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さいころーる!  作者: 明昌
第一章 プレイヤー
2/16

ロールと家族


 周りの雑踏が少しずつ大きくなっていく中、わたしは目を覚ました。


 一人では大きすぎるベッド。隣で寝ているはずの、姉の姿はもうない。

 一応触ってみたけどもう温もりは感じられなかった。と言うことは、もういい時間なのだろう。


 寝起きのはっきりしない意識の中そう思っていると、寝室の扉がゆっくりと開き、わたしの姉、シルヴィが顔をのぞかせた。


「ロール? 起きた?」

「起きたよ」


 応えると、姉はにっこりと笑って近づいてきた。


 姉のシルヴィはもうすぐ9歳。母と同じ綺麗な銀髪を肩まで伸ばしている。濃紺のぱっちりした瞳に整った顔立ち。

 不出来で足手まといなわたしに、いつもふんわりとした笑顔を向けて接してくれる。


 姉は私の灰色に近いくすんだ銀髪を掻き上げ、おでことおでこをくっつけてひとしきりうーんと唸った後、


「熱はもう大丈夫そうだね、良かった」


 と、言って頭を撫でてきた。


「でも、明日大事な日なんだから、今日は暴れずに大人しくしておくんだよ?」

「いつも暴れたりなんてしてないよ……」

「そーね」


 悪戯っぽく笑う姉。


「もうちょっとで朝ごはんだから、呼ぶまで寝てなさいね?」

「うん」


 最後にポンと軽く私の頭を叩くと、手を振って隣の部屋に消えていった。



 わたしははっきり言って病弱だ。

 重い病気にこそ今までかかったことは無いものの、よく風邪を引くし、しょっちゅう熱を出す。

 わたしが生まれる前に死んでしまった下の兄もそうだったようで、家族にいつも心配と面倒をかけている。

 特に姉にはその分のしわ寄せが色々いっているはずなのに、いつも笑顔を向けてくれて「いーよいーよ」と言ってくれる。

 姉にはほんと頭が上がらないのだ。


 もう少し身体が強くなって、せめて森での薪拾いや野草取りはしたい。

 まだ先だけど、8歳の洗礼を終えたなら、姉や母と同じ薬施所の手伝いもしたいし、料理だってしたい。

 更に先になるけれど、別に相手がいるわけじゃないけれど、お嫁にだって行きたいよ。


 でも生来の病弱は、わたしをベッドに縛り付けて離さない。

 いつもというわけじゃないけれど、太陽のような姉を見ていると、自分の弱さに腹立たしさを感じて仕方ない。

 せめて、いつか足を引っ張るのだけはしないようになれるのかな。



* * *



 姉に呼ばれて、朝の食卓に着く。


 椅子によじ登ると、眠そうな父の顔が見える。


「父さん大丈夫?」

「ああ……ちょっと眠いが大丈夫だ」


 父は茶色の髪を掻き毟って、小さな欠伸をした。黒い瞳からちょっと涙が見える。ほんとに大丈夫?


 父・ヴァレリーは夜勤明けだ。私たちが暮らす田舎町カンペールで衛士をしている。

 それに合わせて、剣術と槍術の師範役もしている。もっとも、こっちは教える相手がいなくなったので、1年近く休業状態だとよくこぼしている。


 食卓は私の右に父、向かいに姉、その左隣。つまり私の斜め前に母が座っている。

 私が座ると、簡単なお祈りをして食事が始まった。

 

