表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚ろな器  作者: 髙津 央
国立魔道学院
5/51

05.外界

 昼休みも半分終わり、大部分の生徒がお盆を返却し、卓でお茶を飲んでいる。

 授業の話や、昨日のTVの話をして(くつろ)ぐ姿は、普通の学校の普通の学食の風景と、何ら変わる所がない。


 志方(しかた)たちも、お盆を返しに席を立った。

 返却口から洗い場の様子が見える。

 エプロン姿の生徒男女計六人が、食器を洗っていた。さっき管理人から聞いた「食堂の当番」だ。


 志方はお盆を落としそうになり、辛うじて返却台の上に着地させた。


 皿が飛んでいる。

 宙に浮いた水が、食器を(もてあそ)んでいた。


 花柄エプロンの女子生徒が、指で空中に文字を書くような動作をしている。その動きに合わせて原生生物のように(うごめ)く水が、食器にこびりついた米粒や食べ残しを分離し、油を浮かせていた。


 水は意思を持っているかのように動き、手の形を成す。

 水の手が、汚れを剥ぎ取り終えた食器を、台の上に重ねて置いていた。


 「あぁ、あれ? 実際に魔法を使える子も、何人か居るんだ。あの子は、うちのクラスの委員長〈(ひいらぎ)〉さん」

 「へぇ……」

 呆然と見とれている志方に〈(いつき)〉が説明した。


 「〈柊〉さん、成績いいから、慣れるまで、勉強教えてもらえばいいんじゃないかな」

 「この前、『誰かに教えたら、自分も実はよくわかってなかった所がわかるから、どんどん聞いて欲しい』って言ってたし、遠慮しなくていいと思うよ」

 同級生二人が、本人の許可なく勝手に安請け合いする。


 食器を洗い終えた濁り水が、三角コーナーに食べ残しなどを吐き出している。その傍らでは、エプロンを着けた生徒たちが、スポンジに洗剤を付けて普通に食器を洗っていた。


 〈柊〉委員長は、利発な顔立ちだった。

 濃い緑の瞳に強い意思の光を宿らせ、汚れを排出する水に鋭い視線を向けている。

 明るい栗色の髪は艶やかで、緩やかに波打っていた。


 魔法はともかく、外部生の〈樹〉君もさ、普通教科の成績はいいんじゃないのか? って言うか、副委員長はどうなんだよ?


