告白
私が意識を失っている間に母が戻ってきていて、その後父も普段よりかなり早めに帰宅した。
どうやらケヴィンが薬施所の後、父のいる詰所にも走ってくれたらしい。
涙こそ止まったものの、震えを納めきれない私を父が抱きかかえている。
母と姉が座って、父が促した。
「事情がよく判らんのだが、何があった?」
私はまず、侵入者の容貌と、突然現れて、突然消えたことを話した。
「俄には信じられん話だが……」
「私、さっき聞いたんだけど」
姉がケヴィンに聞いたところによると、私と話した後、ケヴィンは姉が戻ってくるまでの間は、ずっと自分の家の前、つまりうちの斜向かいにいて、私と姉以外誰も家を出入りしなかった、とのことだった。
補足として、姉が戻ってきたとき、私の視線は姉よりもう頭一つくらい高いところを見ていたように思う、と話した。
「ふうむ……」
父は少し悩まし気に首を捻った後、母の方を見た。
母は気遣わし気に、しかしはっきりと頷いた。
「今日のロールが見た男だが、実は数年前、ロールが生まれたかどうかくらいの頃に聞いたことがある」
「え!」
驚いて父を見上げると、父は首を振る。
「いや、うちに来たわけじゃない。王都とか、他の町の話だ。俺も直接は見たことが無い」
最近は聞かなかったんだが、と続けて、厄介そうに口を歪めた。
「色んな噂や報告が入り乱れていて、正確な話じゃないんだが、簡単にまとめると、魔力が無かったり極端に薄かったりする子供の家に、一人っきりでいる時に現れて、質問と要求をしていく、と言うやつだ」
「何を? 何を要求するの?」
「それが、ほとんどの子が『聞き取れない』んだそうだ」
『聞き取れない』とはどういうことだろう。
姉も小首をかしげて、
「何言ってるか意味が判んない、ってこと?」
「いや、文字通りで、話している言葉に雑音でも入ったように、意味のある言葉に聞こえないそうだ」
「それで、聞き取れた子供が攫われる、んだったかしら」
母が深刻そうに言うので、姉と私が飛び上がって驚くと、父が苦笑して訂正する。
「いや、それは途中までの話だ。母さんは噂のほうだけ聞いたんだろう」
「そうなの?」
「ああ、確かに消えるんだが、半日も経たずに見つかったそうだ」
消えるのは消えるのか!
「それも消えるといっても、その子たちは自分から出向いたのが、消えたように周りからは見えたらしい」
「なんで消えたの?」
「それがな……それも『聞き取れない』んだそうだ」
一生懸命に説明しようとするんだそうだが、周りの人間には全く伝わらないらしい、と父は困ったように続けた。
最終的に判ったのは、「鼻の長い男」に頼まれたこと、だけらしい。
姉は私の方を向いて、
「ロールはなんか要求されたの?」
私は首を左右に振る。
「んーん。質問があるって言って、それを言う前にお姉ちゃんが帰ってきて……」
そして、その時の恐怖を思い出し、また身体が震え始め、涙が出そうになる。
父が背中をぽんぽん叩いてくれたので、少し落ち着いたけど。
それから4人でひとしきり悩んでの沈黙の後、姉が言う。
「どっちにしても怖いし、ロールを一人きりには出来ないね」
「そうだな」
「父さんも母さんもお仕事だし、私がついてるよ」
「そうね、それしかないかしら」
「えー……」
私は、記憶が戻っても、まだ姉の足を引っ張るのか。
そこで、記憶のことを思い出す。と同時に、魔力のことをまだ話してなかったことも。
「あの、それより、もう一つ話があるの。と言ってもその男の話した内容なんだけど」
怪訝そうに3人は私の方に視線をやった。
「私、魔力があるらしくて」
驚く家族。私はなるべく聞いたことを慎重に再現しつつ説明をした。
……。
「放魔士? 聞いたことがないな。お前、知ってるか?」
「私も知らないわね。それに、魔力があるのに感知されないって、そんなことあるのかしら」
「私も初耳だよ……兄さんならしってるのかな?」
「アベルか……アベルよりジュリアの方が知っているかもな。あの娘、吃驚するほど頭が良くて物知りだしな」
「ジュリア姉さんなら、ロールにとっても十分信頼できる身内だよね?」
「うん」
ていうか、信頼できないのは元の男の方だよね。
「じゃあ取りあえず手紙を出しましょう。私明日手配しておくわ」
「頼む。あとな、出来ればお前たちの方に、明日からロールを連れて行ってやれないか?」
「そうね、薬施所ならシルヴィでなくても誰かしらいるしね」
「それに」
姉は私を睨んだ。
「ロールは言いつけ守らないからね」
うおう、まだ怒っていらっしゃいますかお姉さま!
「まあそれは後ね。折角のお祝いが台無しになっちゃう」
姉がさっぱりと切り替えてくれて、なんとか虎口を脱したよ。
この後、母は早く帰ってきすぎて買い物が出来ていないので出かけ、姉は夕食の準備。
私は父に連れられてベッドで少し休んだ。
食事が出来るまでの間、ベッドの際で装備の手入れをする父を見ながら、私は考えた。
あの男の言ってることが正しかった場合、それは、もしかすると転生に関係があるのかもしれない。
気になって、私は父に尋ねた。
「父さん、さっきの消えた子って、今何してるか知ってる?」
「ん? …………いや、知らんなぁ」
記憶を辿っている様子だったが、諦めたらしい。
「それに何かやってるといっても、多分今まだシルヴィと同じくらいの歳のはずだ。なんかの見習い以上にはならんだろ」
と、言うことは当時私と同じ5歳の時に、鼻の長い男が現れたということ、なのかな?
「そっか」
納得するふりの声を出して、軽く目を瞑る。
因果関係はあるのかもしれないし、無いのかもしれない。
でも、どっちにしても家族に迷惑が掛かってしまっているのだ。
それでも、ううん、それ以前のどうしようもなく子供だった私であっても、みんな私を愛してくれて、心配してくれて、守ってくれようとしている。
だから、やっぱり、隠せないと思うんだ。
いつもになく豪華な食事が終わり、デザートの果物が出された後、それを食べる前に私は言った。
まだちょっと不安だけど、決めたのだ。
「ちょっと聞いて。私、もう一つ真剣な話があるんだ」