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虚ろな器  作者: 髙津 央
魔道犯罪

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49/51

49.成績

 八十二点。


 六時間目、除祓概論で配られたA4用紙には、(しるし)と点数、総評が印字されている。

 なんだかいい加減そうな〈双魚〉先生とは思えない。

 採点基準と評価のポイントと、改善点がきっちり簡潔にまとめられていた。


 「あぁ、その評価票な、警察学校の特務科と、自衛隊の特殊部隊の奴、足して二で割って、甘くしてあるんだ」

 票に困惑の目を走らせる一年生に、〈双魚〉先生は、いつもの眠そうな声で説明した。


 魔力を持たない自分のどんな行動が、どう評価されたかよくわかり、改善点も明確にしてある。

 今後の生活……特に雑妖や浮遊霊への対処方法についても、役に立つであろう実用的で具体的なアドバイスだ。


 基準がガチ過ぎる。

 俺らってさ、思いっ切り、レール敷かれてんじゃね?


 一通り目を通し、志方は警察と自衛隊の二択を突きつけられたような気がして、胸の奥をチクリと刺されるようなイラ立ちを覚えた。


 「あ、それとな……」

 先生は、何でもないことのように続けた。

 「お前らに小遣いがある。出所は、例の不動産会社。『お見舞い』と言う名目だが、まぁ要は口止め料だな」


 誰も口を開かなかったが、教室の空気がざわついた。梅路が耳を伏せる。

 〈双魚〉先生は、口をへの字に曲げ、一人一人の目を覗き込むように見回した。

 「以前、買物実習で作った口座に振り込まれる。……〈(ひいらぎ)〉、お前の言わんと欲する所は、わからんでもない。だがな……」

 名指しされた委員長は、机の下で拳を握った。


 何を言われるのか、と同級生たちは、息を詰めて見守る。

 「汚いとは思っても、世の中、そう言うもんだ。それにな、会社だってある意味、被害者だ。社員の不法行為に対する使用者責任はあるが、村に死体が埋まってたのは、会社のせいじゃない。リゾートにするのに、イメージダウンで商売あがったりだ」

 「でも……魔法じ……」


 「今言ったばかりだが、会社には、社員の不法行為に対する使用者責任は、ある。その償いとして、金を払うんだ。イメージダウンを防ぐ為の、口止め料も兼ねているがな。社員にもまぁ、多分、会社から何かお(とが)めがあるだろうが、そっちはわからん」

 遮られた〈柊〉は、険しい目で〈双魚〉先生を見上げた。二人の視線がぶつかる。


 先生は顔色ひとつ変えずに続けた。

 「カネなんかもらっても仕方ない、そんなもん要らんって面だな? だが、この国は、そう言う国だ。カネで世の中が回っていて、色んな物の尺度がカネだ。形あるものも、ないものも、カネに変わる。『償い』もそうだ」

 先生はそこで言葉を切り、生徒たちの反応を待った。


 石のように黙っている。

 A班の班長〈柊〉の拳は、血の気を失い、震えていた。


 同じく、A班で肉を齧られた〈(なぎ)〉と〈柄杓(ひしゃく)〉は、諦めきった顔で、先生の言葉に耳を傾けている。

 怪我こそないが、恐ろしい目に遭った〈森〉は緑の瞳を伏せた。〈水柱(みはしら)〉が机に向かって「でも…………だし……」と、言っているが、(ほとん)ど聞き取れない。


 使い魔を傷付けられた〈三日月〉は、無闇に三毛猫を撫で回している。使い魔の三毛猫梅路は大人しく、されるがままになっていた。


 まぁ、それくらいしか、ないっちゃないんだけどさ、別に、皆がそれで納得してる訳じゃないし、俺もさ、今まさに、納得いかねーんだけど……


 志方は、無言で先生を見詰め返した。

 「科学文明圏で暮らすってのは、そう言うことだ。所変われば法変わる。どこの国のどの時代のどんな制度でも、全ての人が納得できるなんてことは、ありゃせん」

 流暢(りゅうちょう)を通り越し、口の悪い日之本帝国語でベラベラ喋る。


 この魔法使いは、一体、どこの出身なのか。

 顔立ちは南方系の異国風だが、焦げ茶色の髪と瞳は、この国でも決して珍しい物ではない。


 担任の〈匙〉先生は、曾祖父(そうそふ)がディアファナンテ人だ。

 かなり日之本帝国の血が入っていて、パッと見はその辺によくいる感じの普通の人。よく見れば、髪の色が少し明るく、やや彫りが深い顔立ちから、(わず)かに異国の気配が感じられる。


 「最近は大分マシになったが、この国の多数派の民族は、排他的だ。元々ここに住んでる見鬼(けんき)の力を持つ少数民族ですら、多数派に同化させて当たり前で、異質な者を居ない者扱いする奴が多い。先生はこの国で暮らして百年ちょいだが、未だに他所者(よそもの)扱いだ。お前たちも、この国で暮らしてくなら、その辺も覚悟しとけよ」


 百年……?


