47.犯人
生徒たちを帰らせた後、魔法陣の部屋でも鏡を使った。
思い入れの強い所持品や、髪などの体の一部、体液などがあれば、実技試験をモニタしたのとは別の呪文で、持ち主の特定の場所に於ける過去の一定期間の様子を、映し出すことができる。
魔法文明圏の捜査では一般的な、事後撮りVTRとでも言うべき術を使用した。鏡に附属の水晶に記録することも可能だ。
実際に起きた出来事しか表示されない為、魔法文明圏では、そのまま証拠として採用される。
科学文明圏では、国毎に対応が異なる。日之本帝国では、魔道犯罪に関してのみ、証拠採用される。
鏡には、ペットボトル……唾液の持ち主を中心として、懐中電灯で照らされた部屋が映し出された。
五人の男女が床を拭き、魔法陣を描く様子と、窓と襖に板を打ち付けて塞ぐ様子、天井にカメラをセットする様子が見えた。
会話の内容から、撮影機材がセンサ付きの高感度カメラで、夜行性動物の生態観察等に使われる物だとわかった。
若い男が押入れに入り、天袋から天井裏に上がった。魔法陣の真上に当たる天井板に穴を穿ち、カメラをセットしていた。
捜査員が天井を確認したところ、実際に、小さなレンズとセンサ部が、板の穴から覗いていた。
現場に残されていたカメラと記録媒体は、警察が押収した。
鏡に映る五人は、完成した魔法陣を懐中電灯で照らし、ケータイで代わる代わる記念写真を撮っていた。
五人の大人が、魔法陣を背に写真を撮り、はしゃいでいた。
「は?」
志方は思わず声が裏返った。
「何だ? 〈輪〉、言ってみろ」
「えっ……いや、その、犯罪の証拠写真をさ……わざわざ、自分で撮るとかさ……その人たち、ひょっとしてさ…………バカ……なんじゃないか、な……と……」
言ってしまっていいものかどうか迷いながら、結局、全部言ってしまった。
〈双魚〉先生は、にこりともせず言い放った。
「まぁ、そうなんだろうな」
「えぇッ?」
生徒たちから驚きの声が漏れる。
「考えてもみろ、こんな何もない山ん中の廃村に、休日潰して一日ドライブ、不法侵入した他人ん家の床に、落書きしてドヤ顔で記念撮影……それ以外の、何だってんだ?」
「あ……あぁ、はい、そうですね」
そのバカに殺されかけた俺らって、一体……
志方はげんなりした。
「溶けたら勿体ないから、さっさと食え」
生徒たちを促し、〈双魚〉先生は口を結んで腕組みをした。先生のアイスは既に空になっている。
担任と養護教諭も大急ぎでアイスを食べ、生徒たちもそれに倣う。
アイスは、カップに接している部分が溶け、程良く軟らかくなっていた。
志方は半月振りに食べるアイスを、大して味わわずに流し込んだ。口の中に残っていた香辛料の刺激が、アイスの甘さに洗い流される。
他の生徒も、食べ終わるまで続きを話してもらえないと察して、黙々とアイスを掻き込んだ。
麦茶を一杯飲み干すと、〈双魚〉先生は力なく笑った。
「悪事を働いた認識がないんだろうな。隠すどころか、世界中に向けて公開してるんだよ、これがまた」
警察は、専務と部長から任意で話を聞き、心当たりの社員の情報を得た。若い男性の一人が、部長の部下の一人だった。
彼の本名で検索し、実名で登録されたSNSを複数発見。
うち、一件のプロフィールには、本名、顔写真、居住地域、学歴や勤務先などの情報も表示されていた。
まだ、令状が発付されていない為、プロバイダやSNSの運営会社にログや個人情報の提出請求などはできず、本人なのか、彼を騙る誰かのSNSなのか、確認はできない。
最近の日記には、山奥の廃屋に行ったこと、魔法陣を描いたことが書かれ、その時の写真も掲載されていた。
捜査に気付き、削除される前に「魚拓」を撮り、保存した。
令状なしで閲覧・保存できる公開された情報を、可能な限り収集する。
平行して、友達リストなどの全体に開示されているページから、関係者の割り出しも進めている。
コンビニ周辺で聞きこみを行った結果、ガソリンスタンドの店員が、彼らに道を聞かれたことを覚えていた。
スタンドの防犯カメラに、その様子も記録されていた。
ホームセンターで、窓と襖を塞いだ釘と板を購入したことも判明した。今後、販売記録と防犯カメラの録画の提出を受ける予定だ。
令状が出れば、本人の携帯電話を押収し、GPSログで移動の経路もわかる。
バカだ……ホンモノのバカが、居る……
志方は聞いているだけで頭が痛くなってきた。
普通の会社に就職しているいい年こいた大人が、休日の夜中に、勤務先の所有物件に不法侵入して、ゴミをポイ捨てして落書きして、ドヤ顔で写真を撮って、実名でネットにUP。
その結果、魔道学院の生徒達が魔物に食われ、命を失いかけたことに気付いているのだろうか。
何をどうやれば、こんなバカが普通に就職できるのか、志方にはわからなかった。
あの専務や部長や人事の眼は節穴なのか。
それとも強力なコネを持っているのか。
仕事とプライベートの使い分けが、二重人格並に別なのか。
魔力も霊視力もない「普通」の奴ってだけでさ、何でこんなバカが、普通の会社に就職できるんだ?
