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虚ろな器  作者: 髙津 央
国立魔道学院
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08.買物

 志方(しかた)は〈雲〉を招き入れた。

 親切と善意に満ちた顔に、とても、その場凌ぎの言い訳だったとは言えない。〈雲〉に椅子を勧め、志方はベッドの端に腰掛けた。


 エアコンはないが、窓を開けると山からの風が心地よい。

 網戸に蛾が貼りついた。


 ……あー、ま、いっか。この際、聞いちゃえ。


 「笑わないで聞いてくれるか?」

 「うん、笑ったりしないよ」

 声を潜めて言う志方の目を真っ直ぐ見詰め、〈雲〉は請け合った。


 「俺、親に言われてさ、この学校のこと、全然知らないで転校して来たんだ。元々魔法とかさ、オカルト方面に興味なくってさ、知識ゼロ……」

 「えっ? ……あ、ごめん、続けて」


 「何も知らなさ過ぎてさ、何聞けばいいかもわかんないくらいなんだ。取敢えずさ……えっと、ツカイマって何? 教科書、載ってる?」


 初歩的な質問を繰り返せば、すぐにバレる。

 志方は色々諦め、副委員長にぶっちゃけた。


 副委員長の〈雲〉は予想外だったのか、驚いてはいるが、志方をバカにしたりせず、わかりやすく説明してくれた。


 「使い魔は、魔法使いが使役する小動物とかのこと。教科は〈匙〉先生の魔術概論。絵本とかで、魔女と黒猫が一緒に出て来るよね。あの黒猫が使い魔だよ」

 「あぁ、あーゆーの」


 何となくわかった。

 詳しいことは、教科書で確認しよう。魔術概論だな。よし。


 志方は、担任が本物の魔法使いなのを思い出し、机に積んだ教科書に目を遣った。


 「あ、えっと、知識ゼロって、気にしなくていいよ。僕も、小さい時からずっと学院に居て、外のことって、知らないし……生活科の教科書とネットで、知識はあるつもりなんだけど、経験がないから、いまいちピンとこなくって……そ、外のこと、教えてくれないかな?」

