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さいころーる!  作者: 明昌
第一章 プレイヤー
8/16

鼻の長い男

 

 ?



 最初に見えたのは、黒革靴と、皺の無い黒のスラックスだった。



 音も立てずに出現していたそれを見て、ゆっくりと視線を上げていく。



 黒のジャケットに白いシャツ。燕尾服というやつだろうか。


 両手は白い手袋。手袋はしないもんじゃなかったか、とぼんやりと思った。



 更に視線が上がる。



 引き締まった顎に、固く閉ざされた口。


 シルクハットを被っている。


 4、50代くらいに見える。

 面長の顔の輪郭に赤みがかった栗色の髪、右目には黒の眼帯をしていて、



 露出している左目が丸く、血走って、爛々と輝いていた。



 そして鼻が、異様に長い。20cmくらいはあるんじゃないだろうか。



 私は息を飲み、思わず一歩下がった。

 後ろにあった父の椅子に軽くぶつかり、思わず手桶を落とした。


 叫ぶことも出来ず、恐ろしさに震え、歯がかちかちと鳴った。



「失礼。驚かせるつもりではなかったのです」


 男は右手を胸に当てて軽くお辞儀をした。


「私はクリスと申します。失礼ですが、貴女がロールさんで間違いないでしょうか?」


 言葉も何も出ない。

 ただ私は、必死に何度も頷いた。


「登録式で魔力0との判定を受けられましたね?」


 ぶんぶん、と頷くしか出来ない。


 男は満足したように一つ首肯すると、私の前に片膝をついた。


 顔が近くなって、恐ろしさ10倍である。


 口調こそ丁寧でも、その血走った視線はしっかりと私を突き刺していて、顔を背けることも出来ない。



「お話の前に、念の為魔力の再確認を致しましょう」



 男はポケットから小さな物を取り出した。

 それは、チューブの付いていない、聴診器の先端だけのように見えた。

 違うのは、聴診器の裏側に半透明の石が付いていることだった。


 男は聴診器の側を、ゆっくりと、私の首からやや下、鎖骨と胸骨の交点に向かって差し出してくる。


 私はあまりの恐怖に下がろうとしたが、椅子が邪魔で、いや、実際には竦んでしまって動けなかったのかもしれない。

 目だけが、男の手が私の胸に近づいてくるのを、じっと追っていた。



 そして、聴診器が、私の肌に触れた。



 叫びそうになる、泣き出しそうになる、足が崩れ落ちそうになる。

 

 でも、そうはならなかった。

 何故なら。



 聴診器の裏についている魔石が、まるで裸の豆電球のように、間抜けに光ったからだった。

 ぴかっ! って。


「ほほう、これはこれは」


 鼻の長い男は、満足げに2度頷くと、すぐに手を戻し、聴診器を胸ポケットにぞんざいにしまった。


 何が起こったのか判らない。きっと間抜けな顔を晒していただろう私に、男は宣告した。


「今私が当てたそこに、大きな魔力が感知されました。ロールさん、貴女は魔力0などではありませんよ?」


 へ?

 なに?

 今なんて言った?


「と、言っても突然来た私にそう言われても信じられないでしょう」


 ぶんぶん、と肯定する。


「お身内に、いや、貴女が十分信頼できると確信できるような、冒険者の方はいらっしゃいますか?」


 ぶんぶん。


「では、その方に今起こったことと、放魔士について調査を依頼されると良いでしょう」


 ここに来て、私は初めて言葉を発することが出来た。


「ほうま、し?」

「そうです。貴女は放魔士として、相当な素養がおありですよ?」


 但し、と男は続けた。


「決して大っぴらに口外なさらないことを忠告いたしますがね」


 男は一つ嘆息すると、続けようとした。


「さて、私が今日ここに来ましたのは、貴女に質問とお願いがあるからです。貴女はさ」

「ロール!言いつけ破ったでしょ!」


 それを遮ったのは、扉を荒々しく開いて、怒ってるんだから! と表情でアピールした姉だった。



 そして、そうなる瞬間に、鼻の長い男は、音もなく掻き消えた。



「あー、やっぱり! 手桶出してるじゃない!」

「お」

「ロール、あんたなんでお姉ちゃんの言うことが聞けないの!」

「お、おね」

「ダメ、今日は泣いてもゆる」


「お姉ぁぁあああああん!」


 私は必死に姉に縋り付いて、泣き喚いた。


「え、え、え、なになに?」

「うわあぁぁぁあああああ!」


 その鳴き声に驚いたように、ケヴィンが覗きに来た。

 どうやら、家の前で荷物を整理していたようだった。


 が、とにかく私には今、何の余裕もなく、縋り付いて泣き叫ぶしか出来なかった。

 足も萎えて、ぺたんと座り込みながらも、姉に抱き着く力は緩められず、姉も一緒になってその場に座り込んだ。


「どうしたのロール? なにがあったの?」

「怖かった、怖かったよぉぉおお!」


 困った顔をしつつ、取りあえず私の背中をぽんぽん叩く姉。

 暫くそうしていた後、振り返って言った。


「ごめんケヴィン、ちょっとうちの母さん呼んできてくれない?」

「判った」


 ケヴィンが走り去って行き、姉と私が残された。


「はいはい、なんか判らないけど、お姉ちゃんがいますからね?」


 姉に宥められながら、泣き疲れて意識が遠のくまで、私はずっとずっと泣き続けた。


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