 母・ミシェルは父を見てくすくすと笑うと、パンを食べ始めた。

 母は姉と同じ綺麗な銀髪で、姉ほど物凄いというわけではないけれど、やはりけっこうな美人さんだと思う。

 家族の中では唯一ヒーリングの魔法が使える。それを活かして薬施所でも活躍している。

 仕事は凄く出来るし料理も凄いんだけど、実は割とずぼらで、掃除嫌いなのが玉に瑕だ。

 とは言え、優しい大切な母であることに変わりはない。


 あと、ここにはいないが、1年前に王都に行った兄がいる。この4人が、今のわたしの大切な家族だ。


「兄さんはお昼頃だっけ?」


 姉が母に確認すると、母は頷いた。


「そう聞いてるわよ? ジュリアちゃんもいるから、真っ直ぐ帰ってくるんじゃない?」

「そっかー。それなら安心だねー」


 姉はわたしを見てくすくす笑う。釣られてわたしもちょっと笑った。


「悪いなぁロール。明日はどうしても抜けられなくてな」

「お仕事なんだししょうがないじゃん」


 父の謝罪に軽くわたしが応えると、父はわたしの頭をがしがしと撫でつけてきた。

 スープを飲もうとしていたわたしは、その力に思わずスプーンをスープに押し付けてしまい、軽くスープが飛び跳ねてほっぺに付いた。


 むぅーと父をにらんで口をすぼめると、悪い悪いと言いながら父はほっぺのスープを指で拭き取り、自分の口に運んだ。


* * *


 食事が終わると、父は寝室に向かい、わたしは自分と父の分のお皿とコップを流しに置く。

 姉がさっさと食器を洗って立てかける。

 そろそろ母と姉が出勤する時間だ。


「ロール。それじゃ大人しくしてるのよ? アベルとジュリアちゃんがお昼頃来るから、ちゃんと言うこと聞いてね?」

「わかってるってー」


 頬を膨らませると、母は指で突いてきた。ぷしゅーと口の中の空気が抜け、3人でくすくす笑った。

 姉がじゃあねーと手を振りながら、母と共に家を出ていき、わたしも寝室に戻って、ベッドに座る。


 既に寝息を立てている父の邪魔にならないように、棚に置いていたウサギと犬の人形を持ち出し、小声でぎゃおー、きゃーなどと一人遊びをしてみた後、すぐに飽きてベッドに転がる。

 特に眠くもなかったはずが、転がっているうちにうつらうつらと眠気が襲ってきて、そのままお昼まで眠りについた。



 目を覚ますと、既に兄たちは到着していて、食卓で話をしていた。

 わたしが顔を出すと、ジュリア姉さんはにこっと笑って手を差し伸べてきた。


「ロールちゃん、相変わらず可愛いわねぇ」

「姉さんほどじゃないもん」

「もう、そんなこと言わないの。ロールちゃんも十分以上に可愛いよ?」


 ジュリア姉さんはわたしを抱き上げて、自分の膝の上に載せた。

 その光景を見てニヤニヤ笑いを浮かべる兄。


「お兄ちゃん、おかえりなさい」

「おう、ただいま」


 そう言って、父と同じように私の頭をがしがしと撫でる兄。


 でも、その兄と目を合わせることができない。


 兄・アベルは兄妹の一番上でもうじき16歳。黒髪に父譲りの意志の強そうな黒い瞳をしている。姉ほどではないにしてもその整った顔立ちと、深くこだわらないさっぱりした性格で、女の子には人気があるらしい。

 兄は去年、成人を迎えると冒険者になるといって王都へ行った。なかなかの凄腕らしく、暫くすると噂がこちらまで聞こえてくる程だ。

 ジュリア姉さんはそこで知り合ったパーティメンバーの一人で、公認のカップルである。


 だけど、わたしはその兄の目が何故か苦手だ。


 家族はみんな知っていて、勿論兄も、ジュリア姉さんも知っている。

 理由は、ほんとに自分でもさっぱり判らないのだ。


 兄のことは大好きだ。姉ほどでなくても、いつも優しくしてくれて、助けてくれて、意外とマメなところもある。

 虐められた記憶なんか全くない。勿論、わたしがなんかしでかしてお尻を打たれたことはあるけれど、そんなのは父も母も姉ですらしたことがある。

 だけど、目を合わせることだけがどうしても出来ない。


 克服しようと、何度か試しに目を合わせてみたことはある。兄は凄く嫌がったけど。

 すると、何故か動機が激しくなる。身体が震えて寒気がしてくる。そして、大泣きに泣き出してしまうのだ。

 勿論、兄が睨んでくるとかそういうことはないよ?


 そんなことが何度かあって、兄を無駄に傷つけるだけなので、家族内では了解事項となっている。

 兄もうっかり目を合わせてしまわないように、いつも微妙に距離を取ってくる。ほんとに面倒な妹でごめんね。お兄ちゃん……。




 しかし、今回ばかりはそうも言っていられない。その為に兄は実家に帰ってきたのだから。

 明日、春季日の前日。登録式のため。

 父と母がどうしても予定が合わず、姉ではわたしを抱き上げて連れていけないため、兄を頼らざるを得なかったのだ。


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