 志方は言葉を失った。他の生徒たちも、驚いて顔を上げる。


 魔法文明圏の全人口の内、三割程度が数百年生きる長命人種(ちょうめいじんしゅ)だ。

 もし本当に、長命人種だとすれば、白髪交じりのこの先生は、一体、何百年の時間をこの世で過ごして来たのか。


 「卒業して世間に出たら、イヤと言う程、理不尽な目に遭うだろう。でもな、全ての人の望みを叶えようとすると、誰の言い分も通らなくなるんだ。皆が少しずつ我慢して譲り合って、お互いに落とし所を見つけることで、一応、成り立ってるからな。会社の対応も含めて、今回のことはいい社会勉強だ。金はひとまず受け取って、大人になってから、じっくり意味を考えろ。その内……わかる」

 余人より長く生きている魔法使いの〈双魚〉先生は、いつになく饒舌で、大人らしい説教をしていた。


 「ニュースで見たけどさ、『社員がやったことだから、ウチは知らない』って切り捨てる会社もあるしさ、タテマエだけでも、お見舞い出すだけ、まだマシかもな……」

 志方は色々と諦めて呟いた。


 委員長が驚いた顔で振り返り、目が合った。

 「信じられないだろうし、許せないと思うけどさ、居るんだよ。実際、そう言う無責任で(ズル)い奴ってさ……いっぱい」

 複数の場所で、息を飲む気配がする。


 志方は、トカゲのしっぽ切りを語った自分に向けられる「信じられない物を見る目」に困惑した。


 「お金では、解決も納得もできないことって、確かにあるけど、お金で何とかなることも、一応、あるからなぁ」

 妙に実感の籠った声で〈(いつき)〉が、しみじみ言った。

 今度はそちらに視線が注がれ、志方は内心ホッとした。


 「でも……わかりません。お金って、働いた対価として支払われるって、教わりました。こんなことで……償いなんて……」

 委員長の声は途中から小さくなり、震えて消えた。


 同じく魔物に齧られた被害者の〈(なぎ)〉が、静かな声で言った。

 「心と体の傷を、ハシタ金で買い叩かれたみたいで、ムカつくよな」


 「でも、犯人はすぐ捕まったし、まだよかった方じゃない? お母さんの所、時々、泥棒とか、轢逃げの犯人を探して下さいって、お客さん、来るって言ってるもん」

 占い師志望の〈柄杓〉が、どこか遠い所を見て呟いた。


 齧られた背中はキレイに治してもらって、治療費も掛かってないし云々。聞き取れないような独り言の後、大きな声で締め括った。

 「私は、別に、これでいいよ。刑はぬるいかもしれないけど、会社はクビになりますよ……ね?」

 眼鏡の奥から、〈双魚〉先生を見る。


 先生は苦笑した。

 「さぁな? その辺は、会社の判断によるからなぁ」


 「普通に考えれば、ネットで犯罪自慢する輩を長居させることはなかろう。しかも、実名で、だ。今回は巧くもみ消せたとしても、また同じバカを繰り返さんとも限らん」

 神社の子〈(さかき)〉が、常識的な説明をした。

 「余程、強力なコネでもない限り、バカを庇うメリットがない」


 「前科が付いて、会社クビになったら、社会的なダメージ大きいよな。執行猶予が付いても付かなくても、前科は前科だし」

 高等部から入学した〈樹〉が言うのを、幼稚舎からの内部生たちは、成程(なるほど)そう言うものなのか、と感心して聞いている。


 先生が、思い出したように付け加えた。

 「刑事さんから聞いたんだが、B班がやった離れに人形があったろ? あれ、あいつらが持ち込んだんだそうだ」

 「えぇッ? 何の為に?」

 怖い目に遭った〈火矢(ひのや)〉が、非難と疑問の混じった声を上げる。


 〈双魚〉先生は、わざとらしく渋面を作って答えた。

 「純粋に、イタズラ目的で」


 「せんせー、犯人の名前、何って言うんですかー?」

 元気よく手を挙げて〈渦〉が質問した。


 「知ってどうするんだ?」

 「お金の代わりにー、犯人の髪の毛か顔写真って、もらえないんですかー?」


 「ダメだ。そんなことをすれば、今度はお前が、魔道犯罪者として捕まるぞ。この国は、個人の手による復讐を禁じているからな」

 「えぇーっ」

 まだ幼い魔法使いの〈渦〉は、不満に頬を膨らませる。


 何をしようとしているかよくわかり、志方は頭がくらくらした。


 「お前たちがわざわざ、手を下すまでもない。奴らは自滅する」

 先生は、きっぱりと断言した。


 先程まで、会社が行う犯人への処遇には明言を避け、のらりくらりと(かわ)していたのが嘘のように、鋭い目をして続ける。


 「お前たちの大半は、魔力を持つ本物の魔法使いだ。その恨みを買ったことくらい、奴らだってちゃんと気付いてる」

 そこまで言って、先生は教室を見回し、口元をニヤリと笑みの形に歪めた。


 誰も何も言わない。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
【関連が強い話】
碩学の無能力者」 中学時代の〈樹(いつき)〉が主役の話。
何故、国立魔道学院に入学したのかがわかります。
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