閑話 アベルの仲間たち
一週間ほど後の事。
アベルとジュリアは王都へ向かう街道を歩いていた。
行と同じように乗合馬車に乗ろうとしたアベルを、「無駄遣いできる身分?」とジュリアが切って捨て、歩くことにしたのだ。
実際野営が一回増えるかな程度の事であったし、約束の日までも余裕は十分あった。
周りは草原とたまに森。大した高低差もない道で、他の道ずれも通りすがりもほとんどない中、アベルはジュリアの手を引きながら半歩先を歩く。
街中では決してしないことだが、弱みがあるため渋々である。
ジュリアはにこにこし、対照的にアベルは仏頂面だ。
「それにしてもねー」
もう何回目だろう。アベルはうんざりしていた。
「アベルも妹は可愛いかぁ」
「しつこいぞお前」
「だってねー、あんなに半年半年言ってたのにねー」
ロールの視線に負けるまで、アベルは期限を半年にするつもりだった。
来るときの馬車内でアベルが勝手に決め、ジュリアが怒ったことだ。しかし。
ちゃんと見たのは何年ぶりか判らない妹の潤んだ目に、強力な魔獣の殺意の目線ですら動じなかった彼はあえなく陥落した。
くすくす笑いながらジュリアは追撃する。
「メラニー達になんて言うかしらねー」
「言うな、今から頭痛ぇ」
仏頂面に苦々しさが加わるアベルであった。
* * *
這う這うの体でダンジョンから出てきたアベルたちのパーティが、なんとか定宿にたどり着き、人心地付いての翌日。
アベルはクエストの報告をしに冒険者協会に足を運び、届いていた母からの手紙を読んで驚き半分、訝し気半分で宿に戻った。
夕食の席で、戦利品の魔石のネックレスの相場の調査をメラニー、彼のパーティの女シーフに依頼して、それ以外を山分けにした後、部屋(ジュリアと同室)に戻った。
ジュリアに手紙を渡して尋ねる。
「なあ、放魔士ってなんだ? 聞いたことねえけど」
「……」
それには答えず、ジュリアは持ち込んでいた何かの書籍を慌てて繰り始めた。顔色が悪いのは昨日の夜半まで目覚めなかった程の疲労のせいか、それとも。
アベルは不審げにジュリアを見ていたが、本に熱中すると周囲がお留守なのはいつもの事なので、暫くして諦め、酒場に行こうと立ち上がった。
「ちょっとちょっとちょっと」
「あん? 何だよ」
慌てて取り縋り、腕を引く彼女に不機嫌そうに応じると、ベッドに座らされ、さっきまでの本を持ってきて小声で話す。
「拙いかも、ロールちゃん」
「何が?」
ジュリアの説明に、彼の表情が不快気なものから無表情へ、そして最後には蒼褪めるまで、それほどの時間を要しなかった。
「で、どうしたらいい?」
こんな時は慌てずにジュリアの意見を聞く。それがこれまでの経験則で、その方がより安全で、より効果が高いことをアベルは知っていた。
無論、それを聞いて決めるのはアベルの役割だ。アベルが受け止めて最後に決めてくれるからこそ、ジュリアもある意味好きなことが言えた。
「取りあえずはあのネックレスかな。借りるのでいいからあれをロールちゃんに渡して魔法を覚えさせて、自衛手段を持たせないと」
聞いてアベルは少し考えたが、やがて軽く首を横に振った。
「魔法はいい。但し借りるのはダメだ。喉から手が出るほど欲しいのは事実だけど、それは違う」
「どうしてよ!」
「そりゃお前、そんな事情を話したら、あいつらの事だ、嫌なんて言えるか?」
「それは……そうかも知れないけど」
「どっちにしても値決めしてからだな。明日には判るだろ、それを聞いてから決める」
ジュリアは不満そうに睨むが、アベルは取り合わない。
「ロールちゃんのことが心配じゃないの?」
「心配に決まってるだろ。でもそれ以外にも心配事はある」
「何よ他の心配事って!」
「パーティのこととか色々だ」
「だから借りたらいいって言ってるでしょ!」
「そんなの論外だ。待たせるわ値も下がるわ、良いことなんか何もない」
「そんなのなんとでもなるじゃない!」
「身内の話だ。迷惑は掛けられない。お前も含めてだ」
「なんでそんな事言うのよ!!」
ヒートアップがついに限界に達して、ジュリアは爆発した。
こうなると、頭が良くて理性的だと周囲から言われる彼女でも、ただの女だ。
勿論相手がアベルだから、と言うのもある。
そのままどんどんと不毛な言い合いになっていき、
「いいよ! もう今日はさせてあげないから!」
「バカかお前」
こういう台詞で決裂するのも毎度のことだ。アベルはこういう時絶対に彼女の機嫌を取らないタイプで、さっさと酒場へ行ってしまう。
そして暫くして機嫌がやや収まったジュリアが酒場に降りていくと、カウンターの隅っこでエールを浴びるように飲む彼を見つける。
知らぬ顔をして一度部屋に戻るが、一刻ほどしてまた覗きに行くのだろう。これもまたいつものことだった。
* * *
翌日の昼、パーティメンバーが揃って昼食。
アベルとジュリアの向かい側には、メンバーのメラニーとマックスが座っている。
メラニーは獣人のハーフの娘で、ネコ科の耳を頭上に持つ。但し、人間風の耳も持っている、ハーフとしても珍しい「四つ耳」だ。
