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虚ろな器  作者: 髙津 央
国立魔道学院
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07.実技

 「空き家の大掃除だ」

 「は?」

 皆の心がひとつになった。


 担任は真面目な顔で説明を続ける。

 「担当の〈双魚(そうぎょ)〉先生から、詳しいお話があるだろうが、ざっと説明すると……」


 学院から車で三十分程の山中に廃村がある。

 二十戸足らずの小村で、昨年、最後の一世帯が街に引越し、無人になった。

 村の家屋はいずれも築百年前後の古民家だ。


 徳阿波県(とくあわけん)の古民家活用プロジェクトに賛同した企業が、村を丸ごと買い取った。

 村をそのまま活かした滞在型リゾートにする予定だが、現地調査の結果、霊的瑕疵(れいてきかし)が見つかった。


 霊的菓子……何だそれ? 食ったら美味いのか?


 何のことやら、さっぱりわからない志方(しかた)は、明後日な方向に考えが飛んだ。そろそろ腹が減ってきたせいでもある。


 担任教諭は、志方を置いてけぼりにして、説明を進めた。

 「その霊的瑕疵を取り除くのが、今回の試験内容だ」


 「先生、霊的瑕疵って、具体的に何が見つかったんですか? 住人の方は、そのせいで引越されたんですか?」

 また、委員長の〈(ひいらぎ)〉がクラスを代表して質問する。


 〈匙〉教諭は少し迷ったものの、結局、詳細を語った。

 「……まぁ、いいだろう。雑妖と雑霊の排除だ。退魔師(たいまし)になれば、(ほとん)ど日常業務と言ってもいい。不動産や清掃の業者に委託される業務だ。ま、簡単に言えば、霊的な掃除だな」


 途端に教室がざわつく。

 担任はそれをニヤニヤ眺める。


 霊的な掃除……


 志方は、山奥の古刹(こさつ)で老僧に言われたことを思い出した。

 物理的に場を清めることで、霊的にもお清めになる。

 神社仏閣が常に掃き清められているのは、その為だ。


 不浄な物を知覚しても、自分の心を(けが)さず守る。神社ではそれを「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」と言うらしい。

