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虚ろな器  作者: 髙津 央
魔道犯罪
50/51

50.呪い

 恨まれたことを知った所で、何がどうなると言うのか。

 そもそも、他人の恨みを買うことを気に病む者なら、こんなバカげたことはしないだろう。


 年旧(としふ)りし魔法使いは、底意地の悪い笑みを浮かべ、犯人の今後を語った。

 「お前たちが何もしなくても、勝手に呪われたと思い込んで、常に呪いの影に怯えて暮らす。何かよくないことが起こる度に『呪いのせいだ』と精神をすり減らして、いいことが起こっても『いつ、この幸せを呪いに奪われるか』と怯える。一生、だ」


 「一生……」

 誰かが呆然と呟く。


 何かに気付いた〈火矢(ひのや)〉が、確認するように質問した。

 「自分で自分に一生解けない呪いを掛けたって言うんですか?」

 「一生、気が休まらなくて、何も楽しめなくなったんですか?」

 「それって、ありもしない呪いを解く為に、インチキ霊能者とか、ヘンな新興宗教に貢いだりとかも、オプションで付いてきますよね?」

 先生が答えるより先に〈雲〉と〈樹〉が質問を追加する。


 年旧(としふ)りし魔法使いの先生は、せせら笑った。

 「その通りだ。本当に視る力のある人は、呪われていないことを正直に告げるが、奴らは気休めだと思って信じない。で、詐欺に引っ掛かる。どいつもこいつも、そうだった」

 先生は、目の前に居ない誰かを嘲っていた。


 「酒が入れば、誰彼構わず、恨みごとと愚痴を垂れ流す。自分の行いを棚に上げて、呪われた自分を助けろってな、身勝手な要求のオマケ付き。皆、愛想を尽かすか、呪いのとばっちりを恐れて、奴らから離れて行く。で、孤立と孤独の行きつく先は……」

 科学文明国で百年を過ごした魔法使いは、両手を広げてお手上げのポーズをとった。


 呪ってなどいないと言っても、信じない。

 ありもしない呪いを解くことはできないが、それも信じない。

 被害者面で(ののし)り、化け物呼ばわりしたその口で、呪いを解けと頭ごなしに命令し、(すが)りつく。

 恨みを買った者を殺すのは呪いではなく、自身の身勝手な思い上がりだ。


 自分の耳に心地よい(こと)以外は聞かない。

 自分に苦言を呈する者は絶対許さない。偉そうに(うるさ)い。

 自分は誰に何をしても、必ず許される。

 自分は決して苦しめられてはならない。迷惑掛けるな。

 自分はその時その場が楽しければいい。

 自分は何事にも、責任を負わずに済む。ノリで済ます。

 自分のノリに追従しない奴は要らない。

 自分をちやほやする者だけ居ればいい。皆で楽しもう。

 自分の為に面倒事は誰かが何とかする。

 自分に尽くさない、使えない奴はクズ。生意気な奴隷。

 自分は特別な存在だから楽して得する。


 その身勝手な要求が満たされず、見放され、「自分は特別な存在ではなかった」と気付かされた時、自らが、「虚ろな欲の器でしかない自分」を被害者面で滅ぼすのだ。


 常識っつーかさ、普通に考えりゃ、わかるよな。


 志方は溜め息を()いた。

 魔法使い全員が、ちょっとしたことでいちいち他人を呪うことなど、ありはしない。

 車の運転免許を持つ人全てが、必ずしも喧嘩相手を轢き殺す訳ではないのと同じだ。


 呪符一枚作るだけで、あんなに苦労したのだ。魔法を使うのは、アクセルを踏み込む程、簡単なことではない。


 それでも、魔法使いであるだけで、呪いを実行する力を持つだけで、力を持たない者たちには、そう言う目で見られるのだ。


 この国で生まれた幼い魔法使いと、魔力を持たない見鬼(けんき)勿論(もちろん)、何の力も持たない多数派に属する〈(いつき)〉も、先生が味わわされた悲しみを知り、言葉を失った。


 「お前らもこの先、魔法使いや見鬼と言うただそれだけで、忌み嫌われる。魔法文明圏に行けば、科学文明圏の血を引くと言うだけで、バカにされる。どっち付かずの蝙蝠(コウモリ)だと言うことを肝に銘じておけ」

 先生は、志方が外で散々味わわされた世間の汚さを、改めて口にした。


 そんなコト、知ってるよ。

 俺たちはどうすりゃいいんだよ? 目を潰せばいいのか?


 雑妖が一匹も視えない結界の中で、見鬼の志方は除祓概論の先生を見た。先生が哀れな子供たちを見詰める目には、小さな光が揺れている。


 力を持たない「普通」の人々から、事ある毎に加害者に仕立て上げられ、蔑まれ、化け物呼ばわりされて何故、百年もこの国に留まったのか。

 志方たちは、知る由もない。


 両輪の国ルニフェラ共和国の血を引く〈(ひいらぎ)〉が立ち上がった。

 「魔力を捨て去ることなんてできません。それが可能なら、こんな学校、要りません」

 「……そうだな。お前たちは、いい時代に生まれた。魔力の制御方法を教える学校があり、ここで生きて行く為の仕事があり、少しは世間の理解も進んだ。そもそも、ここにも魔法使いを差別しない人が居るから、お前たちは生まれたんだ」

 幼い魔法使いたちを見て、先生は(かす)かに声を震わせた。


 純粋な日之本人の志方たちも、様々な色の髪をした級友たちを見た。


 年旧(としふ)りし魔法使いの先生は手振りで〈柊〉を座らせ、細くゆっくり息を吐くと、厳しい顔で畳みかけるように言った。

 「職業と血筋は隠し通せ。仕事でどうしても必要な場合を除いて、誰にも自分の力を知られるな。誰にも気を許すな。どうしても結婚したい相手が現れたら、頃合いを見て教えるんだ。早まらず、そいつの家族の反応も見て、それから決めろ」

 家族と聞いて、着席した〈柊〉が硬直する。


 先生はそれに気付かないフリで、言葉を続けた。

 「魔法使いの爺から、若いお前らに贈る、楽に生きる為の……ちょっとしたコツだ」

 先生は笑おうとして口の端を歪めたが、巧くいかなかった。


 震える声で授業の終わりを告げ、逃げるように教室を出て行く。

 「ちょっと早いが、今日はもういい、喋り過ぎた」

 戸をくぐる瞬間、先生の頬を滴が伝うのが見えた。


 遠ざかる足音を聞きながら、志方は自分の進路のその先、人生そのものについて、考え始めた。

 夏休み、実家に帰るまでには、雰囲気だけでも親に説明できるよう、考えをまとめておきたいと思いながら。

 視えない人からの過度の期待等に苦しむ「視える人」視点の物語。

 その「視点」が軸なので、事件の顛末は、割とどうでもいいと思っています。

 状況だけはホラーですが、視える人にとっては、それも日常の風景のひとつではないかと思い、少しお笑い風味。(因みに作者に霊感はありません)

 「野茨の血族」「碩学の無能力者」から2年後の話。〈樹〉は友田幸助(旧名:友田鯉澄)です。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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