それはそれ、これはこれ
私の発言に、みんなちょっと嫌な顔をした。
そりゃそうだろう。異形の男の話に魔力の話、それだけでもうお腹一杯の筈だ。
まあその二つに比べると、今からの話はそこまで深刻な話とも言えないかもだけど。
「さっきの魔力の話と関係ないのかもしれないけど、体質的には関係あるかもしれなくて」
そう言うと、父は居住いを正し、続けるように目で促す。
それでもまだちょっと怖くて、つい言い訳がましい話を先にしてしまう。
「あの、今から言う話はその、さっきの話以上に信じられないだろうって言うか、夢でも見たんじゃないかと思われても仕方がないというか、なんで今頃言い出すんだって怒られるかもしれないというかその……」
どんどん尻すぼみになっていく私の言葉に、父は、
「ごちゃごちゃはいいから早く話せ。デザートが喰えんだろうが」
「う、うん。じゃあ、言うね」
私は深呼吸をして、吐き出すように言った。
「わ、私! 生まれ変わりなの!」
思わず目を瞑ってしまい、恐る恐る目を再び開くと、3人はぽかーんとした顔で私を見ていた。
おろおろと代わる代わる家族の顔を見ていると、若干呆れの入った表情に変えつつ姉が言った。
「生まれ変わり? なんの? 猫?」
ね、猫って……。
ひょっとしてお姉さま、言うこと聞かない妹と猫を掛けてらっしゃいます?
「い、いや、そゆのじゃなくて」
「じゃあなんかすっごい有名人?」
「いや、平凡な女の子ですけど……」
そして私はぽつぽつと語りだした。
この世界とは違う世界に生きていた女子高生、相原真紀(17)のこと。
片親で兄がいて、母は小さい時に他界したこと。
交通事故に巻き込まれて死んだこと。
それからそれから。
うーんと。
吃驚するくらい語ることないなおい!
前世の私、マジなにやってたのよ!
「後はそう、記憶が蘇ったのが今朝のことで」
「何故記憶が戻ったの?」
「それは多分だけど、夢の中にskふぃぐhjdべfぽbbのpwdfのえbねぴg、んだと思う」
「は? なんだって?」
何か変なことを言っただろうか? いや、変なことだろうけども!
「え、だからskふぃぐhjdべfぽbbのpwdfのえbねぴg、んだってば!」
「ちょっとロール、何言ってるのか判んない。落ち着いて話して?」
姉が眉を寄せて言うのに、ちょっとムカッときて、
「だーかーら! 『さいころが出てきてそれを振って偶数が出たら、記憶が戻ることになってた』って言ってるじゃん!」
「おい」
急に父の声が低くなったので、吃驚してそっちに向き直る。
「な、何? 父さん?」
「お前、さっきからちゃんと話しているつもりなんだよな?」
「え、そうだけど」
「……」
父は目を閉じて、眉間に皺を寄せる。
それを見た母が、急に「あっ!」と声を上げる。
「あなた、これもしかして」
「……ああ、これが所謂『聞き取れない』なんじゃないか?」
え!
さいころのことは、周りには聞き取れない!?
どゆこと!?
「えー、でも」
姉が不審げに言う。
「今の話聞いてると、その聞き取れない話より、生まれ変わり? 転生? 前世の記憶がある? の方が、よっぽど大事な気がするんだけど」
「だよなぁ」
私もそう思う。何故なんだろう。
「んー……まあどっちにしてもだ、ロール」
父は困った顔で言った。
「その今聞き取れなかった話は、外でも絶対にするんじゃないぞ、いいな?」
「え、なんで?」
「そりゃお前、明らかに何言ってるのか判らんなんて、周りからしたら気味悪いからに決まってるだろうが」
最悪、捕まったり、通報されたりするかもしれん、と父が言う。
しかもそれに対して明確に答えられないわけだから、尚の事だ、とも。
考えすぎかもしれないけど、用心に越したことはない。
私は了解した。
「で、その、それはそれとして、どうなのかな?」
恐る恐る尋ねると、父と姉はうーん、と首を捻った。
まず姉。
「確かに今朝から妙に元気だったりやる気だったりはしたけど、ねぇ」
そして父。
「普段に比べて騒がしいな、とは思ったが、別人とまでは。なぁ?」
最後に母。
「あら、私は信じたわよ。と言うより、納得した」
え!?
意外! 信じたのは母!!
「お母さん、信じてくれるの?」
「お母さん、どこ見て納得したの?」
私と姉が尋ねると、
「うーん、見てれば判るくらいに別人だったんだけど」
「そうか? 確かに別人のように無駄に元気だったが」
「それも少しあるけど、そこじゃないわよ」
え、と言うことは私、なんか大きく違ってるところがどこかにあるということ?
「そうね、例えば話し方かしら。さっきもその前も、前なら思いついたようにぼそぼそ話していたのが、妙に順序だってるというか、整理されてるというか」
そ、そうかな。自分では気が付かなかったけど。
ちょっと照れてしまう。
「でもそれも騒がしいのと同じと言えば同じかしら。そうね……見た方が判りやすいかしらね」
母は呟いた後、さらりと言う。
「まあそれより、食事を済ませちゃいましょう。召し上がれ」
なんだかはぐらかされたような気がするが、そう言われてお皿に手を伸ばす。
デザートはイチゴだ。
それを口に運び、甘味に頬を綻ばせていると、
「はいそこ」
母が指さす。私を。
「え?」
驚いて動きを止める私を放置して、母は父に問いかける。
「あなたの方が判りやすいでしょう? ロール、いつもと全然違うでしょう?」
私の横に座る父は、面食らいつつも私をじろじろ見る。
「え? 何がだ?……すまん。判らん」
「もう、娘の事でしょ。普段からもうちょっとちゃんと見なさいな」
「お、おう、すまん」
頭を掻く父を放って私を見ると、母は指摘した。
「ロール。あんた今までと違って、背筋が伸びて顎を引いて、ちゃんとした姿勢で食事しているわよ?」
「ああー! ほんとだ!」
言われて姉も気が付いたらしく、驚愕を露わにしている。
えー、今まで私、そんな驚かれるほど行儀悪かったっけ?