その耳から来る索敵性の高さから、シーフをしている。
その隣のマックスは人間で、がっしりとしたやや横広の体躯で、背は低めの人間だ。こちらは重戦士でパーティの盾役。
この二人もアベルたちと同じく男女の中で、一緒に行動しないときは大抵カップル単位で動いている。
パーティと言っても、4人が揃って活動するのは意外と少なく、クエストで言えば月2回ほどだろうか。
それ以外は、このような時間を作ってお互いの予定をすり合わせつつ、個別に活動している。
その代わりというのも変だが、4人で動くケースになると報酬・難易度共に高く、時間を掛けるものになってくる。
そして今は、その案件が丁度終わった後の、短い休みと言うわけだ。
軽食を摂った後、アベルが切り出す。
「少し話と言うか相談があるんだが、その前にブツの件、聞いていいか?」
メラニーは意外そうに眼を細めるが、それには触れずに、問いに答える。
「何件か聞いて回ったけど、最低で金貨5枚、無色なんで色を付けるーって誘いもあって、交渉次第じゃ8枚はいくかも、ってところかな?」
「当たりだな」
マックスが相好を崩す。得意気にメラニーは口の端を歪ませた。
「んでどーする? すぐ売ってもいーし、キープして貯金代わりにしてもいいんだけど」
メラニーが尋ねると、アベルは目を反らしつつ答えた。
「その件で相談があってな……結論言うがそれ、俺が買い取りたい」
「買い取る? そりゃごーきだねアベル。んでいくらで?」
マックスが首を傾げ、何か言おうとするのを制しつつメラニーが聞く。
「2枚ずつで」
「へっ? 最高値で? 流石に聞くよ、なんで?」
「私は要らない。そっちのだけで」
「それはダメだジュリア。話を聞かないうちには認めん」
ジュリアが放棄の意思表示をするのに、アベルが何か言う前にマックスが咎めた。猫耳を微妙に揺らしながらメラニーはマックスの腕をつねる。
「まっくすー? 聞かなくてもわかるっしょ? ジュリアがあんな言い方するってことはさー。お身内案件でしょー?」
自分が尋ねたことを無かったかのように言ったが、マックスは首を振り、アベルを睨んだ。
「ダメだ。話せアベル」
拒むかと思われたが、アベルはあっさりと応じた。
「判った。但し訳ありなんで、場所変えていいか」
男達がさっと立ち上がると、メラニーはあーもーと呆れるように呟いた。
* * *
アベルたちの部屋に入り、思い思いの場所に腰かけた後、アベルは事情を包み隠さず話した。
ジュリアは渋い顔、メラニーはチラチラとマックスの顔を伺っている。
マックスは聞き終わると、何の迷いもなく言った。
「では俺も放棄だ」
「もー! まっくすー!」
「お前は貰え」
「だー!! んなこと出来るわけないでしょーがー!」
メラニーは悪態を付くが、マックスは動じずに目を瞑る。
しかしアベルは首を横に振った。
「いや、それは困る。身内の話でそんな事は出来ない」
「良いと言っている」
「ダメだ、買い取る」
「買い取るとか言うが、金あるのか?」
「ある」
「すっからかんになるのをあるとは言わない」
男同士の言い合いになりそうな気配に堪らずジュリアが口を挟む。
「だから借りることにして」
「しつこいぞジュリア。昨日却下したろうが」
「納得なんかしてない! 勝手に決めないで!!」
「ウチの話だ」
「まだそれ言う気なの!!」
逆効果にも程があった。
そのまま昨夜の続きになりそうなところで、呆れたのか諦めたのか、嫌な顔をしつつメラニーが口を出した。
「こうなるからほーきとか言っちゃダメなんだよまっくす。それよりお二人さんこっちちゅーもく!」
そう言いながら預かっていたペンダントを取り出すと、そこにダガーを突き立てた。
ぎょっとして黙る二人に、肩を竦めながらメラニーは言った。
「これ、ちょっとでも早く妹ちゃんに届けなきゃなんでしょ? そんな無駄なケンカで時間つぶすのー?」
ダガーを引っ込めながら睨むと、アベルとジュリアはばつの悪そうな顔をした。
「じゃあ、どうしろって言うんだよ」
「みんなの顔立てるしかないっしょ? ったくもー」
そして提案したのが例の分け方。途中で異議を挟もうとするマックスを
「ばかまっくすは黙れ! あんたがよけーなこと言うから拗れたんでしょーが」
と言って黙らせると、メラニーは決定とばかりに魔石をジュリアに押し付けた。
「なるべく早く払う」
「ま、そこは好きなよーにしなよ」
メラニーはひらひらと手を振った。
* * *
「誰も気にしないと思うけどねー」
「俺が気にする」
「あの場ですら言ってなかったのに、そんな必要ないんだけどね。それに」
そしてまたクスクス笑いながらジュリアは続けた。
「どうせ適当なところで肩代わりする気でしょう?」
「……」
「ばればれなんだから。ほんと」
そしてジュリアは繋いだ手を離すと、アベルの腕に絡みつきながら顔を見上げた。
「バカなんだから。あんたの嫁になる人も苦労するわねきっと」
「言ってろ」