表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚ろな器  作者: 髙津 央
国立魔道学院
9/51

09.能力

 夕食後、食堂で志方(しかた)の周囲に同級生が集まった。

 お茶を飲みながら、買物が原因で起きた苦い経験を語る。


 神社の子〈(なぎ)〉と〈(さかき)〉、眼鏡っ娘〈柄杓(ひしゃく)〉。

 魔力のない三人の見鬼(けんき)たちは、志方と同様の経験があるらしい。「うんうん」「あるある」「わかるわかる」と相槌を打っていた。


 「霊視力じゃ、雑妖や霊の(たぐい)は視えても、残留思念や(けが)れは視えないもんねぇ」

 魔力を持ち、幼稚舎から学院に居る〈三日月〉が、眉根を寄せて使い魔の梅路を撫でる。

 梅路は本物の猫のように目を細め、喉を鳴らして喜んだ。


 濃い茶髪の〈火矢(ひのや)〉が、畳んだエプロンの紐をこねくり回しながら、途方に暮れた。

 「そんなの、どうやって避ければいいんだろ……三界の眼なら、そう言うのも視えるらしいけど、レアな能力だし……私たちみたいな、タダの見鬼じゃ、どうしようもないよね」

 「サンカイノメ……?」

 神社の子〈(なぎ)〉が首を傾げる。


 ……まだ、習ってない話なのか?


 志方も〈梛〉と一緒に〈火矢〉を見る。

 彫が深く、大人っぽい顔立ちの少女だ。憂いに(かげ)る瞳が艶っぽい。

 鼓動が高鳴り、志方は思わず目を逸らした。


 「三界の眼って言うのは、特異な視力です。能力者もそう呼ばれます。

 物質界、幽界、冥界の三つの世界が同時に視えるから、三界の眼。

 肉眼や普通の見鬼でも視える物の他に、人や物、場所に残った思念とか穢れの類も視えます。

 それと、人の寿命とか、三界の魔物って言う特殊な魔物も視えるそうです」

 委員長の〈柊〉が淀みなく解説した。


 〈火矢〉と〈樹〉を除く級友が、興味深げに耳を傾ける。二人は元々詳しいのか、黙って頷いていた。


 「湖北地方……って言うか、ムルティフローラの王族にのみ、稀に生まれるレアな能力者です。

 三界の眼は、(しるし)を『何者にも染まらない黒い動物』にする習わしがあります。魔法文明圏では、殆ど常識レベルです。

 大抵の国で、三界の眼じゃない人が、徽を黒い動物にするのは、法律で禁じられています。違反したら、死刑とかの重罪で……」

 「えぇっ!?」

 それまで黙って聞いていた〈(いつき)〉が、勢いよく立ちあがった。


 椅子が倒れる音に、他学年の生徒たちが、ギョッとしてこちらを見る。〈樹〉は周囲にペコペコ頭を下げながら、椅子を起こして座り直した。


 「何? 私、ヘンなこと、言いました?」

 「いっいや、その……」

 委員長に()(ただ)され、〈樹〉は下を向いて逡巡(しゅんじゅん)していたが、やがて顔を上げて答えた。


 「知り合いに、黒山羊を(しるし)にしてる人が居たんだ。……でも、その人、もう、病気で亡くなってるし……えっと……」

 「黒山羊って、帝国大学の(ともえ)先生?」

 「えっ!? 〈火矢〉さん、知ってんの?」


 あれっ? 名前出しちゃっていいのか?


