はじめてのさいころーる
思い出した。
それはトラウマと共に、私の中に封印されていたこと。
でも、もしかしたら、もし上手くいったら、お金を稼げるかもしれない。少なくとも、代書屋よりは。
ええ? いやいや、それはとらたぬにも程があるんじゃないでしょうか? と突っ込む自分もいる。
んー、でも思いついた勢いのままついケヴィンにも頼んじゃったしなぁ。
やるしかないのか? やるしかないかも? やるしかないかぁ。
と、家に帰ってからもうだうだ考えてしまう。
ぶっちゃけ、自信無いし。異世界チートとか、ほど遠いし。
そんな私を、母と姉は怪訝そうな顔で遠巻きに見ている。
私がそちらを見やると、さっと目を反らす。なによ、私そんな変な顔してる?
父が帰って来たので夕食を摂り、その後父に聞いた。
「お父さん、板が欲しいんだけどどこかにある?」
「板? どんなのだ?」
「えっと、これくらいのと、これくらいの。厚みはこんくらい」
私はジェスチャーで1m四方と、それより一回り程小さめのサイズを示し、最後に指で1cm程度の厚みを作って見せた。
「んー、家には無いが、詰所ならあるかもな」
「貰えそう?」
「明日見てきてやる。でもそんな物、何に使うんだ?」
「お金稼ぎ?」
ちょっと自信無さそうに言ってしまう。父はそれを流し目で見ていたが、「まあいいだろ」と一応了承してくれた。
次の日、手ごろな大きさの板を2枚、父が持って帰ってくれた。
小さな方は望み通りだったが、大きい方は、
「こっちの板、正方形にならない?」
父は面倒そうな顔をしたが、物置から鋸を持ってきて、さっと切ってくれた。
その間に、私は小さいほうの板に、すぐ抜ける程度の力で釘をぽんぽんと打っていった。
ちょっと広いな、と抜いてはまた打つ。
「よし」
概ね気に入ったので、そこに糸を引っ掛けて行く。
「なんだそれ、すぐ抜けちまうんじゃないのか?」
「いいの、どうせ抜くし」
細かいことは説明せず、父が切った方の板を受け取ると、同じように釘を打って糸を這わす。
……まあ、こんなもんかな? 後は明日だね。
翌日は酒場の日。大分体力が付いてきたか、片道程度では息が切れなくなってきた。
私はおじさんに頼んで黒の塗料と筆を借り、板に、糸に沿って線を引いていく。
「ロール、なんだそりゃ?」
曖昧な笑みを浮かべてそれをやり過ごすと、2枚の板共に、線が引き終わった。
最後にちょんちょんと点を打って、完成。
「出来た」
まあハンドメイドだしね。何となく歪んでてあれだなぁ。でも品質を求めてもしょうがないしね。
そして、家に帰ると母から、
「ケヴィンがそれ、持って来たわよ?」
と言うので玄関脇を見ると、袋が置いてあり、中を見ると、概ね期待通りのものが入っていた。
一応、これで準備完了ね。
しかし……。
夕食後、相変わらず私はグダっていた。
一応準備は出来た。
始めるのは3日後から。
でもここまで来ても、まだ私は踏ん切りがつかない。
いやぁ、だってさぁ、どう考えてもこんなの上手くいかないでしょ?
うん、遊びとしてならそこそこかもよ?
でも、目的はそっちじゃないからね?
とは言ってもねぇ。
私には他に引き出しが無いのよねぇ。
そんなことを思いながら、私は目の前のコップを指で弾く。
コン、と鈍い音が鳴る。
うーん、うーん、うーん、と、頭の中は堂々巡り。
どーしよ、やる、やらない、やるしかない、うまくいきっこない。
何がなんとかするだ、大見え切って、出てくるのがこれか。
あの時は、異世界知識でなんとでもなると、根拠無しに思っていただけ。
現実は、厳しいのだ。
何が異世界知識だ。
と言うか、なんで私は異世界知識なんぞを持って生まれてきたりしたのか。
誰だ、こんなことしたの。神様か? 仏様か? 責任者出てこい!!
もう、誰でもいいから、助けてよ。
他に思いつかないんだよ。これでなんとかして。
お願いします! お願いします! お願いします!!
そして、ふと目を開ける。
なんだか、急に静かになった気がしたから。
目の前には姉が、半分呆れた顔をしながら見つめている。
でも、
あれ? なんか、ピクリとも動いてなくない?
と、思った瞬間、急に周りの色がセピア色に色あせた。
そして、私はいた。
かつて見た、ふわふわの場所に。
私はきょろきょろ周囲を見回す。
何もない。色がついてるんだかついてないんだか。
目の前のそれ以外、何もない。変な場所。
そして、目の前のそれは、
二つのさいころだった。
え、私寝ちゃったの?
ううん、寝てない。確かになんだかふわふわとするけれども、腕も動くし歩けるし、抓ってみたけど痛かった。
そして、さいころが、私に、「さあ振れ!」と、訴えかけてきている。
私は、前に見た時より少し小さめに見える二つのさいころを、同時に持ち上げた。
振ればいいんでしょ振れば。
ぽいっと投げる。
力の入れ方が微妙だったか、一個はころころ言って、すぐ止まった。
目は「4」。
もう一個はころころころころともうちょっと長めに転がった後、何もないように見える壁に当たったか、そこで止まった。
目は「6」。
「4」と「6」。足して10。
うん。
だから?
と思わず突っ込みを入れると、始まった時と同じように、周囲はさいころごとさあっと消えて、残ったのは目の前の姉の呆れたような顔だった。
姉はコップを持って、ごくごくと中身を喉に運び、さあ寝よっか、と言った。
何だったのか。
特に何も変わってないように見える。
何か追加で思い出したようなことも無いし、周囲が何か変化したようにも見えない。
もうほんと、なんなのよ?
そして、その後何事もなく二日過ぎ、代書屋の日がやってきた。