 一気にそう言うと、〈雲〉は志方の目を覗き込んだ。


 (すが)るような眼差しに、何となく庇護欲(ひごよく)を掻き立てられる。

 「いいよいいよ。気にすんなって。ギブアンドテイクって奴だ。俺の知ってることならさ、何でも聞いてくれ」

 「ありがとう。〈樹〉君も高等部からで、外には詳しいんだけど、霊視力がないから、わかんないことも多くて……」

 明るくなった顔が、申し訳なさそうに少し(うつむ)く。


 あー、そっか、買物の仕方とかは説明できても、買った物経由で、ヘンな因縁結ばないようにする方法とかは、わかんないだろうしなぁ。


 安さに魅かれて、古本屋や中古CD屋で買物をして、散々痛い目に遭ってきた。

 失敗の数々が、スライドショーのように、志方の脳裡(のうり)()ぎる。

 古着屋には、恐くて入れない。


 「買物実習って何? どんなことすんの?」

 「生活科の授業でお金のことと、買物の仕方を教わってから、街に行って商店街で実際に買物するんだ」


 初等部では、渡されたメモの通りに、指定のお店で買う。所謂(いわゆる)「おつかい」だ。

 中等部は、お店の指定なしで物だけ指定されて、なるべく安くて品質がいい物を買う応用編。

 高等部になると、現金だけを渡される。自分が必要な物を買いに行き、必要な手続き類も体験する。本格的な自立支援だ。


 「……この間は、銀行で預金通帳を作ったよ」

 副委員長は、すらすらと淀みなく答えた。

 きちんと段階を踏んで教えられているようで、志方は少し安心したが、引っ掛かることを聞いてみた。


 「その、生活科の先生ってさ、見鬼(けんき)か魔法使い?」

 「違うよ。どうしたの?」

 「えっと……じゃあ、その先生ってさ、〈(いつき)〉君と同レベルの認識ってコトじゃね?」

 「あっ……!」

 今まで全く気付いていなかったらしい。〈雲〉は驚きに動きを止め、志方を見た。


 たっぷり三秒は黙っていたが、早口に教科担任を(かば)う。

 「で、でも、教科書には、お店の雰囲気とかにも気を付けましょうって書いてあるし、ちゃんとそう言うのも、教えてくれるよ」

 「お、おう。あのさ、教科書にも載ってるかもだけどさ、店自体の雰囲気が良くても、中古屋には気を付けろよ。俺が中学の時にもさ……」


 中学の時、どうしても欲しいゲームソフトがあった。

 新品で買うには小遣いが足りず、中古屋でなるべく状態のいい物を買った。しかし、元の持ち主が、何らかの事情で、不本意ながら渋々手放した品だったらしい。


 見鬼である志方には、雑妖や霊などは視えるが、人の「心残り」や、(けが)れの(たぐい)までは、視えない。


 強い執着心が(まと)わりついたソフトは、周辺に漂う雑妖を呼び寄せ、志方はいつもより酷い目に遭った。

 ソフトに(まつ)わる執着心が原因だと気付き、元凶を手放すまで、怪異は続いた。


 体育の授業中、バレーボールのトスで左親指を突き指。

 調理実習中、油が跳ねて右手を火傷。

 右目に麦粒腫ができて一週間、眼帯生活。

 車窓からポイ捨てされた空缶を後続車が跳ね、歩道を歩いていた志方の左目の上に直撃。

 公園でリードを放された犬が志方を咬み、飼い主が残念な人物だった為、泣き寝入りさせられた。


 (くだん)のゲームをプレイしようとすると、何故か、テレビの電源を入れても音声が出るだけで、映像が表示されなかったり、ゲーム機の電源が入らなかったり、セーブデータが消えたり、フリーズしたり、セーブ直前に電源が落ちるなどのトラブルに見舞われた。


 これらが、購入から一週間足らずで、志方の身に降りかかった。


 これ持ってた奴、自分より先にクリアされたくないんだとよ。

 へぇ、売っ払っちまったのに、まだ自分の物のつもりなのか。

 自分の物を他人に勝手に使われるのが堪らなく嫌なんだとよ。

 売って金を自分の物にしたのに、物も持ってるつもりなのか。

 こいつまだ生きてるのにな。もっと他にやることあんだろう。

 ニンゲンって奴ぁホントに欲深く業の深い生き物なんだなぁ。


 執着に気付いたのは、雑妖たちがソフトのケースに座って話しているのが聞こえたからだ。


 まさかと思い、他のゲームをプレイしてみた。

 新品で買ったソフトでは、そんな現象は発生せず、何の問題もなく遊べた。


 結局、クリアする前に音を上げ、燃えるごみに混ぜて捨てた。


 元の持ち主にどんな事情があったのか、何故そんなにもゲームに思いを残したのか、志方にはわからない。

 嘘も誇張もなく、本当にあったのだが、どうせ言っても信じてもらえないだろう、と今まで誰にも話さなかった。


 ここには、志方と同じ目に遭った者が、居るかもしれない。

 経験はなくとも、同じ感覚を持つ者だから、信じてくれるかもしれない。


 その希望が、志方を饒舌(じょうぜつ)にした。

 副委員長の〈雲〉は一言も口を挟まず、居住(いず)まいを正して傾聴していた。

 話が進むにつれ、表情が恐怖と緊張に強張り、志方が話し終えてからも、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。


 志方はその雰囲気に呑まれ、それ以上何も言えなくなった。


 やがて、〈雲〉は重々しく口を開き、副委員長として志方に依頼した。

 「その話、皆にもしてあげて欲しいんだけど、ダメかな?」

 「おう、こんな話でよかったらさ、幾らでもするぞ」

 志方は、いつもの癖で意識的に軽い調子で引き受けた。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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