仕事する時だけハイスペックなのか?
俺たちは見鬼ってだけでさ、化け物呼ばわりされたり、異常者呼ばわりされたりして、「普通じゃないモノ」扱いされてきた。
多分、普通の会社には就職できない。
その割にさ、カタチのない力をアテにする連中に集られるんだよな。
視えるだけでわからないし、何もできないし、責任持てないからって断ったら、贋物呼ばわりしていじめるってさ、あいつら何なの?
力のない奴は、力のある奴をタダでコキ使って当然。
力のある奴は、力のない奴の為に最優先で無償奉仕して当然、みたいな扱い。
プロが居ても、近くに素人の能力者が居たら、そっちをタダで使うのが当然、利用しない奴はバカな偽善者って風潮みたいなの。
何なんだろう? 格下扱いされてんの?
他人にない力を持ってる奴ってさ、能力のない奴の奴隷か何かなのか?
「普通」って何なの?
「普通」ってそんなに偉いのか?
霊感みたいな生まれつきの能力だけじゃないな。
能力的には誰でもできる「普通」の事でもさ、上手下手がある面倒臭い系のスキルは、労力の肩代わりを集られる。
それと、宝くじとか懸賞が当たったら、「奢れ」って言う奴が湧いたりとか。
中学ん時、美術部の吉川は、宿題のポスター、代わりに描けって、大沢と青木に押しつけられてた。
裁縫が巧い西脇も酷かったな。
長田たちのグループにギャーギャー言われて……
「めんどーだからワッキーが家庭科の提出物作ってよ。こう言うの好きなんでしょ?」
「私、こーゆーチマチマしたの無理ー。絶対、買った方が安くて早いのに無駄よねー」
「成績下がったらワッキーのせいだから。自分のじゃないからって手ぇ抜かないでよ」
ん? あれは単なるいじめ?
数学とかの勉強でもさ、やたら「一緒にやろう」って言って来る奴ってさ、ホントは「一緒にやろう=答え写させろ」でさ、自分では何もしないんだよな。
数学得意な奴が断ったり、模範解答を見せないで、やり方を教えようとしたらさ、ケチ呼ばわりするんだ。
自力で問題解けるように教えて欲しい奴はさ、ちゃんと「教えて」って言うし……
「足が速い」とかの身体能力系はさ、代わりに走れって言われない。野球の代走は、そう言うルールだから別。
「こいつ足はやーい、きんもー」とかってさ、それをネタにいじめられたりしない。
パシらされるのに足の速さは関係ない。
スポーツできる奴は、逆にモテたりすんのにな。
何なんだ、この違い?
何であいつらはさ、自分は何の能力もない面倒臭がりのくせに、あんなに威張ってさ、能力や技術のある他人を見下して、上から目線で命令して、断られたらキレるんだ?
怠惰な無能ってさ、権力の一種か何かかよ?
科学文明国の常識は、魔法文明国の非常識。逆もまた然り。
志方は、職員室の貼り紙を思い出した。
そうなんだよな。
行ったことないけどさ、魔法の国に行ったら、こっちで「普通」の奴って、「魔力も霊感もない異常者」呼ばわりされんのかな?
「魔法で連絡すればいいのに、ケータイ使って、デンパ飛ばしてるー。電磁波きんも―」とか、言われんのか?
