔なイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。


『私のことを知っている人間もきちんといるのね。私もまだまだ知名度はあるわ』


 ……そんなこと考えてたのか。


 引退数年後のアイドルのように妙に人間くさい事を言いながら、ユグドラジルは乙女のように頬に手を当てた。いや、乙女なのはそうなんだろうが、なんと言うか、3本足の姿でそんな仕草をされてもリアクションに困る。


 空中でくるくると踊り出した彼女を変な目で見ていると、後ろから朝霧にがしりと肩を掴まれた。


「お前…マジか…」

「へ?」


 呻くような声で言われ、間抜けな声が出た。朝霧の顔は明らかに動揺していて、顔色も心なしか青い。


「ユグドラジルって…お前、アレが何だか知ってんのか…?」


「や、あんまり…」


「北欧神話の世界樹だぞ。いくつも重なった世界を真っ直ぐに貫いてるっつうトネリコの巨木だよ。…お前、マジで知らないで守護受けたのか…?」


 朝霧の迫力に圧されて、樹は思わずユグドラジルを見た。若葉色の髪と3本の足をまじまじと見つめる。

 樹の反応に彼女は誇らしげに口角をあげていて、どうだと言わんばかりに樹を見ていた。


「…そんな、すごいんですか?」


 朝霧と涼介の顔を交互に見ると、二人は激しく首を縦に振った。


 すごいって?この3本足が?引退数年後のアイドルみたいなこの女神が?


「…へえ」


 実感が無さすぎて、その程度の感想しか出てこなかった。


『そうよ。私はすべての中で一番優れた植物神。私の守護を受け取れたことを泣いて喜ぶがいいわ』


 これは、かなり面倒くさい性格をしている。


「…にしても、本当にすごいな。ユグドラジルに会えるなんて思っても見なかったよ」


 ようやく驚きから脱したのか、涼介が感心したように言いながらベンチに座った。額に浮いた汗を拭う手が、微かに震えている。


「僕は〝霜の巨人族〟ユミルの守護を受けているんだ。同じ北欧神話の神様だから、一回会ってみたくてさ」


『あら、ユミルの神話を?こちらこそ会えて嬉しいわ』


「ありがとう。僕は風祭涼介。どうぞ涼介と呼んでくれるかな」


 涼介が、瞳を好奇心できらきらさせている。何がそんなに嬉しいのか、樹にはちょっと分からない。


 その様子を見ていた朝霧が、力が抜けたようにどさりとベンチに腰を下ろした。

 表情は少し呆れ気味、と言うか諦め気味だ。


「おいリョウ…落ち着けよ…」


 涼介には聞こえていない。彼は嬉々としてユグドラジルと会話している。こっちは完全に空気だ。


「なんか、イメージと違うわ。あんな性格だとは思ってなかった」


「…この前はもう少しプライド高そうだったんですけど」


「プライドは高いだろ。高すぎて性格の方向性ひん曲がってるだけだろ」


 朝霧のイメージも派手な損害を受けたらしい。彼は、酷く疲れたように目を閉じてため息をついた。


「まったく、何で呼んだんだよ」


「や、俺別に呼んでないです」


 身に覚えの無い樹は、困惑して顔を強張らせた。

 アレが来たのは断じて自分のせいじゃない。絶対ない。


「現にそこで喋ってんじゃねえか」


「俺は呼んでませんって」


『あら、呼んだじゃないの』


「うわっ!?」


 ユグドラシルが突然二人の間に割り込んできた。

 樹がぎょっとして叫ぶ。なかなか失礼な態度だが、今日のユグドラシルはどこまでもご機嫌らしい。


『少年が私を呼んだのよ?』


「…呼んでないけど」


『呼んだじゃない。名前を』


「名前?」


 確かに、名前は言った。

 呼んだ、じゃない。言った、だ。


「あれは呼んだとは言わねえだろ」


 呆れ顔の朝霧が言った。まったくその通りだ。あの程度で毎回出てこられたらたまったもんじゃない。それなら樹は、「ユグドラジル」と言う単語を封印しなければならなくなる。


『あら、そんなことはないわよ』


 衣服を揺らしながら、ユグドラジルが反論した。


『貴方の守護神だってきっと来るわ』


「さすがにそれはねえだろ」


『いいえ、来るわよ。一度試してみてはいかが?』


 朝霧は思いっきり渋い顔をした。心の底から嫌そうな表情だ。

 だが樹としては、朝霧の守護神―――と言うよりユグドラジル以外の神―――を見てみたいところ。


「一回だけ試してみたらどうですか?」


「お前まで…」


 朝霧は助けを求めて涼介を見た。

 涼介はにこにこしているだけで何も答えない。なかなかの鬼畜だ。


「……わかったよ。やってみればいいんだろ」


 とうとう朝霧が折れた。

 3人分の視線を受けて若干やりにくそうにしながらも、守護神の名前を口にするために息を吸い込む。


「…アグニ」


 何も起きない。


 朝霧がほっと胸を撫で下ろし、樹はがっかりしてため息をつく。


「ほらな。やっぱり―――」


 瞬間、朝霧の前で赤い光が破裂した。

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