「そ、そこまで驚かなくても」
「何言ってるのロール、あんた昨日までこんな感じでお皿に身体ごと近づきながら、もそもそ食べてたじゃない!」
姉の渾身の実演である。
両肘を食卓の上に乗せて食卓にのしかかるような態勢で、口をお皿に近づけて、パンをスープに浸してもそもそ食べるような姿。
「あ、ああ!」
自分でも判った!
確かにそうだ。お皿に凄い近いので、スープを飲むときに頭を撫でられたりすると、その拍子に飛び跳ねたスープが顔につくとかしょっちゅうだった。
確かに別人のような食事の姿勢である。
そういえば今朝、母が私のことをやけにちらちら見ていた。それでか!
「生まれ変わる前が17歳って言ってたから、年齢のせいか、それとも親が厳しかったか。どちらにしても、今の姿勢は綺麗よ。ロール」
母が褒める。ごめん、照れちゃう。
「5歳にもなったことだし、そろそろ厳しく躾けなきゃと思ってたところだったから、手間が省けたしね」
そこでずぼらな面を見せなきゃもっと嬉しいんですけどお母さま。
そしてもう一つ言うことを思い出す。
「それで、魔力が無いって話なんだけど、前世は魔法とか魔力とか無い世界だったから、もしかするとそれを受け継いでるのかも、と思ったの」
「魔力が無い世界? それお前個人じゃなく、全ての人間がか?」
「うん」
そう言うと、ちょっと想像つかないと首を捻る父。
ただ、さっきの母の話で、少なくとも転生自体は事実のように受け止めてくれたように見える。
姉もそれを引き取って、
「え、じゃあ病気とかになったらすぐ死んじゃうの?」
「ううん、魔力の代わりに技術が発達してて、薬でたいがいの病気は治っちゃうの」
「そうなんだ、便利だね」
まあ実際にはそうでも無かったりするけどね。お金とか。
「でもそれだと、この世界ではロールが生きてくのは厳しい、ってことに変わりなくない?」
姉の指摘。そこなんだよね。
「魔力でしか抗体が出来ない、って考え方ならそうかもだけど、実際は違うと思うの」
だってそれなら、魔力が無くて薬も満足に得られなかった昔の地球人が、生き残れたとは思えない。
勿論死亡率は高かったけれど、何千年も生き延びてきたのだ。人間ってそんな弱くないと思う。
あやふやな根拠だと自分でも思ったけど、ここは安心させる意味も込めてそう言い切った。
少なくとも、5歳まで生きられたんだ。もう大丈夫だと。
何千年、と言う部分にみんな驚いていたけど、概ね納得してくれた。
それに、例の男の話を信じれば、だけど、魔力もあるなら尚更だ。
最後まで納得してくれなかった姉が、まとめるように言った。
「そっかー、じゃあ、それで何が変わるって訳じゃないけど、ほんとのことだ、ってことで良いのかな」
それに両親も頷く。
「まあ確かに言われてみれば、だから何、と言う話だしな」
「そうね、行儀が良くなったしね」
「そうだね、あはは」
信じることはともかく、3人がやけにあっさり受け入れたように思えて、私は内心を思わず口に出した。
「え、その、いいの?」
「何が?」
「だってその、変だとか、気味が悪いとか、昨日までのロールはどこに行った、とか思わないの?」
「バカなこと言うな」
え?
「こんなことぐらいで何言ってんのあんたは」
え? え?
「それで何が違うって言うの? 変なロール」
え? え? え?
「生まれ変わりだろうが何だろうが、ロールは私の妹で、私はロールのお姉ちゃんだもん」
そう言ってくれるのか。
思わず目が熱くなり、鼻の中が痛くなる。
悩むことなんて無かった。
真紀とかロールとか関係なく、父も母も姉も、私を愛してくれているんだ。素直にそう思えたから。
「ううっ、お姉ちゃぁん!」
私は感動に胸を震わせながら、思わず椅子を降りて姉に飛びついた。
姉はしっかりと私を抱きとめると、
膝の上に寝そべらせた。
「あれ?」
「ロール? もう話したいことは全部終わったよね?」
「え、あ、うん」
「そ。じゃあ後ずらしになってたけど」
「ロール、あんた言いつけ破って水使ったよね?」
「え」
「誤魔化そうとして外に水捨てたでしょ。お姉ちゃんに判らないと思った?」
「あ、あのその」
「手桶も持ってたし、言い逃れできる?」
「で、出来ません」
「はい。じゃあお仕置きね。ちょうどいいとこにお尻もあるし」
「あ、でもその、今日は色々あったし……その、お姉さま?」
姉はにっこり。
に、にっこり?
「それはそれ、これはこれ」
父と母は、私が姉にぶたれてぎゃーぎゃー泣き叫んでいるのを、苦笑いしながら眺めていた。
結論。
ロールとか真紀とか何にも関係ない。
私は姉には勝てないのだった。
興が乗りすぎて2話分の分量になってしまいました(汗)
途中で切りにくかったのでこのままで。