 女子に勉強を教えて貰うのは、流石に気恥ずかしい。

 委員長だからと言って、付き合ってる訳でもない女子に、そんなことは頼めない。


 副委員長の〈雲〉を見ると、洗い場に羨ましそうな目を向けていた。

 「食堂の当番は、給食のおばちゃんが、外の面白い話をしてくれたり、お菓子くれたりするから、僕は楽しみだな」


 志方は家で洗い物などしたことがない。

 家事はせいぜい、ゴミ捨てと自室の掃除くらいのものだった。

 皿洗いで昼休み後半が潰れるのは、勘弁して欲しかったが、言えそうにない空気を感じ取り、口をつぐんだ。


 横で〈樹〉がお茶の用意をしている。薬罐(やかん)から番茶を六人分淹れ、席に戻った。


 「僕ね、ここしか知らないから、外のこと、凄く興味あるんだ」

 志方は〈雲〉のキラキラした目に困惑した。中学生も期待に満ちた眼差しを向けている。


 「休みの日にさ、どっか行ったりしないのか?」

 〈樹〉を除く五人が、一様に首を振る。

 「山は雑妖や雑霊だけじゃなくって、土着の神様や魔物とかも居て、危ないんだよ」


 オカルト系の危険情報に、思わず横目で山を視る。

 食堂の窓からでは、距離があり過ぎるのか、〈雲〉が言うモノたちは、何も視えなかった。


 「街は?」

 「街は遠いし、人がいっぱい居るから、良くないモノもいっぱい居て、山より危ないんだよ? 買物実習でしか行かないよ」

 「いや、あのさ……卒業したらさ、どこで生活する気だよ?」

 買物実習とやらも気になったが、ひとまず置いて重要な部分にツッコむ。


 幼稚舎から居るらしい四人は途端に口籠り、互いにチラチラ顔色を覗った。

 高等部からの外部生〈樹〉が、気楽な調子で言った。

 「そんな心配しなくても大丈夫。魔力と霊視力がなくても皆、普通に暮らして行けてるし、直接何かしてくるモノなんて、滅多に居ないよ」


 「うん。僕たちもスルースキル上げるように、努力はしてるんだけど、難しくて……」

 副委員長〈雲〉が頭を掻く。他の者たちも首を縦に振った。


 志方は生まれてこの方、ずっと味わわされて来た恐怖や不快感を思い出し、鳥肌が立った。〈樹〉も所詮、他の者たちと同じで、霊視力を持つ者の苦しみがわからないらしい。


 こちとら、そんな暢気に構えてらんないんだよ。


 「何も視えなきゃさ、向こうもスルーしてくれるんだろうけどさ、視えてるって気付いたら、絡んでくる奴ってさ、結構居るぞ?」

 「この(たと)えで伝わるかわかんないけど……霊視力のある子って、ヤンキーにガン飛ばしてるのと、同じ状態なんだよ。だから、見て見ぬフリって言うか、明白(あからさま)に目を逸らしたら、逆に『何、目ぇ逸らしてんだよ?』って、もっと怒らせるかもだし、えっと……」


 〈樹〉が志方の目を真っ直ぐに見て言った。自信なさそうに言葉を切り、反応を待つ。

 志方は〈樹〉の目を見詰め返して、頷いた。


 そっか、生きてても死んでても、所詮は人間だもんな。

 因縁つけて絡んでくる奴ってさ、そもそも、まともじゃないってコトか。


 雑妖にも当て()まるか不明だが、少なくともヒトに関しては充分に納得できた。

 他の四人が志方の反応に驚く。〈樹〉は話が通じることに安心して続けた。


 「恐がったら、それを面白がって、余計に酷いことしてくるのも居るから、えーっと……気にしないって言うか、平常心って言うか……そこに何も居ないものとして、やってくのが一番いいんじゃないかな?」

 「あぁ、それ、小学校ん時にさ、坊さんにも言われた」


 ある年の夏休み、祖父母に山奥の古刹へ連れて行かれた。そこで、自身も霊視力があると言う老僧に、ほぼ同じことを言われた。

 母の反対で、その寺にそのまま預けられる事態は回避できたが、二泊三日、修行のようなことをさせられた。

 だが、対処法を教えられたからと言って、そう簡単に実践できる訳ではない。


 「外じゃ聖職者まで、そんなコト言うんですか……」

 〈(さかずき)〉が、恐ろしいモノを見る目で志方を見た。

 何となくムッとして付け加える。

 「いや、坊さんも視える人でさ、色々修行した結果、いちいち気にしない、平常心が一番いいって結論出したんだよ。凄ぇ爺さんだったしさ、相当苦労してそうだったしさ……」


 あれっ? 俺、何で坊さん擁護してんだ?


 ほんのりと怒気を含んだ声音に〈杯〉が慌てて謝る。

 「あ、すっすみません、そんなつもりじゃ……」

 「あー、いいよいいよ、別に怒ってないからさ。って言うか、ここってどんだけぬるいんだ? お前ら、そんな温室育ちでさ、卒業してから大丈夫なのか?」

 四人が顔を見合わせ、黙り込む。


 志方(しかた)は管理人の言葉を思い出し、彼らの将来が心配になった。

 結界に守られて暮らす彼らは、自分や老僧が経験してきた苦労を知らない。


 目が合った雑妖や雑霊に絡まれ、呪詛(じゅそ)の言葉や、どうにもならない愚痴を吐かれ、小さな災いを呼び寄せられる。

 彼らが飽きるまで、四六時中監視され、時には夢の中にまで侵入された。


 志方が小さな災いに見舞われれば、爆笑され、奴らに怯えれば嘲笑(ちょうしょう)された。


 勉強の邪魔も散々されてきた。

 例えば、志方が計算している耳元で、無関係な数字や公式を囁き続け、計算を間違えれば、元々愚かだから間違えたのだ、と嘲笑(あざわら)うのだ。


 今ここにいるのは、自分と同じ霊視力を持つ者。それも同年代で、これから同じ学校で学ぶ者。


 同類相憐(どうるいあいあわ)れむ……いや、ちょっと違うな……?


 志方は自分が何故、初対面の彼らの行く末を案じたのか、よくわからなかった。

 自分が世話焼きタイプではない、という自覚はある。

 変な因縁を結んで、他人(ひと)の厄介事に巻き込まれないように、なるべく他人と距離を取ってきた。


 普通に遊び友達は居たが、それだけだ。

 相談に乗ったり、こんな風に進路について真面目に話し合ったことはない。


 お茶を飲み干した〈樹〉が、それぞれの物思いに沈む五人に声を掛け、立ち上がった。

 「そろそろ行こう。五時間目、始まるよ」

 気が付くと、食堂内の人影は(まば)らになっていた。

THE 温室育ち。別な意味で将来が心配な子たちです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