 寺なのに、何故かそんな説明までされた。


 その後、掃除のコツを丁寧に教えられ、志方は二泊三日の間、お清めの実践と称して、ひたすらお寺の雑巾掛けをさせられ、筋肉痛になった。


 確かに、これまでの実感として、部屋の掃除をマメにしていた時期と、サボった時期では、前者の方が暮らしやすかった。


 外で訳のわからない雑妖に絡まれても、そいつが部屋に留まる期間は短く、そもそも絡まれ(にく)かった。

 逆に掃除を(おこた)っている時期には、絡まれやすく、奴らも掃除するまで出て行こうとしなかった。


 老僧の言う通り、掃き清められた部屋は、雑妖にとって、居心地が悪いらしい。


 退魔師って、そんな仕事なんだ……


 想像していたよりずっと身近で、泥臭い。

 実態を知った今、志方は急に、退魔師が現実的な職業のような気がしてきた。


 眼鏡女子の〈柄杓(ひしゃく)〉が、手を挙げて発言する。

 「それって、学院が清掃業務を請負ったってことですよね? バイト代、出るんですか?」

 生徒たちの視線が、黒髪の小柄な少女に集まる。

 「いや、会社が装備代を出してくれて、それでチャラだ。君たちの小遣いにはならない」


 「装備?」

 担任の無情な説明に落胆する同級生を他所に、志方は別なことに心が囚われた。担任が志方の困惑に気付き、付け加える。

 「呪符と、魔力を籠めた水晶だ。これがあれば、魔力がなくても魔法が使える」


 志方は思わず、隣の〈(いつき)〉に目を遣った。

 何の力も持たない〈樹〉は、目を輝かせて説明に聞き入っている。

 「但し、どちらも非常に高価だ。しっかり予習して呪文を覚えて、心して使うように」


 「あれっ? 呪符って〈(ふで)〉先生が作ってくれたらタダになるんじゃないんですか?」

 〈柄杓〉が首を傾げる。〈匙〉先生は苦笑混じりに否定した。

 「〈筆〉先生が作って下さるから、実費だけで済むんだ。ちゃんとした呪符は、材料費だけでも、それなりにするからな」


 「あぁ……」

 「そりゃそうだよな」

 神社の子二人は、その説明でピンと来たらしく、しきりに頷いている。

 質問した〈柄杓〉と〈樹〉も、それで納得した顔になった。


 他の同級生は、何を言っているかわからない、と言いたげに首を傾げ、互いに顔を見合わせている。

 「ん? 難しいか? もうちょっと、ちゃんと生活科の勉強しろよ。赤点取っても知らんぞ。特に金に関することは、しっかりしてないと、卒業してから生活できないと思え」

 首を傾げていた生徒たちは、担任の脅しに背筋を伸ばした。


 試験前で部活は休みになり、放課後は寮に直帰した。

 管理人室の前で、男女が左右の廊下に分かれる。

 〈柄杓〉と〈榊〉が談笑しながら左手の女子寮に入って行く。


 志方(しかた)は思わず声を掛けた。

 「ちょっ……! 待てッ! えーっと……ナ……いや、サカキ? だっけ?」

 「ん? 何か用?」

 女子寮の戸口で〈(さかき)〉が足を止め、振り返った。

 背中に垂らした三つ編みが揺れ、艶やかな黒髪が数珠のように煌めく。


 「いや、あのさ、そっち、女子寮……だよな?」

 「うん。で?」

 「えっ……でって……あのさ、入って、いいのか?」


 男子禁制、乙女の花園とか言う奴じゃないのか?


 小柄で華奢な〈柄杓〉が先に察し、笑いを堪えながら言った。

 「ここの制服、女子はズボンとスカート、好きな方を選べるから」


 「あぁ、ハイハイ、どうせ私は声が低い。おまけにガサツで、お兄ちゃんに『そんな巫女居ねぇ』などと言われておる。だが、女子にはモテモテだ! どうだ? 羨ましかろう?」

 (ようや)く質問の意図を理解し、〈(さかき)〉がやさぐれる。

 長身で胸は控えめ、顔立ちも凛々しい。

 確かに女子高なら、バレンタインにチョコが殺到しただろう。


 「あ、いや、その、質問あってさ、委員長、女子だしさ、俺、そっち、聞きに行ってもイイのかなーって……」

 志方は、おちゃらけて笑ってみせる〈榊〉が、目を不快感と怒りに(かげ)らせていることに気付き、慌てて言い(つくろ)った。


 「何言ってんの! ダメに決まってんじゃない!」

 「ダメダメ! 絶対ダメ! 明日学校で聞いて!」

 〈柄杓〉と通りすがりの〈三日月〉が、両腕を広げて女子寮への通路に立ち塞がった。

 使い魔の三毛猫梅路までもが耳を伏せ、毛を逆立てて威嚇する。


 やっぱ、男子禁制、乙女の花園なのか……


 「侵入者は鉄拳制裁の上、女子全員で呪う。そのつもりでな」

 〈榊〉に凄まれ、志方は民芸品の赤べこのようにカクカクと首を振った。

 生徒たちが忍び笑いを漏らしながら通り過ぎる。


 「あの、僕でよかったら説明するから……ね?」

 副委員長の〈雲〉が、彼女らの剣幕に怯えながらも、志方の肩に震える手を置いた。

 その助け船に飛び乗り、志方はその場を離脱する。

 「そ、そうか! い、いゃあ、流石、副委員長! 頼もしい!」


 開け放しの男子寮側の戸を抜け、階段を一気に駆け上がり、自室の前でホッと一息()く。

 付き合わされた〈雲〉は、階段を昇り切った所で膝に手を置き、呼吸を荒げていた。


 「うゎ、すまん、大丈夫か?」

 「……だっ大丈夫……ちょ……ちょっと、待ってて」

 掌を向けて志方を留めると、〈雲〉は軽く咳込みつつ自室前に移動し、扉を開けて鞄を放り込んだ。

 呼吸を整えながら、志方の部屋の前までゆっくり歩いて来る。


 両者は二つ隣で、〈輪〉と〈雲〉の間には〈梛〉の部屋があった。

 「えっと、で、質問って?」

 「おっおう、まぁ、入ってくれ」

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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