 志方は〈樹〉とは別のことに驚いて〈火矢〉を見た。

 「知ってるも何も、ねぇ……」

 高等部から入学した〈樹〉に問われ、〈火矢〉は隣に座る〈柊〉に同意を求めた。

 「私もお話したことありますよ。この学院は、巴先生に凄くお世話になってたんです」

 「魔術概論の教科書、書いた先生よ? 教科書の最後のページ、見てないの?」


 「最初の入学式って言うか~、開校式に~来てくれたんだよ~」

 「五周年の時も講演に来てたし。イケメンだけど、声がやたら可愛かったし」

 「それでその時に、タダで水晶に魔力補充してくれたんだよな」

 「ちょっと触っただけで満タンになって、あれ凄かったよねぇ」


 「魔法の実演も面白かったし。超! 為になったし」

 「亡くなったの、残念だったなぁ。まだ三十代だったのに……」

 幼稚舎から在学する級友たちが、口々に巴先生の思い出を語る。


 中等部から入学した見鬼の〈梛〉、〈榊〉、〈柄杓〉も知らないらしく、羨ましそうに聞いていた。


 「教科書に書いてある著者名は、この国で生活する為の仮のお名前です。王族としての御名は当然、今でも秘密です」

 「ふーん。何か見たことある文章だなーとは思ってたけど、教科書だから、そんなもんかと思って、作者が誰かって、全然気にしてなかったよ。って、えっ? 王族?」


 「巴先生は、何代か前にムルティフローラ王家の血が入ってて、先生ご自身も王族でした。本物の王子様だったんです!」

 委員長がうっとりと語る説明に〈樹〉が狼狽(うろた)える。


 「えっ? あいつそんなスゲー奴だったの? あ、あいつって、中学の時の友達なんだけど……確かに、一回、ムルティフローラの親戚ん()に行くって言ってたから、お守りの作り方、教えたこともあるけど……友達の叔父さんが巴先生だから、つまり……」


 「王子様の親戚とお友達ッ?」

 〈柄杓〉と〈三日月〉が同時に食いついた。


 魔力があろうがなかろうが、女って奴はミーハーなんだな。


 志方は、そんな二人をぼんやりと眺めた。

 視界の端で〈渦〉が興味なさそうに銀条(ぎんじょう)と戯れている。

 これはこれで、関わり合いになりたくない手合いだ。


 「俺、中二の一学期に、田岐(たぬき)へ引越して来て、それからリアルで会ってないけど……」

 「えーっ? メールとか、何かSNSとかしてないの?」

 「してる。けど、あいつ自身は魔力も霊視力もないぞ? 王族と親戚ってのも、今、知ったくらいだし……いや、まぁ、安全の為に、世間的には内緒だったのかもだけど……」

 戸惑いながら〈樹〉が答える。


 二人は一瞬、落胆の表情を見せたが、すぐに立ち直り、質問を重ねた。

 「でも、カッコイイんでしょ?」

 「優しい? ね、そのコ、優しい?」


 「えっ、あ、あぁ、顔? 顔なの? まぁ、巴先生の縮小コピーみたいな感じで、性格はちょっと暗いけど、大人しくて真面目だったな」

 日之本帝国人らしい平凡で地味な容姿の〈樹〉は、ややムッとしながらも律儀に答えた。

 ミーハー女子二人から歓声が上がる。


 イケメンで特殊能力持ちで、頭もいい王子様ってさ、天は一体、一人の人間に、何物(なんぶつ)与えちゃってんだよ? ……あ、でも、早死に……


 志方は、複雑な思いで「巴先生」に想像を巡らせた。


 「今、そう言う話じゃありませんから、ちょっと戻します。買い物でうっかり危険物に手を出さないように、どうすればいいか、考えましょう」

 委員長がひとつ咳払いして、脱線した話を軌道修正した。

 ミーハー女子二人は、バツの悪そうな顔で小さく肩をすくめた。


 神社の娘〈(さかき)〉が、(ごく)当たり前のように言った。

 「実家に時々、曰く付きの品が持ち込まれて、お祖父ちゃんたちが何とかしておるな」

 「うちも大体、そんな感じ。俺、跡継ぎだから、夏休みとかに実家帰ったら、お祓い手伝わせてもらってるんだ」


 「手伝いって?」

 身を乗り出して〈水柱(みはしら)〉が聞く。〈(なぎ)〉は興味津々な視線から逃れるように目を逸らし、頭を掻いた。

 「いや、まぁ、その、俺、まだ全然、あれで、えっと……」


 「何でもいいから、教えてくれる? 俺、父さんが除霊師だし、卒業したら手伝うし。モノのお祓いって、まだ見たことないし」

 更に言い(つの)られた〈梛〉は、観念して正直に語った。

 「あー……そのー……手伝いったって、道具を神殿に運んで、終わったら片付けるってだけで、中で何やってんのかは、まだ見せてもらってないんだ」

巴先生と中学の時の友達については、

「野茨の血族」の「主な登場人物一覧」(http://ncode.syosetu.com/n7407ck/41/)をご参照ください。


〈樹〉は、

「碩学の無能力者」(http://ncode.syosetu.com/n3284cl/)の主人公です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