我ながらバカな想像に、志方は頭を振り、説明に意識を集中することにした。
「魔法陣な、あれ、詳しく調べたら、色々間違ってたぞ」
説明は、除祓概論の〈双魚〉先生から、魔術概論の〈匙〉先生に代わっていた。
外側から順に、最外周は吸魔の術、次が吸魔と充魔の術を組込んだ足止めの術、同じく充魔を組込んだ結界。
中央は、充魔を組込んだ召喚の術と送還の合言葉で、召喚対象は、幽界の浅い層に住む小さな妖魔だった。
捜査員がネットでそれらしい画像を検索すると、「魔力がなくても魔法が使える」と言う触れ込みで、魔法陣を紹介するオカルトマニアのサイトがヒットした。
そのサイトでは、「召喚は自己責任です」と前置きした上で、魔力の水晶などを配置して、安全に魔物を観賞する方法として掲載していた。
中心の魔法陣で小さな妖魔を召喚し、結界で閉じ込める。
万一、結界を突破されても、足止めの術で魔法陣の外には出られない、と言うつもりの物らしい。
占い師志望の〈樹〉の推理は、ほぼ的中していた。
あの古民家の魔法陣は、結界部分の力ある言葉の綴りを書き間違っていた為、銀鱗の魔物は自由に行動できた。しかも、足止めの術は、それを踏まなければ発動しない。
魔物は虫の足で跳躍し、術の部分を飛び越えた。
最初から欠陥だらけの魔法陣なのだ。
委員長が唇を噛む。
「肝心な部分を間違ってるんだから、どうしようもないな」
「あの人たちがもし、魔力の水晶でやってたら……えっと……行方不明事件……?」
鼻で笑う魔法使いの担任の言葉を受け、〈樹〉が言葉を選んで言った。
少なくとも、魔物を召喚した五人は、食われて跡形も残らなかっただろう。そして、自由になった魔物たちは、無人の村から山に逃れ……
志方たちは、それ以上想像するのを止め、溜め息を吐いた。
高価な水晶をケチって、学院の生徒の魔力をこっそり使おうとしたのは、結果的によかったのか、悪かったのか。
「刑事さんが、今日、裁判所に令状出してもらえるって言ってたから、そろそろ逮捕されてる頃じゃないかな」
担任教諭が、遠くを見詰めて言った。
うっかり魔法陣書き間違えたから、過失です。別に魔力持ってる子を殺すつもりはなかったんです。
わざとじゃないんですってことでさ、まさか、無罪になったり、執行猶予が付いたりしないよな?
志方は、逮捕後を想像してみた。
凶悪犯に対する執行猶予や無罪の判決に、遺族や被害者が記者会見で憤る様子が報じられることがある。
ネットでそう言う事件を検索すれば、刑が軽過ぎると憤る人々の書き込みが溢れている。
刑務所に入りたいから、とコンビニ強盗をする輩も居るご時世だ。
有罪で実刑判決が出ても、刑務所は、ある種の人々にとって、ひょっとすると、シャバよりも居心地がいいのかも知れない。
武勇伝にして、自慢する奴かもしれないしさ……
刑務所に入って反省したとしても、反省のポイントが、「今度は捕まらないように巧くやろう」とか「書き間違えないように気を付けよう」とかで、「能力がないから、手に負えない魔法に手を出すのは止めよう」にならないバカだったりしたら、ヤだなぁ……
って言うかさ、そもそも、その危険情報は野放しなのか?
ネットに魔法陣を載せた奴ってさ、お咎めなしか?
テロにも使えるのに。
志方はどうしても、考えが悪い方向に向くのを止められなかった。
被害者の〈梛〉が、担任に聞いた。
「先生、犯人は捕まった後、どうなるんですか?」
「最近、法律が変わったらしいが、この国なら、懲役か罰金じゃないか? 先生の曾祖父の国は、場合によっちゃ、死刑よりキツい刑もあるけどな」
ディアファナンテに親戚が居る担任の〈匙〉先生は、首を捻りながら答えた。
「わ……わた、私たちの命って、そんなに、軽いものなんですか?」
一番の被害者である〈柊〉の地を這うような声が、食堂に響いた。
震えているのは、動揺なのか、怒りなのか。〈白き片翼〉先生が、その震える肩にそっと手を置く。
担任は悲しい声で続けた。
「軽くない。決して軽くはないが、科学文明の国では、冤罪や更生の可能性を考慮して、加害者の人権も尊重されるんだ」
「偶々、お前達にあれと戦う力があったから、大事に至らなかっただけだ。なけりゃ、近隣の集落も襲われて、大惨事になってたところだ。そんな軽い刑では済まんだろうよ」
除祓概論の〈双魚〉先生が付け加える。
「あ、それとな、まだ捜査中だから、今聞いたことは、誰にも秘密な。捜査に支障が出るから。あのバカな大人みたいに、ネットに書き込むのもナシな」
今日の所は、それで解散になった。