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虚ろな器  作者: 髙津 央
国立魔道学院
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06.教室

 教室に入ると、級友の好奇心に満ちた目が集まった。

 副委員長の〈雲〉に案内され、用意されていた席に着く。

 そこでチャイムが鳴り、数学教師が入ってきた。


 「転校生の〈(わっか)〉君だ。親御さんの仕事の都合で、縦浜県(たてはまけん)から引越して来た。霊視力はあるが、魔力はない。生活のことなども、教えてあげるように」

 算盤(そろばん)の缶バッジを付けた教師が、志方(しかた)を簡単に紹介して、普通に数学の授業が始まる。


 午後の授業は、志方もよく知っている退屈さで進んだ。


 「おっと、忘れる所だった」

 授業の最後に、期末考査の範囲を書いたプリントが配布され、一気に目が覚めた。


 そう言われてみれば、前の高校もそろそろ、そんな時期だったな……


 教科書が変わった為、授業の進度はわからなかった。内容は以前の高校より明らかに難しい。

 編入試験では相当、下駄を履かされていたことを確信した。


 チャイムと同時に、同級生が志方の席に集まる。

 全部で十一人だが、矢継(やつ)(ばや)に自己紹介され、覚えきれなかった。


 思ったより魔力を持たない見鬼(けんき)が多く、志方を入れて十二人中四人。全く力を持たないのは〈樹〉一人。

 魔力を持つ者は全員、どこか外国の血を引いているらしく、髪や瞳の色は様々だった。


 「私、一応、委員長です。わからないことがあれば、何でも聞いて下さい」

 「あ、はい、ありがとうございます」

 〈(ひいらぎ)〉がハキハキと言った。

 志方も釣られて口調を改める。


 突然、何かが志方の机に現れた。

 思わずのけぞる。


 三毛猫が飛び乗ったのだ。

 猫は驚く志方に構わず、顔を近づけて匂いを嗅いだ。

 「あ、もしかして、猫苦手? ゴメンね」

 赤毛の女子生徒〈三日月(みかづき)〉が、猫を抱き上げながら申し訳なさそうに言った。


 三毛猫は、大人しく抱っこされながらも、志方から目を逸らさない。

 覚えきれなくても、名札代わりのバッジがあるので、特に支障はなかった。


 「えっいや、別に苦手ってワケじゃない。いきなりだったから、ちょっと驚いただけって言うか……」

 「そう。よかった。このコ、私の使い魔の梅路(うめじ)。よろしくね」


 「えっ? 使い魔も紹介すんのー? ぎんじょ~、出ておいでー」

 渦巻のバッジを着けた〈(うず)〉の懐から、白蛇が顔を出した。

 身を乗り出して志方の鼻先に伸び、紫の舌を出し入れして匂いを確かめる。


 志方は声もなく、動きを止めた。


 白蛇の銀条(ぎんじょう)は、ひとしきり嗅いで納得したのか、くにゃりと曲がって主人の〈渦〉に顔を向ける。〈渦〉は満面の笑みを浮かべ、その頭を撫でた。

 「あらーぁ、〈輪〉君が気に入ったのー、よかったねー。今度、遊んでもらおうねー」


 蛇と遊ぶとかねぇよ! ッつーかさ、女の癖に蛇飼ってるとか、ねぇわ!


 自己紹介の時、ちょっと可愛いと思っただけに、悔しさ倍増で、志方は〈渦〉にだけは近付くまい、と心に決めた。

 髪と肌の色が淡い。儚く淡い光の妖精を思わせる容姿だが、それだけに、残念な趣味だった。


 「俺の玄太(げんた)、〈渦〉さんの銀条と仲悪いし、えっと、あっち居るし……」

 噴水の水部分だけを描いたバッジの〈水柱(みはしら)〉が、窓を指差した。外の手すりに(カラス)が止まっている。

 玄太は翼を広げて一声鳴き、志方に挨拶した。


 「玄太は、術で普通の鴉を使役してるだけだし、餌要るし、基本、外飼いなんだ」

 「へぇ……」


 志方には、ツカイマが何なのかわからないが、知っている前提で話されては、質問し辛かった。


 教科書に載ってるかな?


 何の教科なのかすら不明だが、ここで無知を晒すのは得策ではないと判断し、喉元まで出かかった質問を呑み込む。


 「私たちの使い魔は、小さい魔物。幽界から呼び出して、この形にしてんの。魔力だけあげてればいいから、世話が楽ちん」

 「可愛くていいよねー」


 「いや、〈渦〉ちゃんのは、特殊だから。可愛さがわかんない」

 同意を求められた〈三日月〉が、即座に否定した。

 級友たちも頷いて〈三日月〉に同意を示す。

 志方は、皆も同じ感覚を持っていることに、安堵の息を漏らした。


 やっぱさ、ヘビ女は……ナシだよなぁ……


 「まぁ、神様の御遣いとして、大事にしてる地方もあるみたいだけど、銀条は、神様じゃなくて〈渦〉さんのだからなぁ……」

 「格が……いや、性質が違うでなぁ……」

 二枚の葉が交差した〈(なぎ)〉と、葉が茂った枝の〈(さかき)〉が、(ささや)き合って腕組みする。

 二人は遠くの神社の子だと言っていた。


 どうやら、どちらの神使(しんし)も蛇ではないらしい。

 二人共マークは神社の紋で、日之本帝国の伝統的な家紋だ。他の物とは(おもむき)が異なる。


 そんなことを話していると、六時間目のチャイムが鳴った。


 共通語の授業も滞りなく終わり、ホームルームが始まった。〈匙〉先生が志方に〈輪〉バッジと試験範囲のプリントの束を渡しがてら、同級生たちに紹介する。

 「まぁ、もう皆知ってるけど、転入生の〈(わっか)〉君だ。霊視力はあるが、これまで普通科に通っていたから、魔術の知識は少ない。その分、皆で助けてやって欲しい」


 志方は、制服の左胸にバッジを着け、同級生に向き直った。

 「し……あ、あの、〈(わっか)〉です。宜しくお願いします」

 本名を名乗りかけ、慌てて言い直す。


 今更、何を話せばいいかわからない。それ以上言わず、席に戻る。

 級友たちに「こちらこそ、宜しく」と改めて迎え入れられ、照れ臭くなった。


 「えー、さて、来週からいよいよ期末考査だ。部活は今日から休み。しっかり勉強しろよ。始業式でも校長先生からお話があったが、高等部からは実技試験もあるからな」


 実技って、何の!?


 志方は思わず身を乗り出した。

 「それぞれの能力に応じて、働きぶりをチェックするから、サボらないように」

 「先生、どんな試験なんですか?」

 委員長の〈柊〉が、挙手して質問する。


 〈匙〉先生は、ニヤリと笑って答えた。

 「実技は学期毎に一教科ずつ。今回は、除祓概論(じょふつがいろん)の実技だ。で、何をするかと言うと……」

 そこで言葉を切り、生徒を見回した。


 無駄な「溜め」で否応なく緊張が高まる。静まり返った教室に〈匙〉先生の声